二章 スカッと夏合宿 海や ③
確かにアコのプロポーズは何度か断った。ゲーム内で結婚はもう嫌だって思ってたし。アコが女の子だとも思ってなかったし。
でもアコからすると、それは俺が告白した以上の覚悟でのぞんだ、本気のプロポーズ。
そう考えると俺もこんな所で諦めてはいられない……か?
「……俺ももうちょっと粘るか」
「そうしなさい」
これぐらいで心折れてたら、俺の嫁に笑われるな。
よし、俺も何度でもアコに挑んでみるか!
「じゃあそういうことで」
「うむ、またLAで」
「待て」
そそくさと帰ろうとした瀬川の腕を、がっちりと掴む。
「全て済んだみたいな顔をして帰ろうとしてるが、話は全然終わってないぞ」
「え、ええと、何か残ってたかしら?」
残ってる残ってる、むしろ何一つ解決なんてしてねーぞ。
「結局アコをどうするんだ。あいつ全然まともになってないぞ。せめて俺の気持ちを伝える方法ぐらいは一緒に考えてくれ」
「あたしにはもうお手上げなんだけど……ちょっと、そんなに必死な顔しないでよ」
あたしが悪人になったみたいじゃない、と困った顔で言う瀬川。
だって今二人に放り出されたら、俺ノープランであのアコに挑まなきゃいけないじゃん!
そんなの勝てるビジョンが全くわかないんだよ!
「任せろ、私に考えがある」
「おお、マジか!」
流石はマスター、頼れる!
「もちろんお前達にも手伝ってもらうことになるが、良いな」
ニヤリと、マスターは悪だくみをするように笑った。
その夜。LA内、いつもの酒場。
◆アコ:ルシアーン! 遅かったじゃないですかっ
ちょっと気後れしながらログインした俺を、すっごくいつも通りのアコが迎えた。
◆ルシアン:……こんばんは
◆アコ:はい、こんばんは。……どうしたんですか、そんな他人行儀な
家族じゃないですか、と恥ずかしそうに言うアコ。
そ、そうだな、夫婦だしな、うん……。
◆シュヴァイン:流石の俺様もルシアンが痛ましくてならねえ
◆アプリコット:ルシアンェ……
俺の嫁が相手なのに、もうどう接すれば良いのやらさっぱりわからねえ。
◆アコ:さあさあ、地獄の試験も終わりました! 狩りますよ! 遊びますよ! 私はやりますよ!
◆ルシアン:お、おう
◆シュヴァイン:まさに外道だぜ……
ノリノリのアコと、微妙なテンションの俺達である。
と、そんな俺達の前にマスターが立ち、大きなチャット文字を表示した。
◆アプリコット:その前に連絡事項だ。合宿の予定が正式に決まったぞ!
どどーんと映し出される予定。
◆アプリコット:今日伝えた通り、期間は夏休みに入って最初の週末。金曜の朝六時に前ヶ崎駅前ロータリーに集合だ。持ち物などの詳細はメールで送るので確認するように
ぴっとメールが着信した。
持ち物は、二晩泊まれる用意、遊び倒す気合、ネトゲを愛する気持ち。
当たり前のように水着も書かれてるんだけど、俺も買いに行かなきゃいけないんだな。
他に必要なものは特に書いてない。予算は三千円。
◆シュヴァイン:三千円か……ぬぐぐ、なかなかに取るのだな
◆アプリコット:私が出しても構わないが、そういうことで気兼ねをするのもなんだろう?
二泊三日が三千円の時点でマスターが凄く色んな物を負担してる気がするんだけど。
いいけどね、気にするなって言うなら甘えるけどね。
◆アプリコット:さて、その合宿の内容、それこそが今回の目玉なのだ。良いか、心して聞け。それは──ネットへの接続を禁止した、ネット断ち合宿! 題して『ネットに繋いではいけない合宿二十四時』だ!
◆アコ:ええええええええ
アコの驚愕のチャットが流れる。
どうしてこうなったかというと、ちょっと回想な。
「はあ、ネット禁止ねえ」
「うむ」
残念会(仮)の最後にマスターが言ったのが、このネット断ち合宿案だった。
「もうアコ的にはリアルでも夫婦になる気満々なんでしょ。ちょっとネットから切り離しても駄目なんじゃない?」
「そうとも限らないぞ」
瀬川が冷静に言うが、マスターは自信ありげだ。
「彼女も一人の恋する乙女であることに違いはないのだ。それも、内心では普通の恋愛に憧れている、な。であるならば、我々も青春を謳歌する高校生として立派なリア充の夏を過ごし、その中でパーフェクトに雰囲気の良い告白をすれば良い。さすればアコもころりと騙されてくれるだろう」
もう考え方が悪人なんだけど。騙しちゃ駄目じゃないか。
「大体パーフェクトに雰囲気の良い告白ってどんなのだよ。海に沈む夕日を見ながらか? それとも空一杯の星空でも見ながらか?」
「全てができる環境を用意してある。ルシアン次第だな」
「責任重大だ……」
「あんたのことなんだから当然でしょ」
ごもっともだ。申しわけない。
にしても……ネット断ち、ねえ。この面子ならそんな退屈でもないかな。
たまには普通の高校生らしくしてみるのも悪くはないか。
「普通の高校生みたいに普通に告白して、普通にOKをもらえばいいんだよな、よし……」
「やってみましょうか」
「では、決行だ!」
ということになったのだ。
◆アコ:ネット断ちってあの……携帯は……?
◆アプリコット:いじっている所を見た場合は罰ゲームだ
◆ルシアン:アコ、アウトー!
◆アコ:ひいっ、ケツバットはいやですーっ!
アコが俺から逃げていく。
大丈夫、別に罰ゲームとか具体的には決まってないから、
◆アプリコット:良いか、ネトゲをするのも最後は体力だ。ボスを待つのも、長時間の戦闘で集中力を維持するのも、作業のように雑魚を狩り続けるのも、全て体力が必要なのだ。よって現代通信電子遊戯部も合宿はアウトドアだ。覚悟しておくように
◆アコ:あの……体調不調による欠席は
◆シュヴァイン:帰ってきた俺様達は仲良く青春の思い出を語り合うが、それを横で聞いていて平気かどうか、よく考えるんだな
◆アコ:ふえええ、行きますううう
よし、アコも参加決定。
こうして現代通信電子遊戯部『ネットに繋いではいけない合宿二十四時』が開催されることになった。
††† ††† †††
金曜日。時刻は朝六時の少し前。
俺はショルダーバッグを担ぎ、よたよたと歩いていた。
「ねっむ……」
だって朝六時集合って、つまり起床時刻は五時近くってことだぞ。
ここ数年五時なんて起きたことない時間だよ。むしろ寝る時間だよ。
その上合宿中にもう一度アコに告白しなきゃいけないわけで、緊張もあってほとんど寝てない。
ふらふらしながら集合場所の駅前ロータリーに向かうと、そこには大きめのバンと猫姫さん、それにマスターが待っていた。
「おはようございます……」
「おはようルシアン」
「西村君が二人目ね。おはよう」
顧問らしく色々やることがあるらしい、猫姫さんがクリップボードにチェックを入れる。
二人ともだらけた様子は一切ない。
「なんかシャキっとしてますねえ」
「そう言われても、もう朝だぞ。日も充分に昇っている」
「大学の頃はレスリング部だったもの。合宿なんて日常よ?」
猫姫さんは力こぶを作ってみせる。そういやそうだっけ。
我が部唯一の肉体派が顧問ってどうなんだろう。
荷物を車に積んで、待つこと数分。駅から小さな人影が二つ出てきた。どちらもよたよたとキャリーケースを引きずってる。
海に行く気全開のスポーティーな服装の瀬川と運動する気が欠片もないゆったりした服装のアコは、遠くから見ているとなんとも好対照だった。
「……はよ」
「おはよーございますぅ」



