二章 スカッと夏合宿 海や ④

 やって来たすっごい不機嫌な瀬川と、ふわふわ笑顔を浮かべながらも目を瞑ったらそのまま寝そうなアコ。


「おはようアコ」

「おはよーございまふぁぁ」


 そのままべしゃんとケースの上に座り込んだ。だ、大丈夫かアコ?


「状態異常睡眠なんです……」

「万能薬を飲め万能薬を」

「持ってきてないですー」


 回復役はそういうのをちゃんと用意していないと駄目だろ!


「ねっむ……」

「瀬川って結構低血圧な方か?」

「眠いから黙ってるけど、機嫌悪いわけじゃないから放っといて」


 人でも殺しそうな顔で言われる。

 うん、放っておこう。


「はい、全員集合、と」


 シートにチェックを入れて、先生がクリップボードを小脇に抱える。


「では皆が揃った所で、現代通信電子遊戯部、夏合宿を開始する!」


 部長としてコールを入れるマスターに、


「おー……」

「はいはい……」

「……すぅ……」


 悲しいぐらいにだらだらとした返事が上がった。

 っていうか一人寝てた。


「ね、ねえあなた達? 楽しい楽しい合宿の初日よ? どうしてそんなにやる気がないの?」

「六時集合は眠いっす」

「もう帰って寝たい……」

「あなた達ねえ」


 怒ればいいんだか呆れればいいんだか泣けばいいんだか、先生は複雑な顔で額を抑えた。

 なんか悪いなあと思うんだけど、眠いものは眠いんです。


「全員夜行性ですから、夜が近くなれば元気を取り戻すでしょう」

「……御聖院さん、部員の教育間違ってるんじゃないかしら」

「我が部としてはこれこそがエリートなのですが」

「あ、そう」


 諦めたらしく、先生はやれやれと肩をすくめた。


「学校のマニュアルとしては、顧問が運転している時に部員は寝ないように指導することってなってるんだけど……この調子じゃ駄目そうね」

「その辺りはフレキシブルに」

「仕方ないわね」


 学校のマニュアルにさしてこだわった様子もなく、あっさりと運転席に乗り込む猫姫さん。

 助手席にマスターが座り、俺が後部座席に座る。


「ルシアンー……おやしゅみなさいぃ……」


 アコは俺の隣に座った直後には、もう肩に頭を置いてきた。


「寝るのか?」

「着いたら起こして……くださぃ……」

「……あいよ」


 耳元に静かな寝息が聞こえる。

 当たり前の様に身を委ねるアコが可愛くもあり、今日は憎らしくもあった。

 そういうことするならさあ……くっそう。言ってもしょうがないけど。


「で、結局詳しい予定とか聞いてないんですけど」

「では今のうちに話しておこうか」


 マスターは手帳をぱらぱらとめくった。

 何書いてるんだろ、あれ。


「予定では九時過ぎに宿泊予定のコテージに着く。海岸まではすぐだ。うちの私物だから好きに使って大丈夫だぞ」


 うちのって……詳しくは聞かないけど。


「まず十時から海辺で体力作りだ」

「つまり海で遊ぶんだよな?」

「体力作りだ」


 言い張られた。そういう建前らしい。

 他の部活も似たようなものかもしれない。


「昼食はやはり海の家だ、変に取り繕うよりもこれが良い」

「はあ」

「ただし食後にスイカ割りは行う。これは外せん」

「…………」

「スイカ割りが終わったら再び海辺で体力作りだ。個人的にはバナナボートに乗ってみたい」


 もう体力作りの建前も残ってないんですが、それは良いんでしょうか。


「日が沈んだらコテージに戻る。夕食はベランダでびーびーきゅーだ」

「バーベキューね」


 BBQって言いたかったんだねマスター。


「終わったら花火をする。打ち上げ花火を依頼しようかと思ったが、余り仰々しいのもどうかと、素人に許可が出る範囲に留めておいた」

「……あの、マスター」

「午前零時前後から肝試しに入る。これについてはアコとルシアンをペアにしたい所もあるが、やはりここは公平にクジで」

「マスター」

「なんだ、どうした」


 生き生きとした顔で予定を語るマスターに、とりあえず中断させて尋ねる。


「これ……マスターがやりたいこと詰め込んでません?」

「……いいかルシアン」


 にっこりと笑うマスター。


「私には、友達が、居なかったんだ」


 でもその瞳は全く笑ってなかった。


「楽しみましょうね」


 溢れそうになる涙をぐっとこらえた。


「うふぅ……」


 ふと見ると、窓に頬をひっつけて寝る瀬川の口からよだれが見え隠れしていた。

 もしや、と自分の肩を見ると。


「……るしあん……もっとぉ……」


 だらしない笑みを浮かべるアコの口からよだれがこぼれた。肩がちょっと冷たかった。



「みんな起きなさーい、無事到着したわよー」

「おはようございます」

「おはよー」

「……ああ、うん、おはよう二人とも」


 アコと瀬川が、寝てやったぜー、みたいなやりきった顔で降りてきた。

 懐かしい潮の香りに、寄せては返す海の音。

 宿泊予定の建物は、海岸まで本当にすぐそこの、まぎれもない海辺のコテージだ。


「あっつぅ……」

「だなー」


 ぼんやりとコテージを見上げる俺達を容赦のない日光が照らす。もう日は随分と高くなっていた。


「あの、到着予定が九時なのに、今は十時半なんですけど」

「いやー、レンタカーにナビつけなかったのは失敗だったわね」

「携帯のアプリを過信したのが失敗だった。要反省だな」


 あの、ここ自分の別荘じゃないの? なんで場所よくわかってないの? 一体何軒あんの?


「ま、いいや。ほらお前らー、自分の荷物を持てー」

「西村ー持ってー」

「ざけんな」


 誰がお前なんぞの荷物を持ってやるか。


「ちっ」

「舌打ちするほどか、おい」


 この野郎、と腕をまくった所で、その袖がくいくいと引かれる。


「ルシアン、手伝ってくださいー」

「はいはい」


 手がかかるなあ、アコは。


「ちょっ、何その差別!?」

「ちっ、っせーな。反省してまーす」

「何それ!? 欠片も反省してないでしょ!?」


 だってこういうのは差別じゃなく区別なんだぞ。

 しかし……コテージでけえ。

 広い広いリビング、豪華なキッチン、でっかいテーブルのあるダイニング。他にも遊戯室的なのもあるらしい。


「別荘がある、と話した所で、誰も遊びに来たいとは言わなかったからな。初めての客だ……ふふふふふ……」

「ねえ御聖院さん。この別荘お幾らぐらいするの? ねえ? どれぐらい?」

「あの、生徒の別荘の値段問い詰めていくのやめません?」

「そ、そうだにゃ、そうだったにゃ」


 小市民の猫姫さんはいまだに動揺を隠せていなかった。


「んで、荷物入れたらどーすんの? 掃除? 布団干し?」

「今日来ることは伝えてある。その辺りは管理人が済ませているだろう」

「ホテルみたいですねっ」

「便利だなー」

「ねえ、部活の合宿ってそういうんじゃなくない? 掃除とか寝床の用意とか全部生徒がやるものじゃないの?」


 先生がさらなる混乱に包まれている。

 今時のゆとり合宿に対するカルチャーショックが猫姫さんを襲っているらしい。


「というわけで……早速泳ぐぞ!」

「海岸で体力作り、ね」


 建前は大事のようです。


「では待望の水着タイムだ。我々はロッジで着替える。ルシアンは車でな」

「へーい」


 特に異論もない。

 素直に出て行こうとする俺に、アコが言う。


「でも部屋は幾つもあるんですよね? 中で良いんじゃないですか?」

「アコはわかっていないな」


 ちっちっちと指を振るマスター。


「そんなことをしたら水着披露の瞬間が室内になってしまうだろう。それでは折角の感動も半減だ。明るい太陽、熱い砂浜、海の音。そして輝くような女子部員の水着。これでこそではないか!」

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