二章 スカッと夏合宿 海や ⑤
「なるほどっ!」
ぽんと手を叩くアコ。
「流石マスター! 状況さえ整えばルシアンも一確ですね!」
「タイプ一致の四倍弱点で確一だぞ」
六倍ダメージで俺がきぜつしてしまう。
っていうかアコには既にやられてるのに。
「じゃあ折角だから楽しみにしてるよ」
「はーいっ」
男がどこで着替えたって構わないし、本当にどうでもいい。
車に行こうとすると、瀬川が俺をじろりと睨む。
「んじゃ西村、覗かないでよ」
「誰が覗くか」
「覗く前には一言言ってくださいね!」
「言わねえよ! いや覗かねえよ!」
「誰か警察呼んできてー」
「覗かねえって言ってるだろ!」
アコの方向がおかしいからこっちまでよくわかんなくなるんだよ!
「ったく。俺もまだ死にたくないし、んな無謀な真似しないっつの」
「流石に殺しはしないけど一発ぶん殴るわよ」
瀬川はドヤ顔でそう言ったのだが。
「……なんか、お前の懐の広さってたまにかっけーな」
「……?」
その細腕を一発耐えれば良いなら、いっそ覗きかねないぞ。
「つうわけで先に着替えて浜辺で待ってるから」
「はーい、すぐ行きますー」
俺が出る前にすでに若干着替え始めている面々からそっと目を逸らし、コテージを出る。後ろ髪を引かれないとはとても言い切れないけども。
「…………」
ちら、と周囲を見回す。
「どっかから覗ける、かな」
いや、別に本気で覗きたいわけじゃないけど。
ほら、女だけできゃいきゃい着替えてる所ってちょっと見てみたいっていうか。
とてもアカデミックな、学術的好奇心というか、知的探究心というか。
それに、仮に見つかってもアコはそんなに怒らないと思うし。瀬川は一発耐えれば良いし。マスターはいっそ笑いそうだし。猫姫さんは──。
「さっさと着替えるか……」
ラリアットで海まで飛ばされる自分の姿がリアルに想像できたのでやめておくことにした。
車の裏でさっさと着替える。お、ビーチパラソルとかあるじゃん。持っていこう。
立地が良すぎるぐらいに良いこのロッジ。階段一つ降りればそこが砂浜だ。
夏休みだけあってそれなりに混んではいるけど、ロッジの立ち並ぶ辺りは私有地の看板が立っていてそんなに人がいない。
「……日本にプライベートビーチとかあんのかよ」
砂浜の一部だけっぽいけど、凄いなこの世界。
よっこいしょ、とパラソルを立てて寝転がる。
あー、車で寝てないから眠い……。
「ルシアン、ルシアン」
最近本名よりも聞きなれてきた呼び名に、ぼんやり目を開ける。
まだ霞んだ視界に、白と、赤と、黒い何かが映った。
「ん……アコ……」
「おはようございます」
ちょっと照れたような声。何度か目をこするとすぐに視界はクリアになった。
こちらを見下ろすアコの姿。白い体に一瞬焦るが、何のことはない、普段は広がっている髪を後ろでまとめて、水着を着てるだけだ。
分類としては多分ビキニって呼ぶんだと思う、上と下の分かれたデザイン。俺以外に対しては引っ込み思案なアコにしては凄く頑張ったんだろう。フリルがたくさんついたふわふわした水着に、アコの柔らかそうな体が包まれてる。
水着の中央についたリボンに、次いですぐそこにある、挟まれそうな谷間に視線が吸い寄せられた。ふらふらと手が伸びそうになるのを慌てて止める。
後ろから日の光を浴びたアコを下から見上げていると、確かにマスターの言うことも捨てたもんじゃないと思う。これは、俺なんて絶対に一撃だ。確定一発だ。
「あ、あの、あんまり見られるとですね」
「わ、悪い」
っと、びっくりして見過ぎてた。
慌てて顔を背けると、アコは俺の横に座り込んだ。
「ええと、他の奴は?」
「まだかかるみたいなので私だけ先に来ました。ルシアン一人で待たせるなんて寂しいじゃないですか」
気づかいのできる嫁である。
「しかしマスター的にはちゃんと水着披露がしたかったんじゃないか」
「私を披露してもしょうがないですし」
たはー、と力なく笑うアコ。
でもとてもそんな謙遜をする必要があるとは思えない。いつもなら髪で隠れている顔がはっきり見えるので、よくわかる。
俺の嫁、すげえ可愛い。
俺、こいつに告るの? マジで?
流石にちょっと無茶しすぎじゃないか?
振られたのって普通に当然なんじゃないのかと思うぞ。
「……俺からするとアコがメインだったんだけど」
ちょっと予行演習じゃないけど、そんなことを言ってみる。
「う、嬉しいような、恥ずかしいような、嬉しいような」
アコはこっちが逆に照れるぐらい、あうあうと恥ずかしがった。
可愛い。なんかもう全部が可愛い。
「俺に見せるとか言ってたのにそんなに照れなくても」
「実際に着る前ならなんとでも言えるんですよっ! でもこうして本番を迎えると、なんであの時無駄に調子に乗っちゃったんだろうって後悔がですねっ」
お前は俺か。いや、俺の嫁か。
「でも、そんな心配いらない。すげえ可愛い。自信もっていい」
「……ありがとうございます」
えへへへへ、と笑って、ぎゅっと膝を抱くアコ。
アコの膝で胸が潰れて、ぐんにゃりと歪むのがわかる。
もうどこに視線を向けて良いんだかさっぱりわからない。
「西村ー、アコ来てないー?」
と、ロッジの方から瀬川が歩いてきた。
ぺたりぺたりとビーチサンダルを鳴らし、両手にはシュノーケルやら足ヒレやらを抱えている。遊ぶ気全開だなあいつ。
「あー、やっぱり来てた。予定が滅茶苦茶だーってマスターがショック受けてたわよ」
「あはは……ごめんなさい」
「私の想定では今頃ルシアンが鼻を押さえてトイレに走っているはずだったというのに」
遅れてやって来たマスターが歯噛みする。
マスターの中の俺は中学生か何かか。いや中学生でもそんなことにはならないか。
「結局みんな普通に出てきたけど、別に今からやりなおしてもいいんじゃね」
「主役が先に出てしまった後で脇役が気取っても仕方あるまい」
やれやれ、と荷物を置くマスター。
流石に高校生の限界は超えていないものの、この人は肌を見せることに抵抗ないんだな。水着の端っこが紐だぞ、紐。これちょっと引っ張っただけで凄いことになるんじゃないのか。パレオ巻いてなかったら下とか相当危ないんじゃないかな。
「マスター、スタイル凄いなあ」
思わず言うと、マスターは、
「栄養管理と適度な運動、適切な睡眠時間で、体型はある程度作れるからな」
ふふん、と自慢げに胸を張った。ぷるんと揺れた。凄え。
「はいはい、どーせあたしは偏った栄養に運動不足の睡眠不足で成長不良ですよ」
舌打ちをする瀬川。
確かに色気がありますよー、みたいな水着じゃないけど、可愛いし、むしろ瀬川らしいし、俺は決して悪くはないと思うんだけど。
「やるなシュヴァイン」
「何がよ」
「無駄にビキニとか着ない所に好感が持てる」
「……馬鹿にしてんの?」
拳が握られたのを見て、あわてて手を振る。
「違う違う! 褒めてる褒めてる! 似合ってるし可愛いし!」
「あんがと」
凄くおざなりに礼を言われたけど、怒ってないから良しとしよう。
「……西村君凄いわね」
猫姫さんがちょっと目を丸くして言った。
「何がですか。先生の水着がですか」
競泳とまでは言わないが、教師らしく清く正しくスポーティーである。そのまま水泳の授業とかできそうだ。ちょこちょこと猫の模様が入っているのは──多分、趣味かな。



