二章 スカッと夏合宿 海や ⑥

「違うわよ。よくそうやって普通に褒められるわね。私が高校生の頃、男子に可愛いなんて言われた覚えがないわよ?」

「俺も同級生には絶対言えないと思いますけど」


 か、かわ、かわいいよ、でゅふふふふ、ってなって逃げられるのが精々だと思う。

 その後どんな扱いを受けるかは考えたくない。


「玉置さんも瀬川さんも同級生じゃないの」

「同級生ってよりはギルメンなんで。アコとシュヴァインに何言っても別に恥ずかしくはないです」


 シュヴァインとマスターが普通に男だと思っていた頃は平然とシモネタとか言ってたぐらいだ。そんなの今更である。

 今となっては思い出すだけで背筋が冷えるけどな!


「そんなもんかしらねえ」


 猫姫さんはちょっと不思議そうに目を細めた。そんなもんですよ。


「ってかアコ、あんた先に出てたけど、日焼け止め塗った?」

「ええと、持ってきてないです」


 瀬川につんつんと背中を突かれたアコは、持ち物に入ってなかったので、と当たり前のように答えた。


「書いてなくても要るに決まってんでしょうが。その不健康な真っ白い肌で一日外に居たら、一週間はずっと痛いままよ」

「一週間もDOTですか」

「動くだけで痛い日焼けダメージよ」

「ひいっ」


 アコが身を震わせる。


「塗ったげるから、ほら、じっとしてなさい」


 瀬川は白い液体を容器から出すと、べたべたとアコの体に塗りつけ始めた。


「ひうううう、くすぐったっ」

「大人しくしてなさい。どこ触ってもぷにぷにね、あんた」

「ひゃうう」


 おお、アコに白いぬるぬるが塗りたくられている、なんという光景。

 なんてけしからん、いいぞもっとやれ。


「何で拝んでるんですかルシアン!?」

「ありがたやー」


 自分、見抜き良いですか。

 やらないけどね、もちろん。


「そういうルシアンも何も塗ってないようだが」


 俺の肩に触れてマスターが言う。

 んなこと言われても。


「だって持ち物に書いてなかったし」

「この似たもの夫婦が……よし、塗ってやろう」

「おおおっ!?」


 ひんやりと冷たくて、べたべたーとしてぬるぬるーとする白い液体が、俺の背中にー!


「ルシアンの背中、私も塗りますー!」

「んじゃ二人まとめて塗ってやろうじゃないの」

「ちょ、やめ、待てそれはらめなのおっ!?」


 三十本の細い指が全身を這い回る。まともに塗りつける瀬川はともかく、マスターの手つきがなんかエロいし、アコにいたっては体ごとすりついてくるし!


「よーしこれでおっけー」

「汚された……俺、汚されたよ……」

「大げさだな、ルシアン」


 終わった頃には、何か大事なものを失った気にすらなってた。

 せめてもうちょっと他人に自慢できるような肉体なら恥ずかしくなかったかもしれないのに……。


「あんた、少しは筋肉つけたら?」

「今考えてたよ! 言うな!」


 今から筋トレしたら来年には間に合うかな──いや、絶対三日でやめるけど。


「では準備も済んだ。これから海に入るぞ!」


 おー! と俺達の声が重なった。


    †††   †††   †††


 熱い太陽。青い海。ゆらゆらと揺れる穏やかな波。


「海ですねぇ、ルシアン……」

「そうだなぁ、アコ」


 ゆらゆら、ゆらゆら。


「ねえ、そこの二人」


 ふわふわ、ふわふわ。


「眠くなりますねえ……」

「良い気持ちだなー」


 ゆらゆら、ふわふわ。


「ちょっと、西村君、玉置さん?」

「はぁい?」

「なんですかー?」


 ふわふわと返事をする。

 猫姫さんが、何故か凄く不思議そうな顔をして俺達を見ていた。


「何ですかーじゃなくて。何してるの?」

「浮いてますー」

「それにつかまってます」


 波打ち際に近いまだ足の届く位置で、浮き輪にお尻をすっぽり入れてぷかぷかと浮いているアコと、その浮き輪につかまって浮いている俺だ。


「海で遊ぶって言って最初にチョイスするのがそれ?」

「落ち着きますー」

「これはこれで楽しいんですけど」


 海を感じられるし、のんびりできるし。


「それに他の二人は?」

「瀬川はさっきから潜ってるみたいなんで、たまににょきって出てきますよ」


 時々脚を引っ張られてびっくりする。妖怪か何かかあいつは。


「御聖院さんは?」

「マスターなら向こうの方でクロールしてるのを見ましたよー?」


 じゃばじゃばと勢いよく泳いでた。ありゃ気合いが入ってたな。


「……なんで別行動なの?」

「おかしいですか?」


 不思議そうに言う猫姫さんに、俺も首を傾げて返す。


「折角海に来たんだからやりたいように楽しまないと損じゃないですか」

「みんなで来たんだからみんなで遊ばないと損じゃない?」


 あー、それもわかる、わかるんだけど。


「それはですねえ……」


 どう言えば伝わるかな、と考えてみる。


「例えばですよ、ネトゲで新しいMAPが実装されたとします」

「え、ええ」


 先生は既に微妙な顔をしてるけどそのまま話を続ける。


「そしたら俺達もみんなで新MAPに行きますけど、入ったらとりあえず別れます」

「ど、どうして?」

「新MAPで一番大事なのはソロで狩った時に経験値効率はどうか、レアは出るか、死亡率はどんなもんか、っていう部分だからです。俺とアコは大体ペアで動きますけど、後の二人は自由行動です」

「……はあ、それで」


 頭痛を覚えたらしき猫姫さん。


「一通りやったら二人も合流してきて、最後に四人での効率を確かめます。一人でやりたいことをやって、終わったら合流。これがパターンです。なので二人とも一通り楽しんだらこっちに来ると思いますよ」

「これが今時の普通なのかしら」

「わかりませんけど、俺達にとっては普通です」


 別行動してるからって機嫌が悪いとか怒ってるとかそういう心配はしないし。

 飽きたら戻ってくるだろ、どうせ。


「……そうなの」


 よくわかんないにゃ、と小さく呟くと、猫姫さんは砂浜にしゃがみこんでしまった。

 そんな所でじっとしてたら肌が焼けますよ。


「……すぅ」

「こら、寝るな」

「ひゃうっ」


 浮いたまま寝ようとするアコに水をかけた。



「いやー、潜った潜った。意外と魚も居たわよ」


 砂浜に横になった瀬川が言う。


「やはり水中は全力で泳いでこそだな」


 その隣にマスターも転がり、濡れた体を乾かしていた。


「二人とも元気ですね。私は一度も水に顔をつけませんでしたよ」

「何しに海に来たのよ」

「だって海ってしょっぱいですし」


 渋い顔で言うアコ。


「実は俺もプールの方が好き」


 俺も苦笑して同意した。


「でもプールじゃこの砂浜はないしね」

「うむ。これこそが海の醍醐味だ」

「偉そうに言ってるけどマスター、海に来たの何度目なんだ?」

「答えて欲しいか?」

「本当にごめん」


 ははははは、と笑い声が重なった。


「いやー、楽しかったな」

「そうだな、合宿にここを選んで大正解だった」

「また来ましょうねっ」

「そーね、機会があったらね」


 青春の思い出を語り合う俺達。


「ちょっとあなた達」


 そんな俺達を見下ろし、先生が冷たい声で言った。


「勝手に終わったような空気を出してるけど、まだ十二時過ぎよ」


 時計を見せる先生。

 浜辺に来てまだ一時間程しか経ってない。


「それは……」

「何と言うか、ですね」

「その……」

「……ねえ?」


 言葉に詰まる俺達。


「俺、そろそろネトゲしたいなー、と」


 ちょっと本音を言ってみる。


「個人的にだけど、海はもう遊びきった感があるのよね」

「そろそろロッジで寝たいです」


 瀬川とアコが目を逸らしながらも言った。

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