二章 スカッと夏合宿 海や ⑦
「まだ遊んだって言う程遊んでもいないでしょ!」
「暑いし、疲れたし……」
「しょっぱいし、飽きたし……」
俺達インドア派なんだよ。一時間も外に居たらもう飽きるよ。
「待て待てお前達、海の家で焼きそばを食べるというクエストがまだ残っている」
「ああ、俺もかき氷は食べたいな」
「お昼ご飯もいいけど! そうじゃなくてっ! もうっ!」
うにゃあああああ、と猫姫さんが地団駄を踏む。
「どーしたのよ、猫姫せんせー」
「さあ……?」
正直ちょっと可哀想ではあった。
「では食後にスイカ割りをするぞー」
「いえーい!」
マスターが持ってきたスイカをビニールシートに乗せる。
バットを持ち出せばそれだけで準備が完了だ。
「割りたい者、挙手!」
「…………」
「……」
全員がさっと目を逸らす。
「では周りから好き勝手に声をかけたい者、挙手!」
「はいはいはい!」
「私もそれがいいです!」
「ええいこの脇役好きどもが! 構わん、私がやる!」
「マスター素敵!」
「流石ですっ!」
喝采を受けながら、マスターはばさりと鉢巻を広げ、しっかりと目を覆うように結んだ。
「課金するとうっすらと鉢巻の向こうが透けて見えたりしないだろうか」
「そういうのはチートっていうのよ」
なんかまた怪しいことを言ってるぞ、あの人。
「やれやれ、やっとみんなで同じことをやりはじめたわね」
「飽きたらまた別行動だと思いますけどねえ」
「あなた達は……」
猫姫さんはまだ俺達の行動原理に納得がいっていないらしい。
「……そういえば」
と、ふと思いついたように俺とアコを見る。
「それでも西村君と玉置さんは大体一緒よね」
マスターにバットを渡していたアコがくるりとこちらに顔を向ける。
「夫婦ですから!」
自信満々の台詞だった。
アコ的にはそうなんだろうけどもさ。
「……まあ、そういう奴が結婚システムなんて使うんですけどね」
「私とルシアンはいつも一緒ってわけじゃなかったにゃ」
「言わないで下さい」
人の心の傷をえぐるようなことを。
「じゃあ回転スタート!」
「ぐおおおおお、画面が揺れる!」
画面ってなんだ画面って!
それ単に酔ってるだけだから!
「エフェクトをオフにすれば治りますよー」
「どうすればオフになるのだ!?」
「ならないから!」
そんなことを言いながらもマスターはよたよたとスイカの方に向かっていく。
あー、ちょっと方向がズレてる。
「もうちょっと左だぞー」
「こっちか」
「行き過ぎよ、ちょい右」
「ぬぬ」
じりじりと方角を調整していく。
「左だ左」
「右だってば」
「もうちょっと上じゃないですかね」
「左、右……う、上だと? どっちだそれは?」
混乱するマスターがちょっと可愛い。
なんだかみんな調子に乗ってきた。
「上上、そして下、下ですっ!」
「んで左、右、左、右だ!」
「そこからB、Aよっ」
「Bとはどちらだ!? Aとはどの方向だ!?」
大混乱に陥るマスター。無敵コマンドは効かなかったらしい。
それでもなんとなくスイカの方向に向かって行く辺りは流石だ。
「そういえば、ねえ西村」
「ん?」
寄ってきた瀬川が耳元でささやく。
「普通に遊んでるけど、あんた、いつアコに告るの?」
「…………あっ」
直後、グシャッとスイカの割れる音が響いた。
瀬川が慌てて駆け出す。
「ちょっとマスター、最初の一人が全力で割ってどうすんの!?」
「大丈夫だ、人数分用意してある!」
「食べきれないわよ!」
そういえば、いつ言おう、かなあ……。
「ビーチバレーをするわよ!」
スイカを食べるのは後にしよう、と意見の一致をはかった所に、斉藤先生がビーチボールを持って来た。
何がどうしたのか、無駄にやる気満々な様子だ。
「するわよって言われても」
「やりたいならどうぞ?」
「違うでしょっ! あなた達がやるのよ!」
えええええ、と不満の声が上がる。
「昼からは砂浜でサンドアートをするつもりだったのですが」
「私はそれをかき氷を食べながら眺める予定だったわね」
「俺はアコを砂浜に埋めてやる予定で」
「私はルシアンに埋められる予定です」
「だからなんでやってることが別々なのよ! ほら!」
ぽーいと投げられたボールを思わず受け取る。どこで借りてきたのか、結構ちゃんとしたビーチバレー用のボールだ。
「さあ、ここがラインね。二対二にわかれて」
「はあ……」
なんとなく俺とアコ、瀬川とマスターにわかれる。
「でもバレーって砂浜じゃやりにくくない?」
「動きにくいですよね」
「ビーチバレーってそういうものなの! じゃあ先生が審判するから!」
何を必死になっているのか猫姫さん。さあやれ、ほらやれ、と俺達をせかす。
しょうがないのでサーブだけでも打ってみるか。
「いくぞー」
ぼんっ、と下から打ち上げたはずのボールが──あさっての方向に飛んでいった。
「あれ?」
「へたくそーっ」
笑いながら取りに行った瀬川が同じようにサーブのポーズをとった。
「俺様に任せなさい……っと」
こちらもぼふん、と鈍い音を立て、へろへろと飛ぶ。
斜めに飛んだ挙句に自分のコート内へ落ちていった。
「あれ? おかしいわね?」
「はっ」
代わりに打ったマスターが綺麗にボールを飛ばし、
「きゃうっ」
飛んできたボールをアコが真横に弾いた。
うーん、これはどうなんだ?
「思ったより難しいわね」
「ラリーが繋がらないなあ」
「うううう」
アコも涙目になってるし、これは不評のようだった。
「ふむ、ならばこれはやめにするか」
ギルドマスターとして、マスターが決断を下した。
の、だが。
「やめにしちゃだめにゃああああああ」
「せ、先生っ!?」
猫姫さんが泣いた!
泣いちゃった!
「どうしたんですか猫姫さん!?」
「にゃって! ちょっとやってできないからって諦めてたら何も進まないのにゃ!! やってみるのにゃ! やればできるのにゃ! にゃぜ、ベストをつくさないのにゃあああああ!」
「そうは言っても先生、ネトゲを選ぶ時のコツは、ちょっとやって合わないと思ったらさっさとやめて次にいくことで」
「リアルとゲームは違うのにゃあああっ!」
お、俺の台詞が取られた!
「いいからやる! やりなさい! 顧問としての命令にゃ!」
「随分な横暴ねえ」
駄々っ子でも見るような呆れ顔の瀬川。
「命令なんて普段言わないし、もうちょっと付き合おうぜ。ほらアコ」
俺はどちらかと言えば猫姫さんに同情的な気持ちなので、ボールを拾ってアコに渡す。
「じゃあ……えいっ」
アコが飛ばしたボールは、風に煽られてこっちのコートに戻ってきてしまった。
「そおい!」
「とおおらああああ」
瀬川のサーブを手の付け根で受け止める。位置がズレていたせいで中途半端に上がったボールが相手コートに戻ってしまった。
「そこだ! もらったぞ!」
華麗に飛び上がったマスターのスマッシュがアコの足下に飛ぶ。
「とれませんよぉぉ」
泣き声を上げるアコ、ありゃ俺にも無理だ。
ぴー、と笛の音がした。
「御聖院、瀬川チームの勝利!」
「うむ」
「ほっほっほっほっほ」
ドヤ顔のマスターと、何故か高笑いをする瀬川。偉そうにしやがって。
「ううう、なんでしょう、この無駄な敗北感」
「なまじっか頑張っただけ悔しいな」
砂浜で動きにくいもんだから誰の腕もそんなに大差なくて、最後の方でも精々三点差ぐらいだったと思うんだよなあ。



