二章 スカッと夏合宿 海や ⑧

「私のAGIがもう少し高ければ勝てたイベントだと思うんです」

「俺ももうちょいDEXがあれば」

「このイベントの前まで時間を戻す砂時計は三百円だぞ、さあ課金しろ」

「しねえよ!」


 ステータスオールAとか目指してないし!

 っつうかもう一度やる体力なんて残ってないっての!

 体を心地良い疲労感と脱力感が包み込んでる。


「でもやってみると意外と楽しいもんね」

「うむ、熱い戦いだった」

「でしょう? わからないものでしょう?」


 にこにこと先生が微笑む。

 手のかかる問題児達がようやくわかってくれた。そんな達成感のあふれた笑みだった。


「そうですね、つい夢中になってました。しかし……足、痛え……」

「私も全身痛いです……」


 アコも腰を抑えて唸ってる。普段使わない筋肉を使うから全身あちこちがギシギシ言ってるよ。運動不足かなあ。


「ほんと、疲れたわね」

「良い運動になった」


 やれやれ、とビーチパラソルの下に移動する。

 そして揃って座り込んだ。


「ふー……」

「ことあるごとに休憩するのをやめなさいっ」


 休憩を取り始めた俺達に、猫姫さんが怒る。

 なんですか、スポ根ですか。運動中に水分取っちゃ駄目とかそういうやつですか。

 嫌ですよ、俺達はそういうの。


「そう言われても」

「疲れるじゃないですか」

「あっついしねえ」


 うううう、と再び猫姫さんが半泣きになる。


「あと、それから!」


 びっと俺達を指さし、


「片手で携帯を探すのやめるっ」

「あっ」


 そう言われて気が付いた。知らぬ間に右手が携帯を探してる。

 ロッジに置いてきて持ってないのに、完全に無意識だった。


「そうだぞお前達、ネット断ちだと言ったろう」

「なんかこう、癖で携帯探しちゃうんですよね」

「絶対手元にあるものよねえ」

「け、携帯依存症……」


 深刻な顔で猫姫さんが言った。

 い、いえ、心配するようなことはないんですよ!?


「大丈夫、大丈夫だから!」

「そうです、そこまで深刻ではないですっ! ただ一時間に一度専ブラを起動しないと手が震えてくるだけでっ」

「依存症よっ!」


 それは依存症かもしれないぞ、アコ!

 しかしそうは言っても、俺も携帯がないと落ち着かないのは事実。


「確かに俺も定期的に携帯見ないと不安になってくるなあ」

「私もたまにまとめブログあんてな起動しないと落ち着かないのよね」

「アフィブログとか見てるんですか! ギルティですよ!」


 アコが変な所で切れた!


「良いじゃない別に、あたしが損してるわけじゃないし」

「他人が得してるのは気に入らないじゃないですか」

「わからなくもないけど……」


 アコ的にアフィリエイト行為には許されざる何かがあるらしい。


「それにすっごい気合い入れて書いた私のレスが何故か拾われてないし! 大きな赤文字で書けっていうんですよ、赤文字で!」

「ねたんでるだけじゃないかよ!」

「私怨ねー」


 百パーセント純粋なただの嫉妬だった。

 でもアコのセンスじゃなあ、仕方のない所だって気はする。


「ね、ルシアンはアフィ反対派ですよね?」


 アコにすがるように聞かれたが、俺は首を振った。違うぞ、俺はアフィ否定派などではないのだ。


「いいや、俺は自分のマウス操作でアフィリエイトリンクを全部避けた上でサイトを使いこなすのに快感を覚えるタイプ」

「あんたらしいわね」


 便利なサイトは使うが、アフィは踏まない。俺に踏ませることができたなら甘んじてアフィられてやろうではないか。


「ちなみにマスターは?」

「アドブロックというアドオンがあってだな」

「実利主義だった!」

「そ、それはともかく!」


 先生がのんびりした俺達に、両手を振って訴える。


「みんなでスポーツしてわかったでしょ? みんなで遊ぶのも楽しいでしょう?」

「そうですね」


 それは間違いない。みんな頷いて同意した。

 スポーツってあんまり好きじゃないけど、気の合うやつと適当にやる分には、まあ悪くはないかな、ぐらいには思ってもいいかもしれない。

 あ、運動部のヤツが混ざった瞬間別ゲーになるんで、そこはお察しいただきたい。


「というわけで……予定通り、サンドアートをするか」

「よーし、アコを埋めて置いて帰るぞ」

「出られる程度に埋めてくださいねっ」

「じゃあかき氷買ってくるわ」

「ぜんっぜん、わかってないのにゃあああああ」


 猫姫さんががっくりと崩れ落ちてしまった。


「先生やってく自信がなくなってきたのにゃ……」

「そ、そこまでですか」


 俺達のマイペースさが一人の人生を狂わせようとしていた。


「しょうがないわねえ、じゃあ私も埋まろうかしら」

「なら私が埋めてやろう。さあシュヴァイン、そこに横になれ」

「シュヴァイン言うな」


 言いながらも、瀬川が砂浜に転がる。


「さあ砂をかけるぞ」

「うーい」

「サンドマンにしましょう、サンドマンに!」

「モンスターはやめてよね」


 全員でざっくざっくと砂を集める。

 マスターがその砂を整えると、どんどんと形ができ上がっていく。


「どうだ、リアルシュヴァインだぞ」

「うわ、凄い筋肉だな」

「ちょっ、顔の下に男の体作っていくのやめてくれる!?」


 そう言われてもちんまりとした瀬川の顔とごっつい男の体がすさまじいミスマッチで、これはもったいなくて壊せない。


「よし、大剣つくろうぜいつもの」

「腹筋六つに割ってもいいですかっ?」

「あんた達、あたしで遊ぶのはやめなさ……なっ、この砂ちょっと重過ぎないっ!? 出られないんだけど!?」

「まあ、これでいいかにゃあ」


 猫姫さんが大きく溜息を吐いた。


 水平線に日が沈む。俺達の海が終わる。


「やりきった、な……」


 意味のなくなったビーチパラソルの下、疲れ切った体で座り込む。


「もうバナナボートには乗りません……」


 俺と背中合わせに座ったアコがぐったりともたれかかってくる。


「バナナボートから三回落ちたわよね、アコ」

「あれは落ちたというか吹き飛ばされたというか……」


 一度空を飛んだ後で頭から落ちてたんだよなあ。


「ルシアンが助けてくれなかったら死んでました」

「うつぶせで浮いてたからな、アコ……」


 告る前に死なれたら困るし。

 告る前に。

 告……る……?


「あ、どうしよ」

「はい?」


 沈む夕日。海の音。潮の香り。

 背中合わせに座る俺とアコ。雰囲気だけ抽出すれば決して悪くない。

 さりとて。


「というわけで斉藤教諭。そろそろロッジに戻りましょうか」

「あたしいい加減LINEに返事しないとヤバいんだけど」

「ネットしたいですぅ」

「普通はまだ帰りたくないって駄々こねるもんなのよ……?」


 各々が酷いぐらいにだらけた空気を作り出し、一番疲れ切った様子を見せるのは先生というこの有様。絶対告る空気じゃないよこれ。

 どーしようかなあ。何とかしないといけないんだけど。

 考えながらロッジに戻るけど良い案なんて出るわけもない。


「あー疲れた。さっさと着替えたいわー」

「携帯まだ触っちゃ駄目なんですか?」


 水着のままで椅子に座る女性陣からちょっと離れて、俺も座り込む。

 そこかしこに水着姿の女の子が居て、リビングの隅にある鞄にはなんだか脱いだ後らしき私服が見える。まるで女子更衣室に忍び込んだような場違い感があった。


「風呂場は一つしかない。外で砂だけは流したので交代でシャワーを浴びてもらう」

「んじゃ西村最初ね」


 どぞ、風呂の方を指された。みんな特に異論もなく俺を見る。

 なんで俺からだよ、最後で良いぞ俺なんて。


「俺は別に最後で良いぞ?」

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