二章 スカッと夏合宿 海や ⑨
べ、別にアコ達の残り湯がどうとかじゃなく、レディーファーストでな?
気づかいのつもりで言ったんだけど、瀬川は妙に白い目で俺を睨んだ。
「一応聞いとくけど、丸一日ずっと日光にさらした髪と、紫外線を浴びに浴びた全身のケア、どれぐらい時間がかかると思う?」
「うい、お先にいただきまーす」
女まじこええ。ケアってなによケアって。
「あの、私はいつも十分ぐらいでお風呂が終わりますけど」
「ふざけてんの、あんた」
瀬川はにっこりと、しかし青筋を立てた笑顔を浮かべた。
「よーしアコ、女の子同士一緒に入りましょう。この機会に基礎の基礎だけでも叩き込んであげるから」
「シューちゃんがクラスの人みたいなことをっ!」
「それはあんたのクラスの子が正しいのよ! その髪の長さで十分で終わるわけないでしょ!」
知ーらね知らねっと。
そそくさと着替えを探し、風呂場に滑り込んだ。
少しべたついた体に勢いよく熱湯を浴びせる。
「いってええええええっ」
肌がヒリつく! ビリビリする! いてえ!
日焼け止め塗ってこれなら何もしてなかったらどうなってたんだ俺。
「あいつらに感謝か……」
少し冷ためのシャワーをゆるゆるとかけた。
あー、頭が冷えてくる。
「はあ……落ち着くなあ」
なんていうかさ、やっぱり一人って落ち着くなーって思った。
いやいや、あいつらと一緒に居たら楽しいし、何が辛いわけでもないんだよ。
ただ、やっぱり一人が一番楽だなってだけでさ。
「……社会不適合みたいだな」
どうにもダメ人間な自分に思わず溜息を吐いた。
でもアコは別なんだよな。
アコだけはどれだけ一緒に居ても疲れないと思う。
どんな姿を見せても、あいつはきっとそばに居てくれると思う。
そう思ったからもっと親しくなりたいと思ったわけで……。
「るしあーん」
「おーう」
そう思ったからもっと親しくなりたいと思ったわけで……。
「入りますよー」
「おー……おおう!?」
ドアが開いた! あっぶねええええ!
勢いよく開いた風呂場の扉を、本当にギリギリの危うい所で止める。
「るーしーあーんー」
うわ、隙間にアコの腕が挟まって閉められねえ! ホラー映画じゃねえんだから!
しかもそっから体にタオルを巻いただけのアコがこっちを覗き込んでるし!
「どうして閉めるんですかあああ」
「どうして入って来るんだお前はあああ」
話がとんでもなく酷い平行線だ!
「夫婦なんだから一緒にお風呂は普通じゃありません!?」
「リアルとゲームは違うから!」
そういうことをしたいならリアルで俺と付き合ってくれてもいいだろこのわからずや!
いや俺か!? 俺がわからずやなのか!?
俺がおさえる扉の隙間から入り込もうとするアコはタオルを巻いていて、さっきまでの水着姿よりは露出度が低い。
でもその下に何も着てないと思うと何故かヤバそうに見えちゃうんだよ。
しかもアコも真っ赤な顔をしてるもんだから余計に──。
って、真っ赤?
そりゃ恥ずかしいかもしれないけど一度は見てるわけだし、水着よりマシだし、あんな興奮しきったように真っ赤になるのはおかしいだろ。別に裸にはなってないんだから──。
あ。
アコじゃなくて俺が裸じゃん。
ぼわっと、俺の顔も多分真っ赤に染まった。
「お、おま、アコ、み、見たか?」
「何をデスカー?」
「くっそ棒読みだなお前!」
白々しいことこの上ねえ!
「何をじゃねえんだよこの覗き野郎! 忘れろ! 記憶から消せ!」
「大丈夫です、一瞬でほとんど見えなかったので、むしろもう少しちゃんと確認をさせていただかないとっ」
「無理やり顔を入れようとすんな!」
うわあああああ、アコが、アコが風呂を覗いてくるー!
「た、助けてくれー!」
思わず叫んだ。
もう誰でもいいから、誰でもいいから助けてくれ!
すると、ドドドドドと集団で走ってくる音が。
「何をやってんのあんたはああああ」
「ひゃううううっ!?」
引っこ抜かれるようにアコの頭が消える。
悲痛な叫びが風呂場の中をこだました。
「猫姫せんせー、ぱす!」
「せやあああああ」
そしてどしーんと重い音が響き、すべての反応が消えた。
「……ええと」
逆にアコが無事か心配になってきた。
いや俺、そんなには困ってないよ?
こらこらやめなさい、ぐらいに止めてくれればそれで良かったよ?
「西村君と仲良くするのは良いけど、時間と場所を考えなさい! 私の監督中にふしだらな事件が起きたら大問題になるでしょう! 自分の家でやりなさい、家で!」
やんねーよ。
アコの家でもやんねーよ。
「ではルシアン、アコは引き取るのでゆっくりしていけ」
「いや急いで出る、大丈夫」
時間が経つと何が起きることか。
ゴシゴシ洗うと肌が痛いけど、はやく済まそう。
「出たぞー……おおう」
風呂を出た俺は恨めしげなアコに迎えられた。
「うう……ルシアンとお風呂……」
「はいはい行くわよアコー」
「あしらわれてますう」
俺の嫁はずるずると引きずられていった。
なんかちょっと大きめのたんこぶみたいなのがあったのは気のせいだよな?
「ルシアン、ちょっといいか」
「はい?」
と、窓の外、バルコニーの方から声がかかった。
呼ばれて出ていくと、水着の上にパーカーを羽織ったマスターと先生が何やら首を傾げている。
「炭の火つけなのだが、これでいいのか確証が持てなくてな」
「先生は違うと思うんだけどねえ」
マスターはやたらとでっかいバーナーみたいなので炭をあぶっていた。
「なにやってんですか」
「びーびーきゅーの用意だ。食材は購入済みなのだが、ここに来て道具の使い方がわからないという問題に気づいてな。ともあれ炭に火をつけようとしているのだが」
「炭ってそうやって使うもんなの?」
「わからないが、やはり基本は火力だろうと。通常はライターなどを使うと想定される以上、この課金アイテムである高火力ガスバーナーなら問題ないはずだ」
LAじゃないんだから、とりあえず火力でどうにかなるってもんじゃないだろうに。
「炭ってなんか遠赤外線とかで焼くんだろ。別にぼうぼう燃えてなくてもいいんじゃないか?」
「するとどのタイミングが焼きごろなのだろうか」
「さあ……? 猫姫さんはこういうのわかんないんですか」
「さっぱりだにゃ──じゃなくて。さっぱりね」
最近は先生もノリが良い。
しかし三人揃っても全く知恵が出てこない。バーナーで炙られた炭がさらに黒くなっていくばかりだ。
「あ、こういう時こそネット使おう。ggればわかる」
「駄目だ! この合宿はネット断ちだぞ! さあ、火をつけるぞ! 課金は無敵だ!」
「そんなできもしないことを……」
さっぱりわからないものをなんとなくノリでやろうとすると絶対に失敗すると思うんだけども。
そうして奮闘することしばし。
「点いた! 点いたぞ!」
「パチパチって音がなってる! 炭だ! 炭って感じだ!」
「……何やってんのあんた達」
アコ達が風呂場から出てくるまでかかって、ようやく炭に火が点いた。
小さめの炭からはじめて少しずつ大きな炭に火を拡大して……もう二度とやりたくない。
「うう……お風呂だけでふらふらですぅ」
「おう、俺もふらふらだよ」
アコと二人で肩を落とす。
疲れたよ、本当に。
「びーびーきゅーとはこれほどに大変なものなのか。世のリア充達はよくもこんなものをイベントにして楽しんでいるな」
「事前にちゃんと用意してればここまで大変じゃないと思うんだけど」



