二章 スカッと夏合宿 海や ⑪
少しだけ震えている指先にそっと手を添える。俺の手も震えてないかちょっと不安だった。
「ルシアンが居なかったら絶対こんな所に居られなかった」
「そんな過大評価を……いや、そうでもないか」
花火を見上げてはしゃぐマスター達を見て思う。
「俺もアコが居なかったらこんな所には居ないしな」
「ルシアンはそんなことないですよ」
「そんなことあるって。アコが居なかったらシュヴァインとマスターにリアルで会っても、こんな風に仲良くはなってなかったな」
良くも悪くも面倒ばっかり起こすアコが居るからこんな風になったんだ。
「じゃあ私達、一緒に居て良かったですね」
「……そだな」
体に響くような大きな音と共に一際大きな花火が上がった。
まだ涙に潤んだアコの瞳が光を浴びて輝く。
今かな、と。極々自然にそう思った。
これで駄目なら全部諦めがつく。
「……アコ」
「はい?」
俺の腕を握っていたアコの手をゆっくりと取り、両手で握った。
柔らかくて、温かくて、小さい。
「俺、アコのこと……その……」
ぐっと息を飲み込む。
嫌です、と言われたあの時のアコの顔が脳裏をよぎる。
でもそれを打ち消してくれたのは、いまこの瞬間に俺を見返すアコの優しい顔だった。
「好き、だ」
自分でも情けないぐらい単純な言い方になった。
でも他に言葉なんてないだろ、他に伝えることなんてないんだ。
「あ……」
アコはちょっと驚いたみたいだったけど、あの時のように困った顔はしなかった。
嬉しそうに、少し照れた笑顔で俺の手をぎゅっと握り返してくれた。
あの日とは全部が真逆だった。
もうアコの返事が聞きたくてたまらない。
「私も──」
アコは少しだけ間を開けて、本当に花開くように言った。
「私も、大好きです、ルシアン」
ふわふわとろけるような、本当に幸せ一杯の表情だった。
よかった……よかったあ!
うわああああ、こわかったああああああ!
俺の方こそ泣き出しそうで、崩れた顔を見られたくなくて下を向いた。
「……はぁぁぁぁぁ」
「どうしたんですか」
どうしたもこうしたもないよ。
「いや……なんか……すっごい緊張して」
本当に力の抜けた俺の声にアコはくすくすと笑う。
「普段から言ってくれないから、たまに言おうとして緊張するんですよっ」
「こんなのいつもいつも言えるかっ」
「私はいつでも言えますよ? ルシアン、愛してますよー」
「やーめーろー」
「えへへへへ」
なんだこのリア充空間。
普通にイチャついてる気がする。いや、イチャついてる!
どうだ見ろこれがリア充だ、俺が、俺こそが勝ち組だ。
間違いなく今の俺が世界で一番幸せな男だ!
「うへへへへ……」
頬が緩んで仕方ない。
自分でもキモいと思うような笑いが止まらない。
へへ、へへへへへ。
この可愛い子、俺の彼女なんすよ。そうやってその辺の人に自慢してやりたい。
「それにしてもルシアン」
「おうー?」
へらへら笑う俺を不思議そうに見て、アコは言った。
「急に好きだーなんて言って、どうしたんですか?」
「どうって言われても困るけど……」
どうもなにも告白で──っていうか雰囲気的には完璧だったと思うし、別に急ってことはなかったと思うんだけど。
ええと、あれ?
なんだろうこの感じ。
じわりと嫌な予感がしてきたような。
「あ、あの、アコ? わかってるか? 何か誤解してないか?」
「はい?」
俺の手を握ったまま、きょとんとされる。
その様子におかしい所はない。いつも通り。
でもいつも通りなのがむしろ怖い。
告白されたよ、って状況でなんで普段通りなの? おかしくない?
「あっ、わかりました」
アコがぽんと手を叩く。
「ルシアン、あれ見たんでしょう! 妻に『愛してる』と言ってみるスレ、みたいなの!」
「…………」
「私も、ああいうのいいなーって思ってたんですけど、やっぱり言われるとふわーってして、温かくて、ああ幸せだなーって……ルシアン? どうしたんです?」
「は、ははは……」
そうだよね、夫婦だったら好きだとか愛してるとか普通に言うんだよね。
もう……何もかもどうでもいい……。
その場にばたりと倒れ込んだ。



