三章 コラボ戦記 ①

 夕食の片付けに奮闘するアコ──俺の告白からやたらと機嫌の良いアコは、これも妻の仕事です! と言って譲らなかった──を横目に、マスターと瀬川が寄ってくる。


「わざわざ二人にしてあげたんだし、ちゃんと告れたのよね?」

「……一応」

「首尾はどうだった」


 ううんと、言葉にするのが難しいんだけど、結論としては。


「アコが鬼女だった」

「ごめん意味わかんない」


 他に言いようがない。鬼女さんマジ怖い。

 一応幸いなこともあった。


「とりあえず、両思いなのは間違いないと思う」

「それは何よりだな」

「逆に言うと、あんたの希望は全然叶わなかったわけね」


 るさいな、あのタイミングで好きって言ってもらえた時点でちょっと満足してるんだよ。


「っていうかさ、ここまで来てやっと気づいたけど、夫婦って恋人のワンランク上なんだよ! 俺が何やったってアコ的には動揺がないんだよ!」


 喜んではくれるけどな!

 どんどん機嫌が良くなるんだけどな!


「しかも西村がデレればデレるほどあの子の中で妄想が固まっていくから余計にどうしようもないわね」


 そうなんだよ。

 俺から好きだとか言っちゃったせいか、アコが俺との関係に自信満々になってる感じがするんだよ。


「ネットを断っても駄目だったか」

「もうリアルでも夫婦のつもりしかないんでしょうね」


 鼻歌を歌いながら食器を洗うアコはどこまでも幸せそうだった。

 横で刃物なんかを片づけている猫姫さんがちょっと不思議そうにしているぐらいだ。


「……もういいや」

「あれ、諦めるの?」


 いいや違う。そうではない。

 こうなったら俺も発想を変えてやる。


「俺だけアコの言うことに振り回されるのは納得がいかない。逆に俺もアコの言うことを聞き流してやる。俺とアコは恋人です。今日恋人になりました。文句は言わせません」

「でもそのまま付き合ってると遠からず結婚させられるわよ」

「それがあるんだったあああああ」


 そんな勇気はない。

 っていうか勇気とは言わない、ただの無謀だ。


「……もうちょっとゆっくり進めるよ。アコだっていつかわかってくれる」

「やっぱ諦めてるじゃん」

「ルシアンがそう言うなら仕方あるまいか」


 マスターだけは何か納得したようだった。


「終わりましたー」


 丁度良くアコが戻ってくる。

 甘えん坊な犬みたいに、褒めて褒めて、と顔に書いてある。仕方ないので素直にねぎらってやろう。


「ご苦労さん、ありがとうな」

「ルシアンの嫁として頑張りましたっ」

「…………」


 そう言ってぐいっと瀬川と俺の間に割り込むように座るアコ。

 瀬川が少し苛立ったように身を離した。悪いな、うちの嫁が。


「さて、もう良い時間だし、そろそろ寝るか?」

「どこで寝るの? みんなで雑魚寝? それぞれ個室があるの?」

「私はルシアンと一緒に……」

「駄目よ?」

「はい」


 先生に首をつかまれたアコがうなだれた。


「何を終わった風なことを言っている。すべてはここからなのだぞ?」


 マスターはすっと立ち上がると、威厳をもって俺達を見回した。


「昼間ネット断ちをしたことによって、皆のネトゲ力は過去例を見ないほどに高まっている。ネットに繫ぎたい、ネトゲをしたい……そんな気持ちがあふれているのではないか?」

「そりゃ今すぐに携帯使いたいわよ」

「ネトゲしたいですっ!」

「俺達にパソコンを寄越せー」

「そうだろうそうだろう」


 シュプレヒコールを上げる俺達に大きく手を広げ、マスターは高らかに宣言した。


「ここから現代通信電子遊戯部、真の合宿がはじまる!」


 言うと、マスターは遊戯室の扉を開けた。

 間接照明の明かりが灯り、冷えた空気が流れてくる。

 そこには立派なデスクトップパソコンが五台据えられていた。


「ここからが本番だ! LAで難敵と呼ばれるボスを十体倒すまで終わらない! そう、名付けて『寝落ちするまでやめられまテン』だ!」

「何がテンなの!?」

「寝落ち前提かよ!?」


 どういうイベントだ!


「ちょっと待って御聖院さん、この五台目のパソコンは……」

「斉藤教諭の分です。どうぞ監督して下さい」

「……消灯時間よー、寝なさーい」

「認めません」

「酷いのにゃ……」


 顧問より部長の方が発言力が高いという謎の部活だった。

 待ってくれ、ネトゲはしたいよ、そりゃしたいよ。

 でもほら、もう結構遅い時間だよ? たっぷり泳いで運動して沢山食べて、これで今すぐ寝たら絶対気持ち良いぞってタイミングだぞ?

 ここから始めんの? 本気で?


「くー……」

「アコが既に寝落ちしてるわよ!」

「起こせ、起こせ!」


 椅子にしがみつくような姿勢で目を閉じているアコを揺する。


「るしあん……もうたべられません……」

「起きてんだろお前! その寝言リアルで言う奴聞いたことねえ!」


 寝る気なだけだぞ、こいつ!


「だって、もう限界ですよう」

「限界こそが理想だ! 全ての意識が抜け落ち、無意識だけでも完璧な操作ができるようになった時、我々はネットゲーマーとして完成する!」

「未完成で良いわよ、私」

「部員を手動BOTにしようとすんな」

「いいから来るのだ」


 半ば引っ張られて席に着く。

 マジか、やるのか。眠い目をこすってネトゲをするのか。

 そりゃパソコン使いたかったけど、寝落ちするまで耐久ネトゲとは思ってなかった。


「さあ始めるぞ! 最初に倒すのは真タイターンだ!」

「無理ですぅぅぅぅ!」

「今のコンディションでやれるかちょっとは考えろ!」

「俺様の経験値がー!」

「嫌なのにゃああああああ」


 俺達の泣き言は認められなかった。



◆アプリコット:雑魚が漏れたぞ、ルシアン! ヘイト管理しっかりしろ!

◆ルシアン:ねみい


 やめられまテン開始から既に数時間が経っている。もう眠いとか眠くないとかじゃなくて、俺の脳の大半は眠りについてると思う。絶対そう。寝てるって。

 みんな口を開くのが面倒で返事がチャットになるぐらいだ。


◆アプリコット:シュヴァイン、足を止めるな、ボスがこっちに来るぞ


 他のメンバーで雑魚を倒している間ボスを引き付けて逃げ回るのが任務だったシュヴァインの動きが怪しい。一発も殴られずに逃げ続けないと駄目なんだけど、さっきからダメージを受けまくってる。


◆ルシアン:シュー、平気かー

◆シュヴァイン:qwddsssssssss

◆ルシアン:チャット画面開いたまま動こうとすんなー


 あー、あいつ眠すぎてキーボード移動ミスってるよ。

 普段なら笑ってる所だけど、俺も眠すぎてどうでもいい。


◆アコ:ボスがきましたよー


 あ、頑張ってシューを回復してたアコの所にボスが来た。


◆アコ:ボスでしにましたよー


 あ、アコが死んだ。


◆シュヴァイン:回復役が死んだな……俺様も後を追うぜ……

◆ルシアン:そうだな、これで終わりだ……


 全滅すれば寝られる、全滅すれば終われる。

 そんな希望に満ちた俺達の画面にぽわーんと緑色の光が舞った。


◆アコ:はれ?


 死んでいたアコが勢いよく起き上がった。

 少し控えた位置に居たネコミミ少女が胸を張る。


◆猫姫:蘇生したのにゃ、まだいけるのにゃ

◆ルシアン:なんで生き返らせたんですかーっ!

◆シュヴァイン:くそ、こんな時に限ってサブヒーラーが居るだと!?

◆猫姫:どうして怒られるのにゃっ!?


 確かに猫姫さんは悪くない、悪くないけど!


◆ルシアン:空気を読んでそのまま殺しておいてくださいよ! 使えないですね!

◆シュヴァイン:クソ猫が、ボスに轢かれてしまえ

◆猫姫:にゃああああ!?


 特に脈絡のない暴言が猫姫さんを襲う!


◆猫姫:そんなこと言うとリヴァイヴ、ヒール使ってあげないにゃん

◆アコ:ヒール私ひとりじゃ追いつかないですー

◆猫姫:猫姫は、こんなちんけな前衛と一緒にPT組むほど暇じゃないにゃん


 普通なら回復は一人で足りるんだぞ、と突っ込む元気は誰にもなかった。あんた顧問だよ、と突っ込む元気もやっぱりなかった。

 ボスの攻撃で一人ずつ倒れていくアレイキャッツメンバー達。


「全員死んだ……これで寝られる……」


 最後まで粘っていたマスターが死んだのを確認して、俺はその場で目を閉じた。

 寝落ちとか……久しぶり……。

 ──。

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