三章 コラボ戦記 ②
「──ちょっと、起きなさいよ」
「ん……うう……」
ゆさゆさと乱暴に揺すられて夢すら見ないほどの眠りから無理やり引っ張り上げられた。
顔を上げると既に窓からは薄く日が差し込んでいた。
「朝か……」
「昼よ」
苦々しく言う瀬川。
マジかよ、と目を向けて、俺は目を疑った。
「おまえ、その顔──ぶふっ」
驚いたのも一瞬、すぐに吹き出した。
「頰っぺたっ、キーボードの跡っ、思いっきりっ」
不機嫌な顔をした瀬川の頰にくっきりとキーボードの跡がついていた。
「私は寝落ちしましたよって言わんばかりだなそれ、どうすんだよ、くくく」
「るさい、あんたもよ」
「……おう?」
ぺたりと自分の頰に手を伸ばす。
俺の頬も酷く無機質な形に凹んでいた。
「……なんか跡がついてるって気づくと急に痒く」
「あんまり掻かない方がいいわよ……」
全てを諦めたような表情で言う瀬川。
やっぱこいつ大物かもしれん、と変な感想を抱いた。
「んやう……だめですぉよ、そんなところ……」
「ふんっ!」
「ひああああっ!?」
なんか恍惚とした寝言を漏らしていたアコが蹴りつけられるのを眺めつつ、俺も大きく溜息を吐いた。
全員揃って起きたのは昼を十分に過ぎてからだった。
「本日は合宿二日目なわけだが、外はあいにくの天候だ」
昼になってもさして明るくない窓外。今日は雨模様だった。
「これで一日中ネトゲができますね!」
「できると言えばできるけど……」
昨日のネット断ちが思いのほか厳しかったのか、アコは超嬉しそうだった。
「どうすんの、本当にネトゲするの?」
「一日中パソコンいじってました、って日報はあんまり書きたくないわね」
一応合宿も仕事らしい猫姫さんがクリップボードを手に微妙な顔をする。
全員パソコンの前で崩れ落ちるように寝ました、なんて書いたら怒られないかな、ちょっと心配だ。
「心配はいらないぞお前達。こんなこともあろうかと、飽きさせないような案はしっかりと考えてある!」
マスターは雨だろうが晴れだろうが合宿が楽しくて仕方がない様子で、胸を張って言った。
「本日は宿泊先を変えるぞ!」
「なんでまた」
「それはだな……これだ!」
パソコンの画面にでっかく表示された公式告知ページ。
そこに書いてあったのは、
「レジェンダリー・エイジ、コラボレーションホテル……?」
「コラボ……ですか?」
「それもわざわざホテルとやってんの?」
呆然とする俺達。
ネトゲの運営が他の企業と連携してイベントを行うのを『コラボレーション』とか『タイアップ』とか呼ぶ。割と頻繁にあることで、一番多いのは公式公認のパソコンとかかな。
このイベントでしかもらえない良いアイテムが手に入ったりするから、俺も参加することは多いよ。
でもさ、にしてもさ。
「ホテルか……」
「これはついに来る所まで来たわね」
「珍しいか?」
「珍しいってかホテルとコラボとかあんのね」
「他にもありませんでしたか? ラブ……ラブ……ラブラブラブ、みたいなの」
「ありゃ旅館だろ」
旅館もホテルも大差ないっちゃないけどさ。
「LAもついに最終集金体勢かしらね……」
「そう悪く言うものでもない。少し下調べはしたが、これが意外と悪くないのだぞ」
もう予定は決定済みらしい。
さして荷物を広げていないのでさっさと片付けて車に積み込む。
「場所はすぐ近くだ。では、出発!」
「……もうちょっと、コテージ堪能したかったにゃ……」
猫姫さんが小市民的に別荘を惜しんでいた。
次に来ることがあったらちゃんとベッドで寝たいっすね……。
近いっていうからどれぐらい近いかと思ったら、本当に近かった。
多分同じビーチを狙いにしたホテルなんだと思う。
「ここだ、ホテルフローレス」
「うわ、でっかくレジェンダリー・エイジコラボレーションって書いてある!」
ロゴマークがあちこちに張り付いてる!
ロビーに超ぬいぐるみとか飾ってあるし!
「でっかいぽわりんがいますよ!」
「ありゃドヤ顔をしているからますたーぽわりんだな」
どやや! って顔をしてるスライムもどきみたいなやつが俺達を出迎えてくれた。
走って行ったアコが抱きついて、ふにゃーんと受け止められている。
瀬川がほんのり羨ましそうな顔をしているが、どうやらプライドが勝ったらしく、抱きつきはしなかった。行けばいいのに。
「でっけえ……」
「これで実寸大? 本当に?」
「こんなのよく倒してるな、俺達」
上で暮らせそうなぐらいでかかった。
「しかし……なんか恥ずかしいなあ」
「あたし達の何が悪いってわけでもないのに、なんか照れるわね」
あっちこっちにLA、LA、LAと自分のやっているゲーム名が出ていると、なんだか妙に恥ずかしい気持ちになる。なんだろう、この不思議な感覚。
「ルシアンルシアン、なんだかこのホテル。ちょっと見覚えがあるんですけど」
「俺もなんか見た記憶がある」
「首都にある宿屋の元になった建物だからな。内装はある程度コピーしてあるそうだ」
首都にある、宿屋。
「ああ! ルシアンと一緒にチャえぶっ」
はい、それ以上言わないように。明らかに誤解を招く発言だからな。
溜まり場を捜し歩いてた時に一緒に入ったアレな。それだけだから。
「チェックインしてきたわよ。しっかり予約もされてたけど」
「事前の準備は大切です」
フロントから戻ってきた先生が俺達にキーを渡す。
ついでに配られたのは……なんだろ、小さなぽわりん型をした何か。
「このホテルには面白い仕掛けがあってだな、ゲーム内と連動してイベントが進むようになっているのだ。これがそのイベント用トークンだ」
「へえ、ぽわりん型のトークンなのか」
裏側を見てみるとIDが刻印されていて、時間で変わるパスワードも表示されていた。
下手に固定式のIDとパスワードだけ配布すると、ネット上に情報が流れたら宿泊客以外もコラボイベントに参加できてしまう。ホテルに泊まった人しか遊べないようにわざわざトークンなんて使ってるんだろう。
「凝ってるわねえ」
「可愛いー!」
こりゃいいな。この先も使えるんだったら使いたいぐらいだ。
「そしてだ。イベントをクリアすると、ぽわりん型トークンにポイントが溜まる」
ふむ?
「そしてこのホテルでは、ポイントが溜まっている分だけ、LAが無料で遊べちまうのだぞ」
「ポイントがないと無料で遊べな……ご、ごめんなさい」
突っ込んではいけないことを突っ込みそうになったアコが謝った。危うい発言には気を付けよう。
「んー……あたしね、こういうコラボものとかさ、オフラインイベントとかさ、ユーザー舐めてるって感じであんまり好きじゃなかったのよね。こうすれば金払うだろ、みたいなのが透けて見えるっていうか」
瀬川がトークンを揺らしながら言う。
あー、わかるわかる。なんかゲーム以外でついでに金をとろうって姿勢が気に入らなかったりした。
「でも、こうして目の前で見ると……なんか燃え上がるわね」
「だよなあ……俺達ってやっぱ単純なのかなあ……」
「可愛いですねっ!」
ますたーぽわりんにぎゅっと抱きつくアコ。
ふんにゃりと柔らかいものがつぶれていた。
「というわけでリアル&ゲーム連動イベントだ。スタート地点は、このホテルのフロントになる」
「そこ?」
イケメンのフロントマンがいるフロントか?
「いいや、違う。ゲーム内のホテルの、フロントだ」
マスターが指した先には少し型の古いPCが設置されていた。
ここにもレジェンダリー・エイジコラボ! と大きく告知がある。
「ここからログインして、キャラクターをこのホテルまで連れてくるのだ」
ちょっと古いPCはLAの起動に時間がかかったが、表示されたマスターのアプリコット君はてくてくと宿屋に向かう。



