三章 コラボ戦記 ⑤
「やばいやばいやばいやばいやばい!」
すぐにログインだ、もう一度!
パスワードが違います
くそ、もうパスワードが変えられてる!
これじゃイタチごっこだ。しかも向こうはろくでもないログインツールなんかを使ってるかもしれないし、こっちのPCは古いせいでやたらと起動速度が遅いんだよ!
すぐに仮パスワードを発行、そのパスワードで起動を……くそ、遅い!
「ええい、緊急手段だ!」
こうなったら手段は選んでいられない。
公式サイトでパスワードを入力する。適当に入力しまくる。
誤入力、誤入力、誤入力を十回すればセーフティロックが発動。
これで一時間は誰であってもログイン不能だ。
「よし、今の内に……」
アコの携帯に電話をかける、が──出ない。
どうしたんだよ、アコ。本気で何かあったのか。
なら、こっちにはオフラインがある。
アコの部屋の場所はわかってる。何せさっきゲーム内で全く同じ場所に行ったんだ。
「騙されてんじゃねえぞ……!」
焦る気持ちをこらえ、すぐに部屋を飛び出してホテルの廊下を走る。今日は運動は要らないと思ってたんだけどな。
エレベーターを待つのがもどかしく、階段を駆け上る。
402号室、ここのはずだ。すぐに扉を叩き、チャイムを連打する。
「アコ、アコ!」
中からは何も声がしない。応答もない。
「そいつは俺じゃない、偽物だ、おい、聞こえてるよな?」
アコ! 聞こえてないのか! アコ!
もう一度扉を叩こうとした手がぐっと前に滑った。
ゆっくりと扉が開く。
「る、るしあん……」
目を真っ赤にしたアコが、ぐしゃっと表情を崩した。
「るしあんんんんん!」
泣きついてくるアコを抱きとめた。
「ごめんな、びっくりしただろ」
謝る俺に、アコはしがみついたまま必死の様子で言う。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ」
ふるふると首を振るアコ。
「それにニセの俺はどうしてた? 変なことされなかったか?」
「っ」
びくりと身を固めるアコ。
「おい、アコ?」
「ご、ごめんなさい」
何を謝って──いや、自分で確認しよう。
「悪いアコ、入らせてくれ」
「あ……ルシアン、待って」
アコを連れたまま部屋に入る。さっきゲーム内で見たのと同じ部屋。同じ構造。
同じ場所にあるパソコンの画面を覗き込む。
そこにはアコの『アコ』が一人でいるだけだったが、俺とアコのチャットログがしっかりと残っていた。
◆アコ:この姿勢……いつかの溜まり場探しを思い出しますね
◆ルシアン:こら、そういう冗談で呼んだなら帰るぞ
◆アコ:えええ、でも私達、夫婦なんですから
そう、ここまでは俺だ。俺が話してた。
そこにルシアンの接続切断メッセージが入る。
そして間を開けて──再び、『ルシアン』が戻ってくる。
◆アコ:お帰りなさいルシアン。ホテルの回線悪いですか?
その言葉に少し反応が開いたのか、再びアコのチャット。
◆アコ:ルシアン? どうしたんです?
◆ルシアン:あ、ホテル、ホテルね
『ルシアン』が、喋ってる。
俺じゃない『ルシアン』が、アコに向かって。
◆アコ:ルシアン?
◆ルシアン:あ、おお
◆アコ:大丈夫ですか? 何かありました?
◆ルシアン:いや、慣れないパソコンだからな
俺の振りをしたルシアンが偉そうにアコと話すログ。
ぎりっと拳に力がこもった。
◆アコ:こういうの困りますよね、折角良い感じだったのに、雰囲気台無しですっ
◆ルシアン:雰囲気?
◆アコ:ほら、折角それっぽい場所で二人なんですし、もっと仲良くしても良いなって話をですねっ
普段の俺ならすげなくあしらうような、アコの言葉。
それに対して、
◆ルシアン:お、そういうのOKなタイプ?
『ルシアン』は鼻息も荒くそう言った。
◆アコ:え、あの……ルシアン?
◆ルシアン:俺も全然アリな方だから。ほらやろうぜ
◆アコ:い、いつになく積極的ですね?
明らかにおかしな『ルシアン』にアコが引いているのがわかる。
それを誤魔化すように、『ルシアン』がさらに迫る。
◆ルシアン:そういうの嫌か? 俺のこと嫌い?
◆アコ:そ、それは……
「あ……」
アコは答えなかった。
言わないんだ。
好きだって答えないでくれたんだ。
普段なら食い気味に即答するアコが言葉に詰まってた。何も言わなかった。
それがびっくりするぐらいに嬉しかった。
ああ、わかってるんだ、こいつ。俺が俺じゃなかったらわかるんだ。
「お前、良い嫁だな」
「え……?」
俺の隣、泣きそうな顔で画面を見ているアコの頭を撫でる。
しかし、そんな安堵も吹き飛ばすぐらいに、画面の中の『ルシアン』は腐ってやがった。
◆ルシアン:なー、良いじゃん別に。……あ、そうだ、その前に画像送ってよ、自撮りでいいからさ
◆アコ:ルシアン……?
◆ルシアン:ちょっとエロメの、使えそうな奴。ほら、アドレス貼るから
◆アコ:あなた、ルシアンですか?
◆ルシアン:違うように見える?
◆アコ:……
見えるわけない。紛れもなく『ルシアン』だ。
◆アコ:でも、でも……
◆ルシアン:ああ、俺は別に見た目とか気にしないし。ネトゲやってるような子、みんな陰キャラのモサい子だしさ。俺も送るし。俺割とイケメンだよ?
◆アコ:──っ! やめてくださいっ
珍しい、アコの怒った言葉。
◆アコ:ルシアンの顔でそんなこと言わないでください
◆ルシアン:顔も何もそのルシアンじゃん
◆アコ:私の大好きなルシアンは、ルシアンは
チャットが一度途切れる。
多分、叩きつけるように打ったんだろうなって、それがわかるような区切りがあった。
そして。
◆アコ:ルシアンはそんなこと言いませんっ!
そのタイミングで俺がログアウトした表示があった。
直後に再びログインし、テレポートアイテムで消えた後は戻ってきていない。
「……はー」
びくりとアコが震える。
良かった……最悪の事態にはならなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「何で謝るんだよ。よく気づいてくれたよ、本当に」
ニセルシアンが直結過ぎたにしても、アコが俺を信じてくれなかったら危なかった。
「んだよこのクソみたいなチャット。出会い厨直結厨……っつうか犯罪者丸出しの」
くっそ、自分のキャラがそんな風に喋っていたのが心底気に入らない。
「良い勉強になったよ。アコもこんな奴に引っかからないようにな」
「ごめんなさい……」
「だから謝ることないって……アコ?」
アコは目一杯に涙を溜めていた。
そして後悔だらけの顔で俺に言う。
「だって、私、ルシアンじゃない人を、ルシアンって呼んで」
ごめんなさい、ともう一度言ったアコの両目から涙が溢れた。
「あ……」
それで気がついた。
一瞬、ほんの数十秒。
短い時間だけど、でも。俺のアコが盗まれたんだ。
その間、アコは俺のアコじゃなかった。
俺の『ルシアン』が取られたら、俺のアコも一緒に取られるんだ。
「……気に入らないな」
そして泣かした。
俺のアコを泣かした。
「許さん、絶対許さん」
「ごめんなさい、もう絶対こんなこと……」
「違う、アコじゃない! アコには欠片も怒ってない! 腹を立ててるのはまず俺にだ!」
俺が悪い。注意を怠った。危機感が足りなかった。
そして、それ以上に。
「この垢ハック野郎は絶対に許さん!」
このクソ野郎に、俺は、すっげえ、怒ってんだよ!



