三章 コラボ戦記 ⑥
「注意はしていたが……まさか本当に垢ハックされるとは」
「身内がやられると冗談じゃ済まないわね」
俺から連絡を受けた三人はすぐにアコの部屋へ来てくれた。
「こういったオープンスペースで接続する場合、十分以上に警戒してしかるべきだった。すまない、これは企画した私のミスだ」
「何言ってるんだよ、マスターが悪いわけあるか」
俺がミスるまでは楽しくやってたってのに。台無しにしたのは全部俺だよ。
「違うわ。合宿中に生徒が被害に遭うなんて……ごめんなさい」
先生が深々と頭を下げる。
「猫姫さんが悪いわけないじゃないですか」
無関係も良い所だ。
「俺が悪いんですよ。自衛が足りなかった。ワンタイムパスとかトークンとか使うべきだったのに」
「西村君、それは違うわ」
先生は強い声で言った。
「垢ハック、なんてゲームの言葉みたいに言ってるけど、これは『不正アクセス行為の禁止等に関する法律』っていうのに違反した、立派な犯罪なのよ。まだ学生のあなた達が日常的に犯罪者に狙われていて、しかも自衛を強いられてるなんて、その方が異常なの」
そして目を伏せてうなだれた。
「合宿中に生徒が犯罪被害に遭うなんて……本当に先生失格だわ」
「実際に被害に遭ったのはルシアンではなく運営サイド、ということになります」
「同じことよ」
そりゃ建前としてはそうだけど。
実際ネトゲやってる方は垢ハックは自衛するものだと思ってるし、法律がどうであろうと、ハックされた後で誰かが助けてくれるとは思ってない。
単に俺のミスだって思うだけだ。
「とりあえずホテルの方には事情を連絡しておくわ」
「よろしくお願いします」
そういうのは先生に任せておこう。俺より話が通じると思うし。
「それでLAは完全に取られてたのよね? 今はもう大丈夫なの?」
「LAじゃなくてフリーのメールアドレスの方がやられてたんだよ。LAのセーフティ機能はメールアドレス基準だから結構ヤバかった。メールの方はパスワードの変更に手続きが多いからなんとか俺の制御に戻せたけど」
LAのアカウント制御は登録しているメールアカウントさえ奪ってしまえばほぼ好きなようにできるシステムなんだよな。
パスワード変更もIDの確認も全部が登録メールアドレスへのメールで行われるシステムだ。ワンタイムパスやトークンを使っていない限り、メールアドレスが奪われればオールフリーだったりする。
古いネトゲなんて大体がそんなもんだってわかってたんだから、甘かった。何かしら対策を取っておけばこんな好きなようにはされなかったのに。
「メールのアカウントは設定変更に生年月日やらサブアカウントが必要でさ。おかげで進入されただけで、奪われずに済んだ。もう全部変更したから大丈夫だよ」
メールアカウントを自分の物にすればゲームのアカウントも制御できる。
とりあえず沈静、という状態にはなってた。
「原因はわかっているのか? どこで仕込まれた?」
「多分、音楽の海だな……」
レストラン前にあったパソコン、あれだ。
「あそこでアイテム受け取るのにメールアカウントに入ったんだけど、その時挙動がおかしかったんだよ。一回IDとパスワード入れたのに何も起きずに同じ画面に戻って、もう一度入れたら入れたんだ」
「フィッシング詐欺か……古典的だな」
マスターが唸る。やられてみると気づかないもんだよ、本当。
「えーと……ごめん、何それ。ねえアコ、何のことかわかる?」
瀬川に言われて、アコが静かに首を振る。
「いえ……」
学校に一人で居る時のような、おびえたアコ。
くそ、あの野郎のせいだ。絶対許さん。
怒りをもやしつつ、でもそれがアコにわからないように、何もなかったように言う。
「フィッシング詐欺ってのはその通り『釣り』なんだよ。ネット的な意味での釣りだ。知ってるだろ」
「そんな餌にこの俺様が釣られくまー」
「そういうやつ」
今回は俺が釣られクマったわけだ。
「仕組みは単純でさ。ネトゲなんかだと、公式サイトのログインページと全く同じデザインのニセページを作って、URLをバラまくんだ」
間違って踏んだ人はそこが正規のログインページだと思い込んじゃうんだよ。
だってデザイン一緒なんだもん。
「騙されてそこにIDとパスワード入れてログインボタンを押すと、入力した情報だけが盗まれて何も起きずに、正規の公式ページに飛ばされる」
「……正規のページに行くんですか?」
「そ。だから騙された奴は何かミスったのかなーと思ってもう一度ログインを試すんだ。するとこっちは正規の公式ページだから普通に入れる」
そして何も気づかないままゲームを続けて──。
「忘れた頃に垢ハックだ」
「あー、もしかしてやってもいない有名オンラインゲームのアカウント確認メールが頻繁に来るのは……」
「運営からじゃない、偽メールだ。確実にフィッシングサイトだろうな」
不正ログインの可能性があります、ログインして確認してください──という不正メールだ。
「俺はメールアカウントの情報を取られたからさらにヤバかったよ。仕掛けられてるのがLAコラボのPCっていうんだから、そりゃ入られるよ」
「中身はどうだ? 被害はあったか?」
「もうすぐ一時間経つから、入ってみたらわかるけど……」
正直覚悟はしてる。
「るしあん……」
「落ち着け落ち着け」
びくびくとおびえるアコの頭を撫でた。
ったく、本人より困られると、こっちが逆に冷静になっちゃうだろ。
「……よし、解除された」
パスワードをややこしいものに変更し、ログインしてみる。
見慣れたログイン画面。キャラクターセレクト画面。
そして、そこに。
「ルシアンが……」
「ない、か」
俺の『ルシアン』が消えてなくなっていた。
「あ……るし、あん……」
べしゃっと、アコがその場に崩れ落ちた。
ほら、大丈夫だから、そんな顔すんなって。
「落ち着け落ち着け、俺が居なくなったわけじゃないんだから」
「でも私のルシアンが、ルシアンが居なくなって……」
こら、俺のだ。俺のルシアンだ。
むしろ言えば俺こそがルシアンだから。
「消えたものは仕方ないし、ルシアンはまた作れるから大丈夫だ。それより取り戻せないものを先に探さないと」
「取り戻せないもの──あっ、ルシアンが持ってたアイテム……」
そう、それだよ。
大事な装備とか思い出の品とか、一緒に消されてたら洒落にならないって。
とりあえずサブのキャラクターに入って倉庫を確認してみる。
「んっと……俺の動きに気づいてすぐアイテム回収したっぽいな。倉庫のアイテムも上の方が色々となくなってる」
「行動がはやいわね」
「んなことねえよ。メイン以外は全部残ってて、倉庫が空っぽじゃないって時点で恩の字だよ。アコが引き付けてくれなかったらこんなもんじゃ済まなかった」
残ってるアイテムがあるってだけでまだマシだ。
キャラもメインのルシアン以外は消されてないんだ。
「ごめん、なさい」
「だからなんで謝る」
「私がもう少しルシアンと話してれば、その間に」
「こら、馬鹿言うな」
あの偽物がこれ以上ルシアンと話してたなんて、そっちの方がよっぽど腹が立つっての。
「あのなアコ、気持ちはわかるけど、ここでごめんは駄目だ」
「……?」
赤い目が不安げに俺を見る。
その瞳をしっかりと見つめ返した。
「アコはさ、ちょっと悪いことが起きるとつい『あの時こうしなければ』って後悔ばっかしちゃうだろ」
「……はい」
「俺もそうだよ。でも、それは駄目なんだ。いいか、魔法の言葉を教えてやる」
すーっと大きく息を吸う。
「俺は悪くねえ!」
ぽかーんと俺を見るアコ。
「ほら、アコも言ってみろ」
「え、えっと……わ、私は悪くない、です……」
「声が小さいぞ!」
「私は……悪くないです……」
「もっと大きい声で!」
「私は、悪くないです」
「ぜんっぜん気持ち伝わってこない! もう一回だ!」
「私は悪くないですっ!」
「もっとだ! もっと熱くなれよ!」
「私は悪くないですうううっ!」
「はい、今死んだ! アコの罪悪感死んだぞ!」
「はいっ!」
よし、それでいい!
熱い闘魂がアコの瞳に燃え上がった。



