三章 コラボ戦記 ⑪
言ったよ。言ってるとの同じことだよ。
そもそも他人に片付けられるとかどんな拷問だ。男の部屋には女の子に見せられないものがたくさん詰まってるんだよ。
「大丈夫です。たとえルシアンのベッドの下にどんな秘密が隠れていても、私は妻として全てを受け入れますから! 鉄道模型を捨てたりなんてしませんよ!」
「ギャルっぽいアイドルの写真集とかあったらどうすんだよ」
「粛清します」
「受け入れろよ!」
やっぱり大嘘じゃねえか!
別に写真集とか持ってないけど、怖いのでリビングに通しておく。
「座っててくれ。なんか飲み物とかないか見てみるから」
「はい」
アコがソファーに腰を下ろす。見慣れた場所に見慣れた相手が居るってだけなのに、なんだか不思議な違和感のようなものがあった。
「あの、ルシアンのご両親は?」
「母さんは出かけてる。親父は仕事」
んで妹もお出かけ。夏休みだし、平日の昼だしな。
しかし母親が居なくてよかったよ。友達さえほとんど連れて来ない俺が女の子なんて連れ込んだら一体どれだけ大喜びしたかわからん。
「お、紅茶のパックがある。これでいいか?」
「はーい」
適当にお茶を入れて戻ると、アコは複雑な表情で待っていた。
「二人だけで残念なような、ほっとしたような……。早めにご挨拶をしたかったんですけども」
「何を言う気だ何を」
「息子さんに私をもらわせてください!」
「意味がわからん!」
日本語がおかしいし、言ってることがおかしいし、全部がおかしい!
さっきからあれやこれやと突っ込みすぎてもう息が切れてきた。
「あー、ただでさえ寝てないのに余計に疲れてきた」
「そうですね、ルシアンの目に凄い隈が……」
「マジ眠いわー、昨日実質寝てないからなー、かー、眠いわー」
「地獄のルシアンみたいなことをっ」
実質も何も本当に寝てないんだけどな。
「と言ってもまだ一徹だから大丈夫。ここから二徹まで行く予定だし」
「死んじゃいますよー!」
「奴を殺せるなら本望だ……」
ふっと遠くを見た俺に、アコが必死に首を振る。
「だめですー! この年で未亡人は嫌ですー!」
またそんなことを言って。ゲームとリアルは違うんだから、未亡人も何もないだろ。
お前は最初から──いや待てよ。
今ふと思ったんだけどさ。
「なあアコ、俺達ってもう夫婦じゃないよな?」
「ふえ?」
きょとんとするアコに言う。
「だってほら、『ルシアン』が消えてるし。指輪からも俺の名前が消えてたし」
何を今更って話だけど、『ルシアン』が消えて、指輪からもエンゲージの文字が消え、アコの結婚状態も解除されてる。LA内部のステータスから考えれば俺とアコは既に夫婦でもなんでもないと思う。
「────」
アコはぽかんと口を開けて固まった後、勢い良く立ち上がった。
「り、りこんですかーっ!?」
「離婚というか、婚姻関係の消滅というか」
俺とアコが夫婦だったという事実がなかったことになったわけだ。
「むしろ気づいてなかったのか?」
結構ショック受けてたじゃん、『ルシアン』が消えてた時。
「ルシアンが居なくなったのがショックで……まさか離婚だなんて」
元俺の嫁はしばし呆然とした後、バンバンと強くテーブルを叩いた。
「な、なんてことをしてくれたんですか、あのニセルシアンは! まさかこんな極悪人だなんて!」
「怒るの遅えよ! なんで俺がこんなに腹立ててあれこれやってると思ってたんだ!」
「キャラを消されて装備を取られたら怒って当然かなって」
「それはそれで怒ってないわけじゃないけど」
それ以上に怒ることがあったんだよ。アコを泣かせたとかアコを悲しませたとかアコを──いや、言わないけどさ。
「ということは、今の私とルシアンの関係って……」
「……友達?」
「そ、そんな……」
お前が俺の告白スルーしたからな、というちょっとの恨みを込めて言うと、アコの顔からどんどん血の気が引いていった。
不謹慎な話だけどそれだけショックを受けてくれるのが嬉しかったりする。
「その……もう夫婦じゃないということは、こういうのは差し出がましいですか?」
「おう?」
アコは恐る恐るといった感じで、持ってきたカバンから袋を取り出した。中には弁当箱。あれだよ、学校でもらってたのと同じやつ。
「何をやってるのかはさっぱりわからなかったんですけど、とっても頑張ってるみたいだったので、ちょっと差し入れをしようって思って……」
「うわ、マジか、超助かる。ありがとう」
誰もいないから昼飯どうしようかと思ってたんだよ。
何よりもアコが俺を見ててくれたことに元気が出た。自分が頑張ってる理由がよくわかった。我ながら単純だけど、最後まで全力でやってやろうじゃんって気になったぞ。
「お陰でやる気が出た。全部が元通りってわけにはいかないだろうけど、俺達はバッチリやり返してやったぜ! って良い思い出にできるぐらいには、なんとかやってやる」
「それ、私の為ですか?」
アコが少し不安げに言った。
お前だけの為、ってわけでもないかな。
「んー、むしろ俺達の為、かな」
「それは凄く嬉しいですけど……無理しないでくださいね。ルシアンが元気で居てくれるのが一番大事なんですから」
そう気遣わしげに言われた。
大事な人を応援し、でも気遣って、隣にいてくれる人の言葉だった。
す、すげえ、普通に心配された。なんか確かな愛情みたいなものを感じた。
「……アコ、今のはこれまでにお前が言った台詞の中で最高に嫁っぽかったぞ」
「今は嫁じゃないのにですかっ!?」
なぜっ!? と驚くアコの頭をもふもふと撫でる。
嫁って設定が消えてもさ、やっぱ俺の嫁なんだよ、お前は。
「うっし、俺はやるぜ、やってやるぜ。飯を食ったらさっそく作業だ」
「はい、ルシアン大勝利で終わらせてください」
頭に乗せられた手に目を細め、アコは機嫌よく言ったが──
「──いやあ、それはちょっと無理かな」
「……? はい?」
「いや、何でもない。そうだアコ、食わせてもらって悪いけど、親が戻る前には帰れよ?」
「うううう、夫婦じゃないから文句が言えないー!」
アコは心底悔しげに唸った。
それから全ての準備を終えるのに丸一日はかかったけど、最後まで頑張れたのはアコのお陰だと思う。
頑張った甲斐はあった。全ては予想通りに運んだ。
でもごめんなアコ。あんまり胸を張れるわけでもないんだ。
俺達、悪いことする準備をしてるんだよ。
††† ††† †††
そして数日後、俺達は現代通信電子遊戯部、部室に集合していた。
「そろそろ時間だ、準備はいいか?」
「問題ない」
「おっけーよ……って、別にあたしやることないけど」
「大丈夫ですけど、あの……」
俺達が何をたくらんでいるのか未だに知らないアコ。
その肩を叩き、力強い笑み──に見えたらいいなと願いつつ、笑いかけてやる。
「まあ見てろよ。今日は復讐の日だ。俺達もやられっぱなしじゃないんだぞ」
「……はいっ」
時計の針が午後三時を示す。
約束の時間だ。
「はじめるぞ」
「作戦開始」
「作戦開始、らじゃー」
「ら、らじゃー?」
俺はあらかじめ用意していた初期レベルのキャラクターを起動した。
名前はルシアンからあやかって、ピロシキ君。
ピロシキ君を動かし、首都の裏側、人気のない路地に向かう。
路地の中央で待っていると、前方から似たような初期装備のキャラクターが歩いてきた。
名前はろん。くそ、丸わかりじゃねえか。ふざけやがって。
「よし、ターゲット確認、間違いない」
「作戦をフェイズ2に移行するわよ」
「フェイズ2了解。プランNをスタート」
「あ、あの、さっきから何をやってるんです?」
いいからお前は見てなさい。大事な所だから。
そして初期装備のキャラクターは俺の前に止まった。
画面の中央に出るトレード要請のマーク。
ゆっくりと間をおいて、トレードを受諾する。



