三章 コラボ戦記 ⑭
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「あのね、先生はね、なんとか警察に動いてもらおうって相談してたのよ?」
ことの顛末を聞いた猫姫さんは、それはもう見事に、がっくりと落ち込んでしまった。
「でも犯人は捕まえて運営に突き出しましたし」
「おかしいでしょう。なんで被害者がそんなことしてるの」
「私達がやらずに誰がやる、ですよっ」
「アコ、あんた何もしてないでしょ」
「あなた達いったい何なのよ……」
うなだれてそう言う先生に、マスターは無駄に得意げに言った。
「何と言われても、現代通信電子遊戯部ですが」
「……あ、そう」
はあ、と息をついて、猫姫さんは立ち上がった。
「ま、いいわ。みんなのおかげでホテルに招待なんてされたわけだしね。先生は部屋に居るから、あなた達だけでイベントしてきなさい」
「はーい」
「猫姫せんせー、若さがないわよー」
「何? 今からビーチバレーする?」
「あ、あははは……じゃあまた後でー」
黒いオーラを広げる猫姫さんに、瀬川がひきつった笑みを浮かべて逃げて行った。
「では私も行くか。このコラボアイテムを二つ持っているプレイヤーなどなかなか居ないだろう」
マスターがその後を追っていく。
「じゃあ私達も……」
「その前に、アコ」
アコの手を取る。
「えっと……?」
「ちょっとさ、行きたい所があるんだ。付き合ってくれないか?」
俺はホテルに隣接したチャペルにアコを連れ出した。
LA内、首都にある宿屋の外観がホテルを模しているように、このチャペルもLAにある教会のモデルになったものだ。
「ここって……」
「どうだ、見覚えあるか?」
「私とルシアンが、結婚した時のっ」
「そう、その教会」
具体的に言うと、俺とアコがゲーム内で結婚した教会のもとになった場所だ。
俺が合宿中に告白できないチキンだった場合、マスターは俺とアコをここに放り込むつもりだったらしい。
「あそこ、モデルがあったんですねっ」
アコは目を輝かせてチャペルに入っていく。
今日は結婚式もないらしく、中は一般に開放されていた。
アコに遅れて足を踏み入れると、あいつはもう奥の祭壇の前でステンドグラスを見上げていた。
「うわあ……」
「綺麗なもんだな」
似たものをゲームの中で見ていても、やっぱりリアルで見た感動は違う。
うん、違う。違うよな。
「なあアコ。久しぶりに言うんだけどさ」
「はい?」
俺を見返すアコに言う。
「ゲームとリアルは別なんだよな、やっぱ」
「……そう、ですか?」
アコはすっと俺から視線を逸らした。
はっきり反論をするつもりもないけど、同意するつもりもない、みたいな。そんな顔。
「うん、やっぱ違うと思うんだよ。本当にさ、あの時そう思ったんだよ」
「あの時?」
「『ルシアン』が盗まれた時」
そして、アコが奪われた時。
「びっくりするぐらいにあっさりだったんだよ。ルシアンの中に入られただけで、簡単に俺とアコの関係まで奪われそうになって、正直ショックでさ」
「……それは、私も……ああいえ、私は悪くないですけど!」
おお、覚えてるじゃん。偉い偉い。
「ん。でさ、やっぱこのままは嫌だなーと思ったわけだよ」
一歩、アコの方に近づく。
「あのな、アコ。今の俺とアコって夫婦じゃないだろ」
「うう……はい、そうですね」
一度キャラが消えて復旧したせいで結婚状態が解除されてる。
まあシステム的に解除されただけで他に何が変わったわけでもないんだけど、アコ的に言えば間違いなく俺達は他人だ。
「だからさ、アコ、大事な話だ」
「は、はい」
さあ行くぞ。三度目の正直。
「アコ、俺はな」
「うう……待ってください、凄く続きを聞きたくないんですけど」
「我慢して聞きなさい」
こら、混ぜ返すな。
俺だってアコの返事がどれだけ聞きたくなくてもちゃんと聞いたんだから。
「アコ……玉置亜子、さん」
「……はい」
じっとアコを見つめる。
アコは恐怖と怯えと、ちょっとの喜びが混ざった視線で俺を見上げた。
自分の鼓動が驚くぐらいに早い。呼吸が不安定で喉から変な音が出そうになる。
もういいだろ、そろそろ慣れてくれよ。
噛むな、噛むなよ。ちゃんと言え。一言だけでいいから。
動いてくれ、俺の体。
「あなたが好きです。俺と──付き合ってください」
言えた。
ちゃんと言えた。
それでもいまだにとけない緊張を抱いたままアコの返事を待つ。
彼女から帰ってきた言葉は──。
「……え?」
「……え? じゃねえよおおおおおっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
謝らなくていいから! むしろちょっとみじめだから!
「だって、あの、なんだか混乱しちゃって」
何を混乱することがあろうか!
はいって一言言ってくれれば解決だろ!
「なんだ、何が不満だ! そんなに俺のこと嫌いか!」
「そんなことないです! けど、どうしてこうなったのかさっぱりわからなくて!」
わかるだろ! わかれ! わかってくれ!
「嫌だったんだよ、アコが取られるの! 『ルシアン』の中に入ったってだけで、他の奴の嫁になっちゃうのが嫌だったんだよ!」
「私も嫌です! ルシアンが別の人になっちゃうのも、私のルシアンが、別の私にとられちゃうのも!」
お前がそう思ってくれるなら、だったら、頼むから!
「ならゲームの『ルシアン』じゃない、リアルの俺を──西村英騎のことを、ちょっとでいいから、好きになってくれっ!」
「…………」
すがるような気持ちで言った。
そんな俺に、アコは少しだけ目を丸くした。
次に──にっこりと満面の笑みを浮かべた。
そして。
「──無理ですっ」
──。
「だって、ちょっとなんかじゃなく、もうとっくに大好きなんですっ!」
────。
──────。
「だから、もしも、もしもこんな私でも嫌いにならないでくれるなら……ここに居る私のことも……あれ? ルシアン?」
「……し、心臓が」
ちょっとの間だけど、間違いなく、止まった。止まってた。俺の血の流れ止まってたって。だって視界がきゅーって狭くなって、目の前にいるアコが遠くなって、意識が地面の方に吸い込まれている感じがあったもん!
「頼むから告白ぐらい普通に受けてくれよ……危うく死ぬ所だった」
「それは困りますっ、ルシアンが死んだら私も死にますよっ」
俺の嫁の愛が重い!
いや、違うか。
俺の彼女の愛が重い、だな。
「危うい所だったけど、上手くいったってことでいいのかな……ああもう、これはこれでアコらしいか……」
「あの、褒めてるんでしょうか」
「褒めてるよ、大好きだよ」
「ひゃうっ」
ちょっと不満げだったアコをぐいっと引き寄せ、腕の中に抱きしめる。
そういや向こうから抱きついてくることはよくあったけど、こうして俺から引っ張り込むのは初めてかも。
ぎゅっと抱きしめたアコはあったかくて、やわらかくて、小さくて──石鹸の匂いがした。
「なあアコ」
「はい?」
胸の中で俺を見上げるアコの顔を、ふわっと長い前髪がおおう。
うーん……。
「ちょっと前髪切ってみないか?」
「ええええええっ!?」
なんとなく言うと、アコはこっちが驚くぐらいにショックを受けていた。
「そんなに驚くことか? なんで切りたくないんだ?」
「だ、だって! 怖いじゃないですか! 他の人と目を合わせるの!」
んな理由で伸ばしてたのか。
どんな辛い事情だよ。
「ルシアンがどうしても切れっていうなら考えますけど……どうしてです?」
「ちょっと思っただけなんだけどな」
「はい」
「その、な」
「はい」
「ええと……」
前髪がそんなに長いと、俺が顔を近づけた時に髪が邪魔だなって──
「い、言えるかああああああっ」
「逆切れですか!?」
「決して逆じゃない! これは俺が正しい! 異論は認める!」
「異議ありますうううううう!」
「却下だ!」
「異論を認めてないじゃないですか!」
うるさい、様式美だ。
「さっきのは忘れろ。冗談だ。思い付きだ。気にしなくていい!」
「なら良いですけど……」
今まで散々アコに合わせてきたんだから、もうちょっと合わせるぐらいなんてことはない。
「よし、イベント行こうぜ。コラボアイテムちゃんと取らないと」
「そうです! 今度こそぽわりんイヤホンジャックを取らないと!」
忘れてたわ、それ。
そんなのもあったなあ。いろいろあったから忘れてた。
そうだ、いろいろだ。
いろいろ面倒なことがあって、いろいろ厄介なことがあったけど。
でもアコに俺の気持ちを言えただけで十分に頑張った甲斐があった。
「なあアコ、イベント終わった後、もう一度海に行かないか?」
「いいですけど、どうしてですか?」
「嫁と恋人だと違うように見えるのかなーと思って」
「き、緊張するのでやめてくださいっ」
やっと、俺達の夏が始まった気がした。



