二章 剣と魔法のガチ勢 ⑧

◆バッツ:ぬるゲーだわw

◆アプリコット:くっ、どうしてだバッツ、裏切りだと!? 充分な報酬を約束したはずだ! この砦から得られる収益よりよほど多いだろう!

◆バッツ:金とかどうでもいいしw


 バッツはそう言って俺達を見下ろす。


◆バッツ:明らかにここで裏切った方が面白いじゃんw


 マジ笑える、と、言葉通りに笑って言った。

▼ただ今をもって攻城戦を終了します▲

 攻城戦終了のメッセージと共に各砦所有者を通知するアナウンスが流れた。

 もちろんその中にアレイキャッツの名前はない。

 くっそ、ラスト十分を守りきれなかっただけで、こんな無残な。


◆アプリコット:……なるほど、そういうことならば仕方あるまいな


 攻城戦が終わり、砦内部で死んでいたプレイヤーが自動蘇生される。

 ゆらりと起き上がったマスターはがっと顔を上げて言った。


◆アプリコット:あくまでも己の愉悦のために裏切ったと言うなら、お前の性根を見抜けなかった私の器がこの程度であったということか。存外私も小さいものだな

◆バッツ:え、あ、おお?

◆アプリコット:この場の裏切りが面白いと言うならば、また巡りあう日もあろう。その程度には愉快な人生を歩んでいるつもりだ。ではまたな、ギルド『ヴァレンシュタイン』よ


 そう言って振り返りもせず、マスターは堂々と砦を出て行った。


◆バッツ:……あっさりしてんな、もっとファビョるかと思ったのに

◆ルシアン:俺らのマスターイケメンだからな

◆バッツ:なんか敗北感あるなw


 ま、いいけど、と剣を収めて、バッツは領主の椅子に腰掛けた。


◆バッツ:んじゃここ俺の砦だから

◆シュヴァイン:……クソが


 シュヴァインは一言捨て台詞を放ち、足音も荒く領主の間を飛び出した。

 あーあ、ありゃ相当怒ってるな。


◆バッツ:このぐらいの方が落ち着く

◆ルシアン:あんたも難儀な人だな……


 強いけど面倒臭くて、そんでやっぱ妙な人だ。廃人さんである。

 やれやれと肩をすくめ、俺も踵を返した。


◆ルシアン:んじゃ俺も帰るから。アコー、帰るぞ


 声をかけると隅っこに隠れていたアコが出てきた。


◆アコ:……はい


 そんなしょんぼりすんなって。しょうがないさ。

 現代通信電子遊戯部二度目の攻城戦は、こうして散々に終わった。



「にゃああああ、またこうやって生徒にマイナスの思い出が増えたのにゃあああああ」


 誰よりも最初に頭を抱えたのは先生だった。

 確かにまたろくでもない経験は積ませてもらいましたけど。


「これもまた勉強なんじゃないですかね」

「人を信じると失敗する、にゃんてことは学校で学ぶべきじゃにゃいのにゃ!」


 学校で学んどかないと苦労することではあるんじゃないかなと。


「それに、俺は結構スッキリしてますよ。見知らぬ相手に寄生して勝ってもつまんないですし、何の意味もないし」

「そーね、あたし達らしくないわ。ただ……あいつらにしてやられたっていうのが、単純に腹が立つけど」

「会った瞬間からそんな気がしてたから言えば良かったね」


 そこに気づくとはさすが天才リア充。

 初見でわかるもんなのかね、凄い嗅覚だな。


「今回は反省会も要らないだろう。裏切りにあって負けた。それだけだ」

「あーもー、ほんとくだんない。奈々子、帰ろっか」

「んー……なんか不完全燃焼って感じだね」

「来週もある。私は諦めるつもりはないさ」


 そう言うマスターはいつもと同じ自信満々な風に見えた。

 少なくとも見た目だけは。


 あちこちから釘を叩く金属音や、舞台で踊るダンスのテーマに吹奏楽部の練習音なんかも聞こえてくる文化祭前の校舎。

 賑やかな周りとは裏腹に、俺とアコは無言だった。


「大分準備が進んでるなー」

「……そうですね」

「俺達も頑張らないとな」

「……そうですね」

「そうですか?」

「そうですね」

「…………」


 なんでスルー!?

 俺、何か悪いこと言った!?

 普段は俺がアコを適当にあしらってるのに、自分があしらわれるのは珍しい。

 もうびっくりするし、何だか寂しいし、かなり動揺する。

 これはまさかアコなりの駆け引きか。

 いつも向こうから寄ってくる相手が寄ってこなくなると気になる、みたいな。

 そ、それともまさか、ゲーム内で弱かったからお別れしたい、とか……!

 ないとは言い切れない。ヴァレンシュタインの連中に手も足も出なかったし。


「うう……」


 ちょっとビクビクしながらアコの様子を盗み見てみると、彼女は下を向いたままぽつりと呟いた。


「ルシアン、ごめんなさい」

「ちょっ、このタイミングで何の謝罪だっ!?」


 マジでお別れ宣言!? 怖いんだけど!


「私、何もできませんでしたっ」

「……おう?」


 ええと、何のお話で?


「さっき、最後に怖い人が襲ってきた時です」


 ようやくちょっと顔を上げて、アコは俺と目を合わせた。

 そんなに追い詰められてはいないみたいだ。ちょっとバツが悪い、ぐらい。


「ああ、バッツが最後に来た時ね」

「はい……私、ただ見てるだけでした」


 確かにアコは隅っこに隠れたままで、ただ成り行きを見守ってた。

 何もしてないのは事実だけど、あそこで何かすれば勝てたかというとそうでもない。

 回復スキルが届くような距離にアコが居れば、多分セッテさんの代わりにぶった切られてただけだと思う。


「猫姫さんですらあっけなく死んだんだから、結果は何も変わってないぞ」

「それはそうかもしれないんですけど」


 しょうがないよってフォローされても、それでも納得がいかないって様子だ。


「アコは悪くないし、責任感じることないぞ?」

「責任……とは、違うんですけど」


 なんか、その──と、俺の瞳の中に言葉を探すように言う。


「多分、後悔してるんじゃないかなって。そんな気がします」


 後悔か。

 確かに悔しいことの多い戦いではあったな。


「昔から後悔することは一杯ありました。変なこと言って嫌われたとか、失敗して怒られた、とか、無駄なことして迷惑かけた、とかです」


 午後の日を浴びたアコの白い頰を、汗が一筋流れた。


「でもほとんどは私が余計なことをしたのが原因だったんです。私が何かしたらいつもろくなことにならなくて……だから何もしないようにって生きてきたんですけど」

「うん」

「だから、どうして何もしなかったんだろうって思ったのは、凄く久しぶりな気がしてます。私達のクリスタルが目の前で無茶苦茶に壊されるのをぼんやり見てたことを、凄く、凄く後悔してます」


 アコはそう思ったのか。

 何もできなかった無力な自分に──それ以上に、何もしようとしなかった自分に、後悔をしてるのか。

 それは──それは、とても良いな!


「素晴らしく良い傾向だな!」


 俺はアコの背中をぱんと叩いた。

 うん、良いことだ!


「は、はいっ?」

「良い傾向だぞアコ、うん、俺はとても良いと思う。レベルアップって感じだな」

「え、ええ? そうですか?」

「そうだとも! 俺より凄いぞ!」

「えええええ!?」


 嫌なことからは逃げる。

 面倒臭いことからも逃げる。

 自分に責任がないことからは基本的に逃げる。

 俺やアコはそんな悲しい生き物だけど、逃げなきゃ良かったって後悔できるようになれば大進歩だ!


「何せ俺は余計なことをしなきゃ良かったーって毎日思ってるからな!」

「毎日ですか!?」

「誰かと会話するたびに思ってるよ、あー、さっき余計なこと言ったなー、って」


 アコ以外の、って言葉が頭につくけどな。


「ルシアンもですか」

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