二章 剣と魔法のガチ勢 ⑨
「黙ってりゃ失敗はしないからさ。静かに黙って何もしない方がずっと良かったのに、ってよく後悔するよ」
そういう意味で、あの時頑張ってれば良かったって後悔は貴重だ。
「とにかく良いことだよ。やらずに後悔するよりやって後悔した方がマシだって名言もあることだしさ。名言ってのは正しいもんだよ」
「待ってくださいルシアン」
うんうんと頷く俺の服の袖を引き、アコがはいはいと手を上げる。
「でもその名言、ネットゲームでは基本的に逆だと思うんです」
「それは言うもんじゃないぞ」
そんな意見は聞きたくありません。
耳を塞ごうとする俺に、アコはしつこく言う。
「昨日ルシアンが言ってたじゃないですか。ほら、あの対人用にHPが上がるイザナギの預言をエンチャントする時。後一回がストレートで成功すれば5M浮く! って言って無理やり強行して」
「俺の装備がぶっ壊れた話をするのはやめろー!」
やーめーろー、聞きたくないー!
「一つ前の段階で止めとけば良かった、余計なことしなきゃ良かったってあんなに……」
「言ったけど、言ったけどさ!」
「先月もガチャをまわしてるマスターにつられたしゅーちゃんが、レアが一個出るまでは! って言ってガチャをまわして、やらなきゃ良かった! もう二度とガチャなんてしない! と一ヶ月ぶり三度目のガチャしない宣言を」
「だから言うなってば!」
あいつがマスターの課金癖を直そうとか言い出した原因が、恐らくは本人の意志の弱さにあるってことを指摘するんじゃない。
そもそもがマスターにつられて一度だけやってしまったのが原因なんだしさ。
「いいじゃんゲームなんだから、やってみればいいじゃん。後悔するかもしれないけど、やった瞬間は楽しいよ、多分」
「凄く刹那的ですけど、大丈夫ですかっ」
アコにまで心配されてしまった。
「でも……次は私も、頑張ってみたいです。後悔するかもしれないですけど、頑張って後悔してみます」
「うんうん」
なんと前向きなアコか。
いいじゃん、そういうの。
やる気出してるアコって珍しいけど、なんか可愛い。
ぎゅっと拳を握って、頑張るぞ、ってなってるの。
「だから、頑張って勝ちましょうね! 折角なら後悔したくないですから!」
「だな!」
俺達は力強く頷きあった。
それはいいんだけども。
「アコに勝つと言った以上は方策を練らないとなあ」
奥さんとの約束を軽々しく破る男はすぐに離婚される──とかそんな話を聞いたことがあるような、ないような。
ともかく今回の攻城戦はマスター主導だ。どういう予定なのか聞いてみよう。
というわけで翌日の昼休み。やって来ました生徒会室。
誰もが文化祭準備にかかりきり、みたいな状況にある前ケ崎高校内で、なんだかこの部屋だけはちょっと浮いて見えるぐらいにいつも通り。
色々と忙しいだろうから、生徒会で出し物をする余裕なんてないのかもな。
「すいませーん」
こんこんとノックしてみる。
「どうぞ」
流麗な声が返ってきた。他に返事がなかったのにちょっと安心。
「失礼しまーす」
「……なんだ、ルシアンか」
生徒会室ではマスターが一人で机に向かっていた。
一人、そう一人だけで。
あの、生徒会ってマスター以外にも居るんだよね?
全部一人でやってない? 大丈夫?
「ええと、お疲れ様です会長」
マスターがちょっと疲れて見えたので、そんなことを言ってみる。
「やめないか気持ち悪い」
「……そう?」
一言でぶった切られた。残念でなりません。
たまにはいいんじゃないかと思うんだけど。
「っていうか近くに誰か居たら、普通に会長って呼ぶこともあるからな」
「なんだ他人行儀な。信頼と敬愛を籠めて杏と呼び捨てにしても構わんのだぞ?」
ニヤリと笑われた。
あ、これはからかわれてるぞ。
それがわかった、ので。
「わかったよ、杏」
素で呼んでみた。
「…………」
「…………」
「……無言で照れるのやめてくれるかな!?」
耳まで真っ赤だぞマスター!
あんだけスキンシップ激しいくせに、そこは恥ずかしいのか!?
「すまない、父以外の男性から名前を呼ばれたのは初めてでな、少々キュンと来た」
「キュンと来なくていいから」
物理的に距離が近づくより、精神的な距離が近づいた方がときめくタイプかよ。
悪いけどフラグはうちの面倒娘だけで間に合ってます。
「して、何の用だ? またアコくんが何かしたか?」
「とりあえずアコ基準で考えるのやめて」
俺の為にもアコの為にも。
「攻城戦のことだよ。次がラストだからもうちょっと練らなきゃなって思ってさ。仕事中なら出直すけど」
「いや、私もそちらの作戦を考えていた所だ」
そう言うマスターの手元を見ると、カントル小砦のマップが印刷されたプリントがあった。
あちこちに細かい書き込みがされている。
やっぱりマスターはまだまだ諦めてない。
「そりゃ丁度良い。次回はどうするか決まった? 行けそうか?」
「……正直な所を言えば、厳しい」
少し背を伸ばすと、マスターは天井に視線を向けた。
「また別に傭兵をしてくれるギルドを探せば、前回と同じような作戦は取れるだろう。一度は砦を奪うこともできるかもしれない。──しかし、その後が厳しい」
コンコンとペンで机を叩く。
いつも落ち着いているマスターには珍しい動作だな。
「前回我々がギリギリまで砦の防衛をしていられたのは、ひとえにギルド『ヴァレンシュタイン』単独の戦力に依っている。圧倒的寡兵に対して為す術もなく敗れる大軍というのは酷くプライドが傷つくのだろう。彼らが居るだけで中小規模のギルドは手を出して来なかった」
「滅茶苦茶強かったからなあ。大手ならきっと勝てるんだろうけど、そんなことしても収支がマイナス過ぎるし」
「MMORPGでプレイヤースキルの差を体験したのは久しぶりだ。思想はともかく実力は評価できる」
くるりとマスターの手の中でペンが踊った。
「私も『アプリコット』の強化を急がねばならない。攻撃を受けても詠唱が止まらなくなる装備は用意できたのだが……」
「買ったのかよ」
攻城戦がはじまってから滅茶苦茶値段が上がっただろ、あれ。何M払ったんだよ。
「それでも近接火力職に密着されては手も足も出ない。そこからの打開策が必要だ。何か思いつかないか?」
「んー、リフレクトポーションとかはあるけど。アーマーナイトのリフレクトダメージを一瞬だけ発動させるポーション。ほんの一瞬で何Mって値段がするけど、決め技として使う人はいるっぽい」
「ふむ、覚えておこう」
あんまり使うなよ、赤字になるから。
「しかし……我々が付け焼き刃の努力をした所で、彼らのようなエースにはなれまい」
「あんな人達そんなに沢山居ないって」
「それが問題だ」
マスターは重々しく頷くと、
「彼らのような少数精鋭ではなく普通の傭兵を雇ったのでは、ただの集団戦にしかならない。それでは駄目なのだ。砦を取った直後に大規模なギルドがやって来て、我々は大手の暇つぶしに潰される」
「……そうなるんだろうなあ」
ギルドの外交関係は複雑怪奇なり。
小さなギルドが砦を持ってるから攻めてみたら、後ろから有名ギルドが援軍にやって来て殺された、なんてことはよくあるらしい。
攻め落として一度奪うまでは難しくない。
それを守り切る方がよっぽど大変だ。
「前回戦った『エンペラーソード』は大手のギルドと条約を結んでいるらしい。名目としては相互不可侵だが、砦が奪われた場合は大手ギルドがやって来て城を奪い返すこともあるとか」



