二章 剣と魔法のガチ勢 ⑩

「実質上の同盟か……」


 猫姫親衛隊もそこで失敗してたんだよな。

 一気呵成に攻め落としても、今度はこちらが落とされる。


「通常の戦では防衛戦の方が楽だというが、ゲームではそうはいかん」

「何度死んだっていいからな」


 命が一つだけなら防衛側の方が強いんだろうが、幾らでも死ねるって前提があるなら、一度でも崩壊したら負けが決まる防衛側も決して簡単じゃない。


「そもそもまた傭兵を雇うというのにも二の足を踏んでいる。前回のように仲間がないがしろにされては意味がない。我々はそんなギルドではないのだ」

「うん、セッテさんに悪かったよ」


 アコも今回はやる気なんだから一緒に来て欲しい。

 みんなで一緒に頑張りたい。

 仮に勝てなかったとしても、アコに『何もしなかった』って後悔はして欲しくない。


「さて、それではどうするか──というのが問題でな」

「そうだなー」


 幾つか考えはある。

 この状況を打開するには。みんなで楽しく戦うには。


「例えばさ──」


 提案をしようとした俺の前に、マスターの白い手がつきつけられた。


「いや、言わなくて良い」

「──へい?」

「ルシアンにも考えはあるのだろうが、ここは私に任せておけ。元より私の言い出した企画だ。私が最後まで責任を持とう。ルシアンまで一緒に重荷を背負うことはない」

「重荷ってことはないんだけど」


 人任せにする方が、仲間任せにする方が、よっぽど重荷なこともあるんだけどなあ。


「ルシアンも初めての文化祭だろう。余計なことは考えず目の前のことを楽しめ。細かい仕事は私に任せろ」


 こんなに自信のない『任せろ』がマスターの口から出るのを初めて聞いた。


「でもさ……」

「ああ、それよりも今日の部活のことだ。アコ君に頼まれてな、面白い趣向を用意した。普段より少し遅れて来てくれるか」

「あ、ああ……うん」


 マスターはさっと話を変えた。

 アコの話を出されて反射的に頷いちゃったよ。


「では、よろしく頼む」

「……了解」


 食い下がるタイミングがない。

 俺は納得がいかないまま生徒会室を出る羽目になった。


「だから、こういう時なんだよ」


 もっとちゃんと話せたんじゃねえの、言い方があったんじゃねえの、俺が黙ってればマスターは意見を聞いてくれたんじゃねえの、って、後悔するんじゃん。


 言われた通りに、今日はかなり遅れて部室に来た。

 嫌な予感と良い予感が同時にする、そんな妙な気分でドアを開く。


「ういーっす」

「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 メイド服を着て銀のお盆を抱えたアコが輝くような笑顔で俺を迎えてくれた。


「…………はい」


 反射的にドアを閉じなかったのは俺も成長したからだと思う。

 見慣れた現代通信電子遊戯部室、中に居たのは見慣れたメンバー。

 だけどその服装は全然見慣れてない。黒を貴重にしたメイド衣装着用だった。

 それもアコだけじゃない。

 メイド長ポジションでこちらを見守っているマスターも、ニヤニヤと俺を見ている瀬川も、なんでいるのかわからないけど笑顔で混ざってる秋山さんも、きっちりメイド服着用だ。

 それも安っぽいコスプレメイド服じゃなく、立派な生地の無駄にゴシックなメイド服。

 これは結構なお点前で。


「いかがなさいましたか、ご主人様?」

「いや、あの」


 しかもアコのやつ、ポニーテールか。

 これは普段より火力が高い!

 いつもは見えないうなじが、耳が、横顔が、俺の心にクリティカルヒットする。


「どうどう、似合ってるでしょ?」


 アコの髪を弄ったのは秋山さんか! くそ、文句つける所ねえよ!

 それにオタクでもなんでもないのに、何で秋山さんはそんなにメイド服も似合うの? 服に合うように微妙に髪とか化粧とか変えてない?


「旦那様、お席にどうぞ」

「は、はい」


 若干照れはあるものの、意外とノってる瀬川が俺を席へ誘導した。

 言われるがまま椅子へ腰を下ろす。


「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」

「……はい」


 なんか慣れてんな瀬川。

 しかし注文って言われても何を頼めばいいんだよ、と考えていると、お盆の上に水をのせたアコがやって来た。


「お水をお持ちしまし……きゃあっ」

「づめだっ!?」


 思いっきりぶっかけられた!


「ちょ、アコ、ドジっ子メイドかお前!」


 またニッチな路線を!


「も、申し訳ございません、ご主人様になんてことをっ」

「お前の顔から謝罪の気持ちが全然見えねえんだけど!?」


 すっごいわくわくしてないか、アコ?


「いいえ、決してそんなことはございません」


 アコはちょっと演技過剰なぐらいにぶんぶんと首を振り、


「どのようなことでも致しますので、どうかどうか、お許しください」

「いまなんでもするって言った?」


 じゃなくて。


「はい、なんでも……ああご主人様、駄目なメイドに、お仕置きをして頂けますか?」


 俺の足元に跪いたアコがうるうると瞳をうるませて言う。

 え、なに、していいのお仕置き? していいの?

 ──だから、そうじゃ、なくて!


「どういう店? なあどういう店なんだよ、ここ!」

「あんたアコと普段何やってんの?」

「ルシアン君の裏の姿を見たね!」

「濡れ衣だ! これはアコの悪乗り! ほらアコ、もういいから立って!」


 みんなが素に戻ったので終わりだと判断。

 膝をついて上目遣いをしていたアコを立たせる。

 あー、びっくりした。水ぶっかけられた上に冷や汗までかいたよ。


「ったく。マスターの仕業だろ、どうせ」

「アコ君にメイド服を頼まれてな。折角だから全員分を仕立てたのだ」

「それは──グッジョブ!」


 俺が賞賛すると、マスターもニヤリと親指を立てた。

 見事な仕事だと感心はするがどこもおかしくはない。


「アコ、後でその服のままちょっと抱いてもいいか?」

「はい? はい、どうぞ」


 ノータイムで頷いてくれるのが嬉しい。

 メイドさんを抱っことかマジでドリームだ。

 夢が一個叶うぜ。


「あんた遠慮ないわね……」

「はぐはぐするんだ?」

「はぐはぐします!」


 アコも嬉しそうだから大丈夫。この安心感が俺の嫁。


「しかしこの服どうするかな、びしょ濡れだ」

「心配ないぞ、執事服がある」

「…………あんの?」

「あるのだ」


 あるのだ、じゃなくて。

 なんで執事服があんの?


「サイズはもちろんルシアンに合うように仕立ててある」

「どうして俺のサイズを知ってるのかと小一時間」

「それは身体測定のデータをだな」

「やっぱ聞きたくない聞きたくない!」


 生徒会長が不正をしてる事実なんて知りたくない。


「というわけで、これだ」


 さあ、と渡される。

 さあって言われても困るんですけど。


「……要するに、これを着ろと」

「うむ」


 最初からその予定でアコに水をかけさせたのかこの野郎。

 ドヤ顔のマスターはもちろん、ニヤニヤ見てる瀬川もむかつく。

 お前達がその気なら俺も腹をくくろうじゃないか!


「……わかった、着てやる!」

「あっさり納得したわね!?」

「負けっぱなしの俺じゃないぞ! やってやるよ、オープンオタクのプライドの無さを舐めんな!」

「こんな格好悪い決め台詞は初めて聞いたわ」


 るさい。放っておいてくれ。

 そもそもお前はそんなことを言ってる場合か。


「というわけで着替えるから出て行け」


 びくっと瀬川の肩が震えた。


「……え?」

「冷たいから早く着替えたいんだよ。なんだよお前、俺が着替えてる間ずっと見てるつもりか?」

「だ、だってほら、あたし、この格好で外で待つわけ?」

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