二章 剣と魔法のガチ勢 ⑪

「気づいたか、己の陥った罠に」

「待って待って、アコは、アコもこの服のまま外で待つわけ?」


 ニコニコと俺を見るアコを指すが、


「アコは別に居ていいぞ」

「理不尽ーっ!」

「今更着替えぐらいでオタオタする俺達だと思ったか!」

「隠すことなんて何もない仲ですよ!」


 そうは言い切ったものの、アコが目の前で着替え出したら俺は全力で逃げる。


「ああまじウザイ、久々に西村を殺したくなってきたわ」

「なにそのちょっと前は頻繁に殺したかったっていう言い方」


 相棒が俺に殺意を持っていたことが発覚。

 知りたくなかった事実です。


「これ以上脅すと茜がぽーんってなるよ?」


 肩を震わせて言う秋山さん。ぽーんってなりそうですね、確かに。


「──という冗談はいいとして。俺は一度出てるから、三人とも制服に着替えな」

「あんたね……」

「私はそのままでいいですっ」

「好きにしなせい。終わったら呼んでくれ」


 外に出てドアを閉める。

 両手に抱えた執事服がなんだか重く感じた。

 やらなきゃいけないのかなあ、執事。

 執事ってどんなこと言うんだっけ。



「着替え終わりましたか?」

「おう、いいぞー」


 メイド服のまま廊下で待つという苦行を楽しそうにしていたアコに答えて、ぎゅっとネクタイをしめる。

 さあお出迎えしてやろうじゃないか、かかってこい!


「どんな感じですか、ルシアンっ」

「……はー」

「ほう、なかなか似合うではないか」


 そう言って入ってきた四人に、俺は輝くような笑顔を向けた。


「お帰りなさいませ、お嬢様方!」


 いい笑顔といい声で、ドヤっと言ってみる。


「…………」

「………………」

「……?」

「……ぶふっ」


 笑った、マスターが笑った! 吹き出したー!


「おまっ、こっちは笑わずに話に乗っただろ! そっちが笑うってズルくね!?」

「す、すまん、余りに……余り似合っているものでな……」


 お世辞と皮肉の境界線上を攻めてくるのやめてくれ!


「ル、ルシアン……」


 でそっちはなんか瞳がキラキラしてるけど?


「あ、あの、あのあの! 私のことはお嬢様じゃなく奥様って呼んでもらえた方が!」


 こっちはノリノリかー!

 それはそれで面倒臭え!


「ねーねー、執事ってそういうものなの?」

「やめて、凄く純粋な興味の目で見るのやめて!」

「ほらほら、もっとお嬢様って言って?」

「うわああああああ」


 執事喫茶なんて存在も知らなさそうな秋山さんの目が痛い!

 そして最後の瀬川が、


「…………はーん」

「何だよ、その微妙な顔」

「……いや、なんか、ちょっと嬉しかった自分がむかつくっていうか」


 そのリアクションが一番腹立つよ!

 なんなんだ全く!

 でも多少なりとも面白い反応があっただけで、やってみた甲斐はあったかなって思ってる俺は随分と安い人間かもな。


「んでそのメイド服、アコのクラスで使うんだろ? 他の分も用意してあんの?」

「ああ、我々の分以外はフリーサイズだが」


 マスターが奥から出してきたダンボールには似たようなメイド服が沢山つまっていた。

 おー、こうやって見ると本当に出来がいい。

 これは瀬川が思わずノリ気になるのもわかる。

 アコのクラスの人も喜ぶんじゃないかな。


「良かったじゃん、一番やっかいな所が終わったからアコの仕事は大体終わりだろ」

「…………そ、そうですね」


 そっと目を逸らすアコに、あっ、ってなった。

 これは噓をついてる時のアコですわ。間違いありません。


「……なあ、アコさんや?」

「なんでしょうルシアン?」


 微妙に引きつった笑顔で、相変わらず俺の方を見ないアコ。


「クラスの準備、ちゃんとしてるよな? メイド長だもんな?」

「……え、ええ、もちろんしてますよ?」


 カタコトながらも言い切ったアコ。

 しかし俺はさらに続けた。


「と、クラスの奴には言ってるんだろ?」


 びくびくん、とアコの体が震える。


「で、実際は?」

「それはその、ほら」

「進捗どうですか?」

「進捗だめでずううううう」


 アコが崩れ落ちた。

 認めたぞこいつ、仕事放棄を認めた! 予想通りだよ!


「ああもう、後はシフト決めと接客マニュアルぐらいだろ、適当にやれって」

「だって、だってー!」


 アコはメイド服の裾をぎゅっと握って、ぶんぶんと首を振った。


「勤務シフト決めるとか無理じゃないですか! ちょっと勇気を出して聞いてみても、酒井さんと一緒にしといてーとか、松田さんと一緒がいいーとか、挙句にやりたくないから玉置さんやっといてーとか、みんな勝手なことばっかり言うんですよ! どうやって決めるんですか!」

「そりゃ面倒臭いな」

「そんなもんでしょ、学校の仕事なんて」


 瀬川が苦笑いをするが、アコはさらに気勢を揚げる。


「そもそも私はやりたくなかったのに、みんなが無理やり押し付けたんですよ! なんでやらなきゃいけないんですかっ!」


 アコはがっと勢い良く立ち上がると、力強く拳を振り上げた。


「このまま文化祭直前まで知らぬ存ぜぬで通して、当日はバックれます! それで大勝利です! 私は何も悪くありませんっ!」

「あ、あんた、またクラスで浮くわよ。やめときなさいって」

「いいんです! もうできもしないことをやらされるぐらいなら一人の方がマシです!」

「アコちゃんアコちゃん、ちゃんと話せばみんなもやってくれるって」

「誰とどう話せって言うんですかー」


 うわあん、と泣くアコに、やれやれと瀬川が肩をすくめる。


「なんとかしなさいよ西村」

「くっ……しかし気持ちがわかるだけに説得ができない」

「わかんのっ!?」


 説得できるはずのモンスターに説得コマンドが出てこない、みたいな気分。


「だってあるじゃん、なんかチャラい奴らに、西村やっといてー、って仕事押し付けられてさ。俺がそれを無視したら、なんで西村やっとかねーの!? って切れられんの。マジ理不尽だろ、お前が自分でやらなかったのが悪いんだろ、なんで俺が悪者よ」

「そうですよ! 上から目線でやれって言うなら、できなかった時の責任はそっちが取るべきでしょう! それが上司ですよ!」

「うむ!」

「駄目ね、こいつら」

「う、うーん……」


 二人から諦めの視線を向けられた。

 甚だ失礼だぞ、このリア充グループめが。


「元よりアコ君の要領が良くはないと知っていて押し付けたのは彼女のクラスメイトだ。何が起きてもその責任は彼女達が取れば良いだろう」


 マスターもあっさりと俺達の肩を持った。


「ええー、マスターもそっち派?」

「自分で責任を持たない人間は、失敗をした時に文句を言う資格がない。そして責任を持つということは、全てを自分の手の中で管理するということだ。違うか?」

「……んー。ま、人のことだしいいけど」

「そうかなあ……」


 二人も黙ったので、無事にアコの敵は居なくなった。


「……私は悪く無いです」


 誰も攻める人は居ないのに、何故かアコは言い訳のような台詞を繰り返した。


「うん、悪くない悪くない」


 俺もアコに同意する。同意するけど。


「ただ、なんか後ろめたそうな顔してるな」

「……うう」


 そんな辛そうな顔すんなって。

 俺も人に偉そうなことは言えないんだけどさあ。


「昨日言ってただろ、アコ。後悔したってさ」

「……? 砦のですか?」

「ああ。それと一緒……って言うと俺の主義に反するけども」


 ゲームとリアルは違うんだけどな。

 それでも、きっと今回も。


「多分だけど、後悔すると思うぞー」


 あんまり重く聞こえないように、軽く笑って言う。

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