二章 剣と魔法のガチ勢 ⑫

「文化祭の日、教室の隅っこで、クラスの出し物が台無しになる所をぼんやり見てたらさ……なかなかにいやーな気分になるんじゃないかな」

「…………でも、じゃあ、どうしたら」

「普段通りでいいだろ」

「……?」


 疑問符を浮かべられた。

 わからないもんかな。

 リアルもゲームも一緒だとか言うくせに、こういう時だけ違うのな、アコは


「困ったことがあったらいつだってそうしてただろ、お前は。ルシアン、どうすればいいんですかー、って俺にしがみついてさ」

「でも、これは私の問題で」

「アコのミスは俺のミスって言ってたくせに」

「うう……」


 アコはちらっと瀬川を見て、マスターを見て、二人共やれやれって顔をしてるのにちょっとびっくりして──最後に俺を見た。


「…………ルシアン、なんとかしてくださいっ!」

「よく言った!」


 その一言が言えれば何も問題はない!


「よし、早い方がいい、今から行くぞ!」

「はい? ええ、ちょっと、ルシアン!?」


 アコの手を握って部室から連れ出す。

 メイド服の女子が執事に手を引かれて歩いているんだ。

 あちこちからクスクスと笑われてるけど、知ったことではありません。


「どこに行くんですかー!?」

「アコのクラスに決まってんだろ」

「い、嫌ですー!」


 諦めろ、行かずに解決するもんか。


「でも、行ってどうすんの?」


 ちょっと恥ずかしそうに後ろをついて来る瀬川に、俺は笑って言った。


「そりゃもう、ぶっちゃけるんだよ」




「たのもー!」


 アコのクラスのドアをばーんと開けた。

 部活の時間である以上は当然放課後だが、展示とメイド喫茶を同時にやる予定のアコのクラスは多くの生徒が居残っていた。うん、都合が良い、助かる。


「あれ、玉置さん? なにそれ、メイド服?」

「できてたの!? きゃー、可愛いーっ!」

「あ、あのあの」

「あー、やっぱり髪上げた方がいいってー」

「だよね、絶対そうだよね?」

「これ俺の嫁なんだぞ、可愛いだろ」


 っていう話に来たんじゃないんだよ。


「そう、メイド服ができたから着せてきた。あと何着かあるから」

「よかったー、メイド喫茶の看板作ってるのに服できなかったらどうしようって」

「これ玉置さんだから似合うけど、お前ら女子で似合うわけ?」

「はあ? あんたもルシアン君みたいに執事やる?」

「いや俺は執事やるわけじゃないよ? っていうかルシアン君ってなに?」


 アコのクラスだからしょうがないか、むしろ本名を知らないまでありそうだ。

 で、メイド服のアコにたっぷり視線が集まった所で、ぽんと両手を打った。


「──が、すまん! それ以外の準備は何もできてない!」

「……え?」

「それ以外って?」

「アコが担当だったシフト決めとか、接客マニュアルとか、一文字もやってない!」


 一瞬クラスがしーんと静まり返った。

 直後。


「ええ、ちょっと、もうあと一週間ないよ!?」

「今まで何やってたの!?」

「ネトゲ!」

「馬鹿じゃないのっ!?」


 酷く罵られた。


「どうするの、時間ないって!」

「あ、あの……」


 何人かの生徒が詰め寄って、アコが泣きそうな顔をする。

 そんな顔しなくていいから、ごめんなさいって頭を下げなさい。


「悪い、なんとかしてくれ」

「えー! もー、遅いって!」

「ちょっと黒板消して、早く! 時間分のラインを入れるから、シフトが無理な所書いて! 男子も全員ね!」

「松井さんバイトしてるんでしょ? マニュアル持ってこられない?」

「そんなの怒られるってー。……あー、学校で使うだけならいーかな?」


 わいわいと相談が始まった。


「あ、あれ……?」


 半ば自分を置いてけぼりで作業が進んでいくのに、アコが困惑顔をしてる。

 よすよす。これでいい。

 変な話じゃなく、こうなることはわかってた。

 仕事をする時間を決める、なんていうクラスのまとめ役っぽい仕事をせずにはいられない、そんな子が何人かはいるって予想はできてた。

 高校生でがっつりバイトしてるってのがキャラクター付けで、それをアイデンティティにクラスで立ちまわってる子が、この機会に動きたがってるのもわかってた。

 オープンオタクは立ち回りが大事なんです。こういうのは得意。


「よし、これでOK、後はみんなに任せてしまえば大丈夫だから」

「ほ、本当ですか?」

「いやいや玉置さんがまとめてよ?」

「だってよ」


 苦笑して言った誰かさんにアコを押し付け、俺は輪から離れた。


「必殺、ごめん無理だから誰かやって作戦」

「どの辺が必殺よ」


 外から見ていた瀬川が呆れたように言った。


「仮に誰もやってくれなかった時も、事前に駄目だとわかってた分、全員が罪悪感を覚えて俺はあんまり怒られない。その辺りが必殺」

「情けない必殺ね」


 はあ、とため息をつく。

 失礼だな、本当に大事な技なんだぞ。

 あの時のイサナさんだって、最初から『一人じゃ自信ない』って言ってたら、誰も個人の責任になんてしなかったよ。

 できないことをできないって言わないから怒られるんだ。

 できないなら最初からそう言えばいいんだよ。


「俺はネトゲで学びました」

「なんかわかんないけど説得力無いわよ」


 酷くね?


「後から私がみんなに頼んでおいても良かったんだよ?」

「秋山さんがそういうことすると、余計に風当たりが強くなるの」


 最初はともかく、ずっと虎の威を借る狐をしてると、すぐに嫌われるから。

 フォローも同レベルの相手がした方が良い時もあります。


「それで結局なんとかしてやったんだから、無駄に面倒見は良いわよね、あんた」


 そんな良いもんじゃないって。


「俺が、ってわけじゃないぞ」


 輪の真ん中でおろおろするアコを指して、


「もし俺が似たようなことでうんうん唸ってたら、多分アコが助けてくれるんだよ。私のルシアンを誰か手伝ってあげてください! って、クラスに乗り込んで言ってくれる」

「…………」


 言いそうだなー、って顔で黙る瀬川。


「だから問題なし。元から他人から見たら大した問題じゃないんだからさ」

「アコ君をメイド服のまま引っ張り出し、一番の難関だったメイド服を入手したというプラスのアピールをし、さらに普段と雰囲気の違う文化祭らしい衣装のアコ君を前面に出した上で、最後に周りへ手助けを求める、そんな旦那が居れば大した問題ではないな」

「変な分析するのやめてくれ」


 俺は嫁自慢をしに来ただけです。

 マジで可愛いから、メイド服のあいつ。


「あ、ルシアン君、アコちゃんが男子に触られてるよ」

「マジでか!」


 張り倒すぞてめえ! ──あ、アコに睨まれてビビってる。

 あいつ男とは本気で仲良くなる気ないな。


「とにかくな、素直に助けてくれって言えるようになれば大体解決するから。俺やアコみたいな奴ってさ、プライドはないくせに何故か他人に頼れないせいで損ばっかしてるんだから」

「面倒臭いよねー」

「あなたさんに言われると痛いんで!」


 リア充のみなさんにはご迷惑おかけしております!


「他人に頼れないせいで損ばかり、か」


 とマスターはしばらく中空に視線をとどめた。


「マスター?」

「……いや。そうだな。ルシアン、一つ頼みがある」

「マスターもかよ。なんだ?」

「今週末の攻城戦、なんとしても勝ちたい。なんとかしてくれ」

「…………」


 ちょっとびっくりした。

 マスターのことだから一人でなんとかしようとするとばかり思ってた。

 でもそう言われたら俄然やる気がわいてくる。


「よし、任せろ!」


 俺は普段のマスターぐらいに自信満々で言った。

 やってやろうじゃないか!


「なお、作戦は?」

「まだない模様」

「……だと思ったわ」


 瀬川はやれやれと笑った。

 言うまでもなく、お前らにも手伝ってもらうんだからな。

 そしてアコを置いて部室に戻った俺達は、


「お帰りにゃさいませ!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 猫耳メイド顧問猫姫さんに迎えられた。

 全員が無言のままで扉を閉める。


「……クラスの仕事手伝いましょ」

「そだな」

「様子見に帰ろっか」

「私も生徒会室に行ってくる」

「な、なんでなのにゃああああああっ!」


 華やかな校舎に、悲しげな鳴き声が響いたのだった。

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