一章 マイホームランド ②

 ハイテンションな秋山さんが当たり前のような顔で座っていた。

 ただでさえ黒いアコが精神的にも黒くなってるんで、ちょっと抑えめでお願いします。


「っていうか奈々子、なんで居るのよ。呼んでないわよ」

「セッテちゃんを舐めちゃ駄目だよ! みんなの様子がおかしいから、何かあったんだなって一目でわかったんだから!」


 別に隠す気もなかったしな。この人が気づかないこともないだろ。


「……どの辺りでわかったの?」

「お前は隠せてるつもりだったのか、瀬川……」


 変なところで抜けてる奴だった。

 三人揃って昼飯を抜いて飢えてるんだから、一目見ればわかるだろうに。


「隠さなきゃ駄目なのよ。危ないんだから。文化祭でLAの展示をした以上、しばらくの間は気をつけないと。校内でも校外でも、いつだって身バレの危険はあるのよ!」

「エンブレムを校章に変更してたのは文化祭の数時間だけだぞ。しかも一番小さい砦だし、誰も見てないって」


 終わったらすぐ猫のエンブレムに戻してたから平気平気。

 文化祭でもそんなに見学者は居なかったし。

 現代通信電子遊戯部は、アコがオタサーの姫になってる、男だけの部活だと思われてるよ。

 多分、多分な。責任は持てないけど。

 と、そんな時。


「文化祭より、先週が体育祭だったでしょ? だからちょっと久しぶりの部活なんだよね?」


 秋山さんはニコニコと笑って、悪意なくそう言った。

 きっと何気ない雑談のつもりなんだろう。

 だけど、とんでもないぞ。俺達にとってはトラウマをえぐられたようなものだ。

 体育祭、体育祭だって? 体育祭って言ったんですか、あなたは?


「秋山さん、あなたはとてもうかつな発言をしたぞ!」

「き、聞きたくない、聞きたくないですー!」

「忘れなさいよ、あんな悲しい事件は」


 俺もアコも瀬川も、現実から目を逸らして遠くを見つめた。


「え、なんで? 体育祭楽しかったよね? 終わった後で先生がジュースも奢ってくれたし」


 そういうところじゃなくて。

 まさか俺達が体育祭に出て、新たな黒歴史を生み出さないとでも思ったのか。


「ならば話そうか。あの日、体育祭で起きてしまった悲劇の数々を。これ以上に新たな犠牲者を出さないためにも……」

「そ、そんな事件なんて起きてたっけ?」

「起きたわよ。奈々子は気づかなかったかもしれないけど」

「土日を挟んでなかったら、確実に学校を休んでましたね……」


 アコが学校をサボりたがった大きな理由の一つが、先日の体育祭だったりする。

 それほどの出来事があったんだよ。


「まずは俺に起きた悲しい事件から話そうか」


 怖い話を語るような気分で、俺は声を落として話し始めた。


「秋山さんは同じクラスだから知ってると思うけど、俺は前から狙ってた綱引きと、それから棒倒しに出たんだ。どちらも個人の努力があまり影響しない競技だからさ」

「うん、出てたよね。でも普通に頑張ってなかったっけ?」


 不思議そうな秋山さん。彼女の目に俺の悲劇は映っていなかったんだな。


「綱引きは別に平気だった。問題は棒倒しだよ。棒倒しってのはお互いの陣地に立てた棒を倒し合う競技で、男と男、力と力のぶつかり合いになる競技なんだ。だから必然的に、俺みたいなのは後ろで棒を守ることになるよな」

「だねえ」


 あっさりと同意されるのも微妙だけど、とにかく俺は棒を守ってたんだ。


「するとなかなか出番がないわけだよ。敵は棒に辿りつく前に止められるし、こちらも棒に辿りつけないし、俺の仕事はぼーっと見てるだけなんだ」

「う、うん」


 ぼーっとしてるのはおかしいんじゃないかな、という言葉を飲み込んだように見えたので、俺とセッテさんもかなり通じあってきた気がする。

 それはともかく。


「で、ぼーっと試合の流れを見てたら、敵が固まって押し寄せてきたんだよ」

「あれ、危ないんじゃないの?」

「そう、危ないんだ。敵がたくさん来て、このままじゃ味方がやられる、危ない、って思ったんだよ。ぼーっとした状態で、そう思っちゃったからさ」


 俺はぐっと涙をこらえ、震える声で言う。


「盾の仕事をしなきゃって思って、反射的に前に出て、敵全てのタゲを取ってた」

「えええっ!? 棒倒しでしょっ? ゲームじゃないよ!?」


 だって、だってしょうがないじゃん! ぼーっとしてたところに大量に敵が来たら、とりあえずタゲを取ろうとするじゃん! メイン盾の職業病なんだよ!


「んで大量の敵に取り囲まれてボコボコにされて、即死だった……」

「死ぬとかそういう競技じゃないよね、棒倒しって」

「でも競技が終わった後は、本当にボコボコだったわよ」

「私が保健室に連れて行きました……」


 まさかアコに肩を貸してもらう日が来るとは思わなかったよ。


「西村君、何をされたの……?」

「トラウマになるようなことだよ」


 ルシアンを敵の中心へ突っ込ませるのをためらってしまうような経験だった。

 こいつはあんな恐ろしい状況に耐えてたのかよ。凄いぜ、俺の分身。


「で、そのボロボロになった西村にトドメを刺しちゃったのがあたしなんだけど」

「あれも恐ろしい事件だったな……」

「茜もあるんだ……?」


 あるよ。あるに決まってるだろ。

 瀬川だって俺達の同類なんだからな。


「えっと、あたしは奈々子も知っての通り、借り物競走に出たの」


 今度は自分の番だと判断したか、瀬川もぽつりぽつりと語り始めた。


「茜が走ったのって、私が前の競技から戻ってくる時なんだよね。それでちゃんとは見られなかったんだけど……」

「見なくて良かったわよ」


 瀬川はそう言って自嘲気味に笑った。


「折角の体育祭だし、それなりに頑張ろうって、あたしもやる気だったわ。運さえ良ければ勝てるかもしれないし。借り物競争なんてお使いクエストの一種なんだから、あたしの得意分野だと思ってね」

「オンラインゲームって指定された物を持ってくるクエストが多いよね」

「そう、凄く多いの。それが問題だったのよ」


 瀬川はゆっくりと席を立ち、俺達に背を向けて話を続けた。


「よーいドンで走り出して、あたしは三番目で箱からくじを引いたわ。くじに書かれている物を持ってゴールすれば良いんだけど、そこに書かれてたのは──一年男子の帽子、っていうアイテムだったの」

「……簡単じゃないの? 西村君ので良いんだよね」

「そうよ、あたしもそう思ったわ」


 瀬川の声が後悔に歪む。


「西村が持ってる帽子がクエスト対象のアイテムで、それを持ってゴールすればクリアになる。緊張してたあたしはそれだけを考えてクラス席に走ったの。そして西村を見つけて、その帽子を見た瞬間──」


 くるりとこちらに振り向き、びしっと俺に拳を突きつける瀬川。


「あたしは全力でクエモブをぶっ飛ばしたわ」

「……クエモブ?」


 わからんだろうなあ、と補足説明を入れる。


「クエストモンスター。要するに、俺は瀬川から飛び蹴りを食らった」

「……なんでそんなことしたの?」

「だって西村がクエストアイテムを持ってたのよ! 倒せばドロップすると思うじゃない!」

「た、倒すっ!?」


 秋山さんは目を丸くして俺と瀬川を交互に見た。


「西村くんを倒して帽子をもらおうと思ったの!? ゲームと現実は違うよ!?」


 俺みたいな台詞を言わないで!

 わかってるけど、わかってるけどたまにやっちゃうんだよ俺達も!


「吹っ飛んだ西村が帽子落としたから、ちゃんとドロップしたもん」

「ドロップしたって言うのかなあ……」


 一個しか持ってなかったからな、超絶レアドロップだぞ。

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