一章 マイホームランド ④
「私達だけの場所ができるんですね」
しんみりとこれまでの思い出を懐かしむ。
俺達がゲーム内で集まっているのは、帝都ロードストーンの一角にある喫茶店の中だ。
ただのNPC店舗で、いつ人が入ってくるかわからない場所だった。
「会話が盛り上がった時に知らない人が店に入ってきて、思わず全員が黙っちゃって、なんとなく会話が終わる危険もなくなるんだな」
「ログインしたら見知らぬ人が居て、これって誰かのサブキャラ? って気にしながらチラチラ様子をみなくて良くなるのね」
「知らない人がAFKのままでずっと座っていて、ルシアンと二人きりになれない苦しみを味わうこともなくなるんですね」
「受け渡しをするためにアイテムを地面に落とした時、誰かに拾われないかと心配する必要もなくなるわけだ」
今までの辛い記憶を思い返すと涙が零れそうになる。
身内だけの場所、身内だけの空間があれば、もっと色んなことが楽になる。ゲームがもっと楽しくなる。
騒いでも問題ない、暴れても問題ない、音を立てても問題ない、オープンチャットも聞かれない。
この部室よりもっと自由な空間ができるようなものなんだ。
これが楽しみじゃなくて何だというのか。
全てを賭して、何をしてでも手に入れてみせる。
そのための会議なのだ。
「家を建てれば、家から倉庫も開けるんでしょ?」
「生産設備を作れば家の中でクラフティングも可能だ」
「衣装ケースに装備セットを登録したら、ワンボタンで着替えができるんですよ!」
「すっごーい!」
夢の溢れるマイホームに全員の目が輝く。
いや、夢なんかじゃない。これから俺達がそんな家を建てるんだ。
「凄く面白そう! みんなで家を建てて、この部屋が私の部屋ー、みたいにシェアハウスするんだよね?」
これで結構戦闘プレイが好きな秋山さんだけど、こういう生産活動も好みらしい。
嬉しそうに両手を握ってぽんぽんと叩いてる。
「そうなるな。私としてはギルドマスターとして最上階の一番奥の部屋を使いたい」
「あたしは一階の出口に近いところがいいわね。やっぱ使いやすさ優先よ」
「俺は場所はどこでもいいけど……」
「ルシアンと一緒の部屋でいいです」
「良くねえよ」
なんで俺達だけ夫婦同室だよ。周りのみんなの方が気まずいだろ。
「私は庭が見える部屋がいいなあ」
完全にむーたんを飼う気だこの人。
「そういえば猫姫せんせーはいいの?」
この場に居ない人物のことを口にした瀬川。
そういやあの人は来てないな。
「別にいいんじゃないか? そもそもギルドメンバーじゃないし」
「先生は猫姫親衛隊に入ってるんですからね」
「……先生は不本意そうだったよね?」
あれはただのツンデレだから。大丈夫だから。
「攻城戦は現代通信電子遊戯部としてのミッションだったが、今回はアレイキャッツの夢だ。ギルドメンバーのセッテは十分に関係があるが、斉藤教諭は巻き込まずとも良かろう」
「なかまっ!」
セッテさんが何故かダブルピースを決めた。
攻城戦でギルドに入れて、それから抜けてないからね。当然ギルドメンバーではある。
「さて、それではアレイキャッツ諸君。ここからが大きな問題になる」
「問題? 問題ってどんな?」
まだふわふわとしている秋山さんに、マスターは厳しい視線を向けた。
「ハウジングシステムは個人がゲーム内の土地を所有するという性質上、どうしても数に制限が生まれる。人気のある土地は先着順で奪い合いになるし、何よりも超高額のゲーム内マネーが必要だ」
「あー……お金が要るんだ。ゲームなのに妙に世知辛いねー」
「その辺は現実と一緒よ。ネトゲも楽じゃないってね」
瀬川がモニターをつんつんとつついて苦笑した。
流石にリアルで家を買うのと比べたらよっぽど楽だと思うけどね。
「それだけではない。土地を買って家を建てた後も、家具を置き、飾り付けをし、利便性を高めて──とさらに資金が必要とされるようだ」
「どれだけあっても足りないかもです……」
「大きなギルドはこのために基金作ってたみたいよ?」
「大規模ギルドは城みたいな家が要るだろうからなあ」
規模が大きなギルドといえば、と一瞬どこかの親衛隊が脳裏をよぎったけど──猫姫さんの心の安定のために、何もないことを祈っておこう。
「我々は大規模ギルドほど巨大なギルドハウスを建てようというわけではない。場所も町外れにある喫茶店近くの土地を狙う。四等地、サイズMというところだ。確実ではないが、まだ現実的な金額で収まると予想している」
「必要なお金の量はまだわかってないの?」
「実装がまだだからさ」
ゲーム内に与える影響を考えれば早めに金額ぐらいは発表しそうだけど、今はまだアップデート予告が出ただけだ。全てを考慮に入れておかないと。
「他のゲームで実装されたハウジングシステムでの値段や、今のゲーム内マネーの供給過剰を加味して、私は予算500Mを見込んでいる」
「まあ、現実的なところね」
「それで足りるかどうか……」
「私は100Mも貯めたことないですよう」
それは無駄遣いしすぎだぞ、アコ。
「そこで、この会議の本題に入る」
「え、ここまでが本題だったんじゃないの?」
きょとんと言った秋山さんにみんなの視線が集まる。
見つめられた彼女はちょっと嬉しそうに、可愛らしく小首を傾げて見せた。
注目されるのに慣れてる人って凄いな、俺達だったら慌てるか下を向くか泣くかだぞ。
「楽しいことだけ話して終わりなんて、そんな甘い会議があるわけないでしょ」
「大事なのはこれからですよっ」
うむ、とマスターも頷いて、ホワイトボード用のマーカーを取った。
「この必要金500Mが問題だ。ギルドの資産から出せればいいのだが、あいにく前回の攻城戦で全て使い切っている。新たに集めなおす必要があるわけだ。しかし……」
「あたし達もお金はないのよね」
全員が文化祭の対人装備を買うのに所持金を使い切ったからなー。
マスターの資産もユグ雫に消えたし、瀬川もホワイトエリクサーのがぶ飲みで厳しい財政状況を強いられてるはず。
「お金なんて貯めてないですよう」
「俺もまだ装備が揃ってないし」
パソコンを今は買うな時期が悪い、ってぐらいに時期が悪い。
いやまあいつ買っても時期が悪いって言われるんだけどね、ああいうの。
「もう会長さんが現金で買えば?」
「現金でって、簡単に言うなあ……」
「公式RMTで500M貯めようとしたらとんでもなく課金しないと駄目なのよ、わかってんの?」
呆れ顔の俺達に、それはそうだけど、と続ける秋山さん。
「今まで入れてきた額から言えば大したことないんじゃない?」
「マスターって累計でどれぐらい課金してきたんですか?」
「それは言わぬが花だろう」
笑って誤魔化しながらも、ちょっと引きつった横顔を見るに、言うと俺達がドン引きするような金額なのは間違いなさそう。
ある意味秋山さんが言うことも事実なのでちょっと反論しにくい。
「……確かに、今回に限っては、ギルドハウスという我々の夢も絡んでいるため、課金に関して制限を加える予定もないのだが」
マスターは額に手を当てて、失敗した失敗した失敗した、とうめいた。
「前回の攻城戦でやりすぎた。これでも私は未成年だ。月の課金額には限度がある。今月はこれ以上の課金は……できん」
「会長さん、一月でどれだけ入れたの?」
「知りたければLA公式の課金ページを見ればわかりますよ?」
最低でも万単位です。



