一章 マイホームランド ⑤
ガチャ用のコインを買うだけじゃなく、パッケージすら買えなくなる額はさらに上なので、ちょっと恐ろしい額がつぎ込まれてると思う。
「ともかく、今回はマスターを頼るわけにもいかないわけ。仕方ないからあたしたちも自分のお小遣いを投入することを辞さないわ」
「俺達の昼飯代もそこにまわってるんだよ」
「ひもじいです……」
「だからお昼ご飯を抜いてたの!? ゲームのためにご飯を抜くの!?」
そうだよ、それ以外にないだろ!
っていうか俺達がネトゲ以外に何のためならあんな我慢ができると思うんだよ!
「昼食一回分、五百円あったら一回ガチャが回せるだろ!」
「当たりを引けば一気に勝ち組なんですよ!」
お金はとっても大事だ、ネトゲのために!
普段なら絶対にやらないけど、今回は別だ! だって家だぞ、俺達の家が買えるんだぞ!
多少の無理など知ったことではない!
「とはいえ、LAのガチャはかなりシビアだ。運営も現在の状況を加味してか、特にフェスも予定していない。通常ガチャを回したところで大きな儲けにはなるまい」
ガチャについてはプロ勢のマスターが言うからには間違いないだろう。
リアルマネーで稼ぐのは厳しいとは思ってたので、これについては妥協もある。
「である以上は仕方がない。各自でゲーム内マネーを貯めてもらう。こういった言葉は使いたくなかったが……ノルマを決める」
びくりと俺達の体が震える。
緊迫感の走った部室に、秋山さんだけが不思議そうにきょろきょろしてる。
「必要なのは──およそ500M。この場にいるのは私、ルシアン、シュヴァイン、アコ、そしてセッテ。それぞれがアップデートまでに100Mを集めること。これを最低ノルマとする」
「仕方ないな」
「100Mかあ……結構な額ね」
「ルシアンと私の愛の巣のためなら、頑張れます!」
お前、断固その夢を譲る気がないのな。
「ちょっと待って待って!」
あっさりと受け入れた俺達に対し、セッテさんが慌てた様子で立ち上がった。
「わ、私も人数に入ってるの!?」
当たり前じゃないか、ちゃんと会議に出席してる仲間なんだから。
不思議そうに見つめる俺達に、彼女はぶんぶんと首を振った。
「いきなり五百めが? ってどれぐらいかわかんないけど、そんなに要るって言われても──っていうかそもそも、それ日本円で言うとどれぐらい?」
キロメガギガテラの貨幣単位って、三桁で上の単位に切り替わるんだよね。
ネトゲでは凄くメジャーな数え方だけど、日本式の計算とはちょっとズレるから慣れてないとわかりにくいかも。
「奈々子、500Mっていうのは、現在の貨幣価値にして」
瀬川がそう言ったので、
「約、五億」
俺が引き取った。
「無理無理無理! そんなに集まらない!」
「大丈夫ですよ、一人のノルマは一億ぐらいですから」
たはー、と若干死んだ顔で言うアコ。
ぶっちゃけアコにもかなり厳しい額ではある。
言うまでもなく俺も、割ときつい。
「一億円なんて無理だってばー!」
ぶんぶんと首を振るセッテさん。
「だがノルマだぞ」
「ノルマだもんね」
「ノルマですからねー」
「ノルマって言葉で全て許されると思ってない!? 何なのそれ!?」
何を言う、ネトゲでノルマって言葉は重いんだぞ!
ログインという相互監視が行われるネトゲ社会において、ギルド単位でレベルアップノルマや上納ノルマが決まった場合、それはとてもシビアな問題になるのだ。
何せ頑張ってるか頑張ってないか、一目でわかってしまう。
マスターがノルマと言い始めると、ネトゲはとたんに厳しくなるのです。
「とは言うものの、だ」
マスターは腕を組み、したり顔で頷いて続ける。
「セッテのレベルが低いのは事実だ。現実問題として我々と同等のノルマを課すのは理不尽とも言える」
「物理的に無理なのは明らかだからな」
「いじめみたいなことはしないですよ、いじめ怖いですから」
「……あんたが言うとなんか怖いわね」
いじめかっこわるい。
流石に俺達と同じだけ稼げだなんて言わないよ。
「ああもう、びっくりさせないでよー」
やれやれと座り直す秋山さん。
そんな彼女へ、いつもの自信満々のドヤ顔を向けるマスター。
「というわけで、セッテはできる範囲で頑張ってさえいれば、我々も文句は言わん。やれることをやってもらう」
「……具体的に言うと?」
秋山さんが、あれ、無罪放免じゃないの? みたいな顔をした。
俺達はちょっと顔を見合わせて考える。
「とりあえず今レベルのログイン時間じゃ話にならないわよね」
「うーん、一日最低五時間は狩りしてもらわないとなあ」
「ごっ!?」
秋山さんが絶句した。
何がおかしいと申すか。
「どうしてびっくりしてんの。あたし達なんて部活で二時間、家に帰って五時間って感じよ」
「今日からはノルマもありますし、もっと増えますね」
アコもにこにこ笑顔で同意した。
「待って待って、そんなの物理的に無理だよ!」
彼女が焦った顔をするのは珍しい。
なんかそういう顔の方が親近感が持てるよ?
「ほら、私の家のパソコンってリビングにあるの。五時間もずーっとパソコン弄ってたらどうしたんだって心配されるしねっ」
あー、パソコン居間勢か。そりゃ大変だ。
「あー、あたしもお下がりのパソコンをもらうまではそんな感じだったわねー」
「俺も自分のパソコンを買うまではリビングで睨まれながらやってたなあ……」
懐かしい思い出だよ。
いつまでパソコンやってるの、ってよく怒られたもんだ。
「でしょ? だからさ、無理なの!」
「うん、普通の時間にやるのは無理よね」
「帰ってすぐは無理だな」
同意した俺達。
しかしそのまま話は続く。
「だから俺は朝早くに起きてやってたな」
「゛えっ」
「そうそう、あたしもやったわー、四時ぐらいにそーっと起きてね」
「ありましたねっ! 家族が起きてきたら、たった今起きたところですー、みたいな顔をして誤魔化すんですよー」
「え、本気で言ってるの?」
秋山さんが信じられないものを見るような顔をしてる。
いやー、よくあるって。
家族共用のパソコンしかない奴が深夜早朝にこっそり使うのは定番だよ。
「というわけだから」
「ノルマ、しっかりね」
「期待しているぞ、セッテ」
「一緒に頑張りましょうね」
秋山さんを仲間と認め、温かい視線を向ける俺達。
そんな笑顔溢れるはずの場面だけど──秋山さんは引きつった表情で全員の顔を見渡して、ばっと立ち上がった。
「ごめん、やっぱあたしには無理ー!」
「ちょっと、奈々子!?」
秋山さんは逃げ出した!
秋山さんはいなくなった。
そのまますさまじい勢いで部屋から飛び出していく秋山さんだった。
「だから来ない方が良いって言ったのに……」
「なんだか勝った気がします」
「そこでガッツポーズはおかしいぞ、アコ」
明らかに勝ったって言わない。
どちらかと言えば負けてる側だと思う。
「やっぱり奈々子はネットゲーマーじゃないのよね」
「セッテにやる気さえあるのなら、入部もあるかと思ったのだが」
瀬川とマスターはちょっと残念そうだった。
俺も内心残念ではあるよ、アコが怖いから言わないけど。
「でも毎日強制的にネトゲやらされたらすぐ嫌いになると思うなあ」
「……でしょうね」
セッテさんはハマった最初期を抜けたら、後はやりたい時にちょっとやるってタイプだ。
初期のやる気を期待してプレッシャーを掛け続けるとすぐに嫌いになっちゃう、リア充ぬるゲーマーによくいる人。



