一章 マイホームランド ⑥
一緒にゲーム始めたはずなのに途中から凄い差がついちゃって、なんかこっちが悪いのかなって気まずくなるアレな。
俺が黒の魔術師さんのギルドに入れなかったように。
彼女も現代通信電子遊戯部には、入れなかった。仕方のないことだ。
でもあの人達が俺達を仲間だと思ってくれているように、俺達も秋山さんを仲間だと思ってるよ。
「庭に面した部屋は開けておいてやろうぜ」
俺が言うと、みんなも頷いた。
「そうね、奈々子の部屋をね」
「うむ、帰ってきたら温かく迎えてやろう」
「むーたんの小屋も作ってあげましょう」
去る者は追わず。ネトゲ引退者を引き止めることはできないのだ。
別にセッテさんは引退ってわけじゃないけども。
ともあれ、無事ノルマは決まった。
目標がはっきりした以上は動き出すしかない。
「後はお金を稼ぐだけ、だが……もう一つ問題点がある」
マスターがとんとんとホワイトボードの空きスペースにペンを走らせた。
書き込まれたのは、名前:未決定 構造:未決定 という文言。
「そう、ギルドハウスの名前とデザインだ」
「大事ですね!」
「……そか? 普通の家ならそれでいいんじゃねえの」
大問題だとは思わないんだけど、と言う俺を三人が冷たく睨んだ。
「わかってないわねー」
「そうですよルシアン! 最大の問題ですよ!」
「そうかなあ」
何でもいいじゃん、名前とか形とか。
住みやすくて便利なところにある家ならそれでいいよ。
「ルシアンはどんな家を想像しているのだ?」
「そりゃアレイキャッツだし。ちょっと庭の広い感じで、野良猫集会所とか……」
「ないわね」
シュヴァインが一言でぶった切った。
うわあ、パソコンに『うぉーましーん』とか名付けちゃう人にネーミングセンスを否定されたよ、とてつもなくショックなんだけど。
「いやいや普通だろ。これでいいだろ」
「普通すぎてつまらん」
マスターも!?
アコは、と視線を向けると、
「愛が足りません!」
「ええええええ!?」
俺が変なの!?
ちゃんと愛のこもった名前だと思うよ?
「じゃ、じゃあそういうお前らはなんてつけるんだよ!」
シューをびっと指差して聞く。
「ええっと……笑顔ハウス、とか」
「やめろ馬鹿」
ハゲのおっさんが集まって来るだろうが、住めねえよ。
「冗談よ、冗談。そうねえ……英雄騎士シュヴァインとその配下の家、みたいな」
「やめろ馬鹿」
「リアクションがさっきと同じじゃないのよ」
そんな家には住めねえよ、そりゃ同じ反応にもなるだろ。
「マスターは普通につけるよな?」
恐る恐る尋ねると、マスターは力強く口を開く。
「前ヶ崎城、とつけて城のようにしたい」
「センスの方向がやべえ!」
わが町を愛し過ぎだろうマスター! 生徒会長そんな責任ないよ!
「……で、ちなみにアコは?」
横に居るアコに尋ねると、俺の嫁はこっちをまっすぐに見て言う。
「西村、と」
「いや俺の名前じゃなくて」
アコから苗字で呼ばれるの超レアで若干ドキドキしたけど、そうじゃなくて。
「いえ、表札に『西村』って書きたいんです」
「…………」
「それで、その下に亜子、と」
「ただの一般家庭じゃねえか!」
普通の表札じゃん! ファンタジーの欠片もないよ!?
「っていうかそれ単にあんた達の家じゃない」
「我々には住みにくいギルドハウスになるな……」
「そんなことより俺の本名バレは勘弁してくれ」
ネットリテラシーのネの字もないぞ。
なんでネトゲで本名そのままの家を持たないといけないのか。
「じゃあせめて普通の一軒家にして、私とルシアンの表札を並べてつけます!」
「ないない、断固拒否だ」
「なんでアコはあたし達の居住を拒否してるのよ」
「拒否はしてないですけど! せめて見た目だけでも!」
アコすら譲らないせいで大分カオスになってきた。
「もう野良猫集会所で良くね?」
「それはないわ」
「噓だ、一番マシだって」
「しゅーちゃん私の意見を駄目だって言ってましたけど、自分もシュヴァインって名前入りで考えてたじゃないですか!」
「あたしはちゃんと配下って入ってるじゃない。あんたの部屋もあるわよ」
「間を取って前ヶ崎城で良いかと思うぞ」
「城が建てられる程にでかい土地が買えるのかよ」
「っていうか身バレ前提みたいな家やめてよ」
大揉めだった。
全員のセンスに全然共通点がないせいで話がさっぱりまとまらない。
「まさかギルドハウスでこんなに揉めるとは……」
「だから大きな問題だと言ったろう」
確かに問題になっちゃったなあ。
俺はまともな名前なら誰に譲っても良いんだけど、全員まともじゃないし。
「どう決着をつけるのよ」
「うーむ、そうだな……」
マスターは俺達の顔を見渡し、ぽんと手を叩いた。
「今回のハウジングに要する予算は500Mと試算した。が、もちろんこれは予測でしかない。実装されてみれば百倍の金額だったとしてもおかしくはない」
「そんな額は無理ですよう」
「インフレをどうにかするためって考えたら十分ありえるけどねー」
確かに否定はできないかも。
モンスターを狩ればお金が出て、ドロップするアイテムを売ればやっぱりお金が出るというネットゲームにおいては、ゲーム全体で貨幣の価値がどんどん下がっていくインフレ現象が避けられない。
そう、ゲーム内マネーの総額は、一日ごとにすさまじい勢いで増えてるんだ。
運営が土地を売るってのは、ゲーム内マネーを大規模に回収して市場の健全化をする、という側面もあったりする。どれほどの額になってもおかしくはない。
「よって金が要る。たとえ土地の値段が、家の値段が、家具の値段が、どんな高額になろうとも買えるだけの金が! 最低ノルマ程度では足りないのだ!」
うむ、と俺達も揃って頷く。
「というわけで、最大の貢献を行った者に命名権を与えるという案はどうだろうか!」
きゅるきゅると音を立てて、マスターは「最大出資者」と書き込んだ。
「我々の中でもっとも多くの金を集めてギルドハウスの建築に貢献した者が、ギルドハウスの所有権を得る、という形だ」
「なるほど、わかりやすい」
それならみんな納得するか、と同意しかけたんだけど、
「待ってください!」
今度はアコからの待ったコールが入った。
「不満だろうか?」
「どちらかというと大反対です」
またわけのわからんことを。
「これは理不尽だと思います。ヒーラーで火力がない私に勝ち目がありません。平等なルールへの再考を求めます!」
「む、それもそうか」
「確かにちょっと不利かもしれないわ」
ヒーラーだからって別に稼げないってことはない。PTプレイをしたり、クエストをやったり、色々と手段はある。
でも早朝なんかの人が居ない時間を考えるとやっぱり不利はあるんだよな。
んじゃどうしようか、と考えていたら、マスターは俺を指して言った。
「ならば──よし、アコにはルシアンをつけるとしよう」
「……は? 俺?」
「ルシアンは私のですよ?」
俺は俺のだよ。勝手にお前のものにするな。
ついでにアコが勝手に俺のアイテム欄に入り込もうとするのも遠慮したいです。
「そうではない。元より盾職のルシアンも不利なのだ。ここはアコとルシアンをペアでチームとして、その不利を補うという案だ」
「なーるほど、アコとルシアンは夫婦で挑んでくるわけね。それなら平等だわ」
「二人の家ですから、二人で戦うのは自然ですよねっ」
瀬川が最初に乗ってきた。アコはむしろ喜んでる。
え、あの、これ決定なの?



