一章 マイホームランド ⑦
「ええと、俺達が勝ったら野良猫集会所にしても良いってことだよな?」
「アコを説得できたらね」
何その無茶な条件。
過去にほとんど成功したことがないんだけど。
「ルシアン、私と一緒の家は嫌ですか?」
「ぐっ……」
アコがわざとらしく潤んだ瞳で見上げてくる。
お前さっき欠伸してただろ、騙されないぞ。
騙されないけど、でも……ここは仕方あるまい!
「わかった! 俺はアコと、二人の愛の巣を築く!」
「ルシアンー!」
「お、割り切ったわね。面白いじゃない」
「これで決定だな」
自信満々の笑みを浮かべ、マスターが宣言する。
「では期限はアップデート前日までの二週間! もっとも金を集めた者の勝利だ!」
仲間のために、仲間がライバルになる。
俺達の新しい戦いが始まったのだった。
††† ††† †††
ひとまずはこれまで、ということで解散になった。
別に部室でネトゲしてもいいんだけど、会議が長引いたせいで時間がちょっと中途半端だ。ここからはそれぞれ自宅で金の稼ぎ方を検討することになる。
「負けられないですね、ルシアン」
二人並んだ帰り道、アコがそう言って俺を見上げた。
上を向くとちょっと前髪が横に流れるから顔が見えてドキっとする。
照れを誤魔化すようにぽふぽふと黒い頭を撫でた。
「そうだな、こうなったら仕方ない。あいつらの思い通りになるぐらいなら、俺達好みのマイハウスを建ててやるぞ!」
「二人の愛の巣を建てましょうね!」
「この際お前に乗ってやる、愛の巣だろうが何だろうがどんと来い」
「ルシアン素敵ですー!」
「こっちは二人居るんだ、負けるわけにはいかない。頑張って貯めるぞ!」
「はい! 人生で初めて頑張りたいと思います!」
お前は既に何回か頑張ってたことがあるぞ? 俺はちゃんと見てたからな?
「……でも、ちょっとだけびっくりしました。ルシアンはリアルとゲームは違うぞーって言って、私達の家は嫌がるかと思ったので」
びっくり、と言いながらも嬉しそうなアコ。
「リアルとゲームは違う。でもな、だからこそ、ゲーム内で夫婦っぽいことをしたいって言うなら何も問題なんてないぞ。俺だって望むところだよ」
「なるほど!」
普段なら必死に止めるところなんだけど、今回は家を買う場がネトゲ内だ。
ネトゲ内で結婚相手に家を買おうって言われて、お断りだと切り捨てる方がとんでもない。ギルドハウスとはいえ、これからメインで使うことになる家だ。マスターもシュヴァインも好き勝手にしたいって言うなら、こっちだって俺達の好きにさせてもらおう。
「……それに、その方が都合が良いし」
幾らアコがリアルとゲームを混同していても、俺がゲームの中では優しく、リアルではそれなりに接していれば、アコなりに差を感じるんじゃないか。
これはこれで作戦なのだ。断じてアコと俺の家ってところに惹かれたわけではない。
そんな俺の内心を知るわけもなく。
アコはふにゃっと表情を緩ませると、夢でも見るように空を見上げる。
「……私とルシアンの家……うふふふふ……」
一応はギルドの家だよ? わかってる?
ちょっと不安になってきた。
「セッテさんじゃないですけど、庭付きの家に白い犬を飼いたいですね」
「そりゃ広いに越したことはないよなー。やっぱ自分の部屋は欲しいし」
最低五人の大所帯だ。大きさはある程度ないと。
「私とルシアンは同室でいいじゃないですか、夫婦の寝室です」
「まあ、そこは譲歩できなくもない」
絶対に誰かの部屋を削らなきゃ駄目って場合はここしかないし。
「最初は少なくても、どんどん人が増えるわけですしねー」
「増えんの?」
うちのギルドってほとんど人増やさない身内系ギルドなんだけど。
「あれ、ルシアン子供は嫌いな方です?」
「…………」
「…………?」
おや? と視線を交わし合う。
あ、なんかこいつ言ってること違う。
「アコさんや、一体何のお話を……?」
「子供部屋の話ですけど」
「……ゲームの話だよな?」
「私とルシアンの家の話ですよ?」
……え、リアルの? そっち?
「もちろんルシアン次第ですから、マンション住まいとかでも私は一向に構いませんよ!」
そこに突っ込んだわけじゃない。
俺は勝手に将来を設計してるヤバげな女子高生に突っ込みを入れたかったのであって。
「ルシアンがお仕事から帰ってきたら、エプロンをつけて、スリッパをぱたぱた鳴らして、まさに主婦! って感じで玄関まで迎えに行きますから」
「専業主婦をやる気しかないんだな」
「昼間はネトゲして待ってますから」
家事しろよ。ちょっとでいいから。
「それでルシアンに聞くんです。ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」
「リ・ア・ル、で頼む」
「リアルは嫌ですー!」
「っつうかお前の場合、ご飯はできてないし、お風呂もわいてない──ってやつだろ」
「そのうえ、私は、ネ・ト・ゲ! ですね!」
「主婦業すら放棄しはじめたな!」
要するにネトゲしかしてないんじゃん!
「っていうかアコ、一戸建て希望とかあったの? とりあえずネトゲできる空間さえあればそれで満足みたいな感じかと思ってた」
「ルシアンの希望がそっちなら、小さなお部屋も好きですよ? 二人でネトゲだけして生きていきましょう!」
そこはどっちでもいいのか。
それに子供とかあんまり欲しがってないのかと思ってた。
「てっきりさ、子供が居たらネトゲできないから要らないとか言うんじゃないかと」
「何を言ってるんですか!」
珍しくかっと目を見開き、アコが俺を怒鳴った。
「言いませんよ! ルシアンの子供ですよ! 身を削ってでも育てますよ!」
「そ、そっか」
本気で怒られた。
ちょっとびっくり。
「うん、これは俺の失言だった。申し訳ない」
素直に頭を下げる。
アコがそういうところはきっちり本気の奴だって忘れてた。
こいつ俺との結婚を真剣に受け取り過ぎじゃなかろうか。
「先々困らないように、今回のハウジングで私とルシアンの生活イメージを考えた方がいいですよね。そういうのもちゃんとしておかないとっ」
「……そ、そうかなあ。アコにも俺以外の選択肢が出るかもしれないし」
「出ませんよそんなの。ジョインジョインルシアーン、ぐらい一択ですよ」
ジョインジョイントキィかよ。一択過ぎるだろ。
「でもジョインジョインの部分で他に二人ぐらい選択肢があるように聞こえるんだけど」
「そこはマスターとしゅーちゃんです」
「二人はスルーなのな」
ああ、でもこんな馬鹿みたいな会話できる奴は他に居ないし。
もうちょっと、せめてもうちょっと人並みにまともになってくれればいいんだけど……。
そのためにも今回は負けられないか。
はあ、と聞こえないよう息を吐いて、俺は鞄を背負い直した。
というわけで、いつもならギルドメンバーで集まって狩ったりイベントしたりクエスト進めたりって遊ぶ俺達が、今回は完全に別行動をしてる。
ライバル同士だからさほど会話もなく、無言ギルドみたいになってた。
◆ルシアン:さて、どうしようか
◆アコ:私はルシアンについていきますよ?
そういう丸投げも困るんだよ、アコ。
俺達だけが残った喫茶店で、二人並んで頭を悩ませていた。
LAはサービス開始からもう数年たっている中堅MMOだ。それなりのインフレも起きてるし、効率の良い資金稼ぎだっていくつも生まれてる。



