一章 マイホームランド ⑧
二週間で100M──二人で200Mってのは厳しい額に見えるけど、一日10Mも要らないと考えると何とかならなくもない。
言ってみれば攻城戦でマスターの使ってたユグドラシルの雫、あれを一日に二個拾えればそれで十分に回収できるわけだ。
実際にはそんなに都合よく拾えないけどさ。
◆ルシアン:アコに希望があれば考えるけど、何もないなら、俺としては地道に儲かるモンスターを狩って貯めたいと思う
◆アコ:毎日モンスターを狩ってお金を貯めるんですか
◆ルシアン:そうだ、日々の努力に勝るものはないはずだ
ちなみに言うと、まだ俺達から遅れ気味のアコのレベルを上げるって側面もある。
お金が目的で冒険をして、ついでに経験値も貯まるなら一石二鳥。
◆アコ:二人で働いて家を買う、って雰囲気がとても良いと思います。それで行きましょう!
◆ルシアン:おーけー。なら二人で行ける一番効率の良い狩場は……
◆アコ:できればソロでも行けるところがいいです。暇な時間があれば一人でも頑張りたいので
◆ルシアン:かつてなくやる気があるなー。それなら、アイツかな
懐かしのあのモンスター。お金を貯めるといえばこれ、定番中の定番。
そう、スリッパ先生の出番だ。
やってきたジューンフィールドマップ。
砂漠の荒地って感じのどこにでもあるマップだけど、何度も来てるから構造を覚えてる。
言ってみればもはや庭だ。
◆ルシアン:で、この砂の塊みたいなモンスター、スリッパ先生を倒す
俺はちょこちょこっと襲ってきたスリッパ型のモンスターを剣で刺しながら言った。
◆アコ:スリッパさんを倒すんですね
◆ルシアン:ああ。こいつは結構な金を落とす上に弱くて数が多い。金を稼ぐには一番だよ
◆アコ:ドロップアイテムはどうなんですか? レアはありませんか?
◆ルシアン:ない。一切ない
◆アコ:何もないんですかっ!?
本当にレアは何もないのだ。
一応ドロップアイテムはある。
スリッパ先生を倒すと、大地の結晶っていうNPCの店で売れるアイテムを落とす。
さらにアースエレメンタルっていうNPCの店で売れるアイテムも落とす。
で、ごく稀に、具体的には0.02%ぐらいの確率でスリッパハートって超レアを落とす。
そしてどれも使い道がないから何の意味もない。ただ売ることしかできない。
その代わりに沢山のお金をドロップする。そういうタイプのモンスター。
◆アコ:それで本当にお金が貯まるんですか?
◆ルシアン:スリッパ先生を舐めちゃ駄目だ。一般モンスターでは最高効率なんだぞ
◆アコ:そんなに凄いんですか!
しかも経験値もそれなりに貯まる。良いこと尽くめだ。
◆ルシアン:でもそれでマスターとシューに勝てるかって保証はない。なんだかんだで俺達は火力の少ない二人組だからな。毎日地道に頑張って、それでも負けるって可能性はあるんだけどさ……
◆アコ:大丈夫です。結果がついてこなくても、ルシアンと一緒なら
◆ルシアン:そ、そうか
お前、なんでそのポジティブ思考がリアルで発揮されないの?
◆ルシアン:んじゃ、やるか。流れは俺がスタンで入るから、すぐにエクダメを入れてくれ。そしたらオーバードシールドで倒す。エクダメオバシで一確だから、打ったらすぐ俺は先に進む。アコはお金を拾ってからついてきてくれ
◆アコ:すいません、もう一回説明してもらえますか?
◆ルシアン:難しいこと言ってないからログ読み直せ
ということで、夫婦の共同作業がスタートした。
◆ルシアン:ほら、エクダメが遅いからオーバードシールドが二発必要だっただろ。こうなるとMPが足りなくなるんだから、きっちり入れないと
◆アコ:は、はいっ
◆ルシアン:それにアイテムはゴミだから拾わなくて良いって。お金だけ回収してくれれば
◆アコ:勿体無いじゃないですかー!
◆ルシアン:ゴミなんだってば……
◆アコ:っていうかルシアン、進むのが早いです! どこに行ったんですか、見失いましたっ!
◆ルシアン:いい加減にミニマップの見方を覚えろと言うに
◆アコ:『ルシアン、愛してる!』
◆ルシアン:結婚スキルで強制召喚すんな! 戦闘中、戦闘中だから!
てんやわんやだったけど、スリッパ先生は弱い上に数が多い敵だ。
段々と連携にも慣れて、それなりに機械的に狩れるようになってきた。
◆アコ:忙しくてお話できないのは辛いですけど、無言の連携っていうのも良いですよね
◆ルシアン:アコを信頼して任せられる状況がレアだからちょっと嬉しい
◆アコ:私もこれぐらいはできますよっ!
そりゃスキル一つとお金を拾うだけだからな、誰にでもできるけど。
◆アコ:でも本当にひたすら倒して拾うだけなんですね……なんだか飽きが……
◆ルシアン:飽きてもやってもらうぞ。平日四時間、土日十時間がノルマだと思ってくれ
◆アコ:駄目ですルシアンっ、そんなにしたら、私壊れちゃいますー!
◆ルシアン:変な言葉を選んで言わないように
こいつは一度壊れた方がまともになるんじゃなかろうか。そんな気がしてきた。
◆アコ:曲も飽きてきましたし、スリッパ先生も見飽きましたし……なんだかマップのオブジェクトが敵に見えて反射的にエクダメを入れそうになるんです……
◆ルシアン:第一段階だな。ここからの成長が楽しみだ
◆アコ:まだ上があるんですかっ!?
そもそも感情が残ってる時点で人力BOTとしてはまだまだだ。
最終的にはゲーム画面はほとんど見てない状態に達する。
◆シュヴァイン:くっ、このクズ騎士めが……俺様の獲物を……
と、その時。なんかそんなギルドチャットが流れてきた。
◆ルシアン:どした
◆シュヴァイン:るさい、黙ってろ
気遣いで聞いたのに、酷く怒られた。
思ったより傷つくよね、こういうの。
あいつ怖いなー、と冷や汗のエモーションを出すと、アコはハートマークで答えた。
返事としてわかるようなわからないような。
◆アコ:しゅーちゃんは何やってるんでしょう?
本当にスリッパに飽きが来ているらしいアコ。うずうずした様子で言った。
ま、初日だし、無理させるのも悪いか。
◆ルシアン:んー、敵情視察も大事かな。ちょっと様子見に行ってみるか?
◆アコ:はい! もしかしたら、スリッパ先生より稼げるかもしれないですし!
◆ルシアン:それはそうだろうけど……
俺達にシュヴァインと同じ稼ぎ方が可能かってのが問題で。
ギルド情報からシュヴァインの情報を見てみると、居るのはアルタヤマップと書かれてる。
◆ルシアン:んじゃちょっと行ってみるか
アルタヤマップ。
これもいろんなゲームで見かける雪と氷のマップだ。
基本的には来ないけど、たまーに来ることはある、みたいな場所。
◆アコ:前に来たことがあるような、ないような
◆ルシアン:何度か来てるよ。一番最近に来たのは、えーと……まさかのヴァレンティヌスの鎧が出たあの時だ
◆アコ:怖い人達ですか?
それじゃない、それじゃない。それはヴァレンシュタインの人だ。
◆ルシアン:じゃなくて、シュヴァインが着てる鎧の方だ
◆アコ:ああ、ボスが出したんですよね
◆ルシアン:じゃんけんしたやつな
んでそれに俺が勝ったから本来は俺のなんだけどね。
シューが余りにもやわらかせんしだから貸してるけど。
◆ルシアン:アプデで若干は値段が下がったけど、それでもあれを売れば100M単位だから俺の問題は一発で解決なんだけどな
◆アコ:今からでも売ります?
◆ルシアン:楽しそうに使ってるからなあ、あいつ……



