一章 マイホームランド ⑨
産出されてるにもかかわらずなかなか値段の下がらない装備ってのは、やっぱり値段相応のスペックがあるわけで。
借りっ放しなことはシュヴァインも時々申し訳なさそうに謝ってる。売るから返せとは言いたくない。
◆ルシアン:みんな地道に貯めるんだし、俺も貯めるよ。ハンデとしてくれてやるさ
◆アコ:その優しさをもう少し私に向けてくれたら……
◆ルシアン:俺ってアコには超優しくしてると思うんだけど
◆アコ:もっと優しくしてくれていいですよ?
俺の嫁の甘えっぷりに際限がない。
◆ルシアン:そう言うけどな、相手が俺じゃなかったらアコはハードな少女漫画みたいな酷い目にあってるぞ
◆アコ:多少はそういう目にあわせてもらっても良いんですけど
◆ルシアン:最近の少女マンガ舐めんな!
◆アコ:そこで怒られるんですか!?
マジハードだから。ベリーハードだから。
私は死んだ、スイーツ(笑)って状態になるから。
◆アコ:それでしゅーちゃんは何やってるんでしょう? 鎧がここのボスから出たんですから、また出そうとしてるんですか?
◆ルシアン:金が必要でこの狩場に居るからにはそうなんだと思う
大きなレアを引けば一攫千金ってのはあいつが好きそうでもある。
モンスターを狩るでもなく、何をするでもなく、ひたすらマップをうろつくプレイヤーが何人も居るという気味の悪い場所を、俺達もてくてくと歩く。
◆アコ:あ、しゅーちゃん
◆ルシアン:何やってんだあいつ
シュヴァインが居た。
居たんだけど、明らかに怪しい。
なにやらちょっと歩いては雪山の裏に隠れ、ちょっと走っては木に隠れ、と胡散臭い動作を繰り返してる。
◆ルシアン:あのー、シュヴァインさん?
◆シュヴァイン:なんだルシアンとアコか。何しに来たんだ貴様達
◆ルシアン:様子を見に来たんだよ。お前こそ何やってんだ、明らかに怪しいぞ
◆アコ:ボスを探してるんですか?
シュヴァインはさっと次の物陰に隠れると、辺りをうかがいながら答えた。
◆シュヴァイン:まあ、そうだ。一応聞くが、お前らもボス狩りで稼ぐ気じゃねえだろうな?
◆ルシアン:俺達に向いた稼ぎ方じゃないし
◆アコ:勝てないですよう
◆シュヴァイン:……それもそうか。ならば教えてやろう!
◆シュヴァイン:おっと
話の途中でもまたこそこそと物陰に隠れながら、シュヴァインは続ける。
◆シュヴァイン:ボス狩りにはいくつかの段階ってのがある
◆シュヴァイン:ボスが居るかどうかを確認する段階、次にボスを探す段階、そしてようやく、実際にボスを殴る段階が来る
◆アコ:はあ
よくわからん、みたいな返事をしないように。
何も難しい話じゃない。ボスってのはいつでもマップに居るわけじゃなく、倒されてから数時間後、種類によっては数日後に再びPOPするレアモンスターなのだ。
他にも特定のモンスターが倒された後にPOPするモンスターなんかも居たりして、とにかく条件がややこしい。
そんな居るか居ないかもわからない相手をひたすら探し続けるのは効率が悪いんだよ。
◆シュヴァイン:確かな情報ルートや信頼できる手勢が居るなら全て自力でも見つけられるが、俺様にもちと厳しい。そこで……奴だ
と、視線の先を指さす。
シュヴァインと同じソードダンサーの男が居た。
火力の高い近接攻撃職であり、熟練者ならヘイトを維持しながら火力を出し続けることも可能なボス狩りに向いた職だ。
◆シュヴァイン:あいつは以前オークションにヴァレンティヌスの兜を出品していた。つまりボス狩りプレイヤーだ。ならば奴を追えば……
◆ルシアン:ボスまで連れてってくれるんじゃないか、というわけか
◆アコ:作戦を考えてるんですねー
◆シュヴァイン:当然だ、何の勝算もなく賭けに出る奴はただの愚か者だ
ドヤ顔で言うほど格好良いことじゃないけど、何はともあれひっそりとついていく。
そしてうろうろとマップを歩くこと数分、前方を歩いていたソードダンサーが急に向きを変えて走り出した。
◆シュヴァイン:出たな! 行くぞ!
隠れるのをやめ、シュヴァインが同じように駆け出す。
◆ルシアン:俺達も追うぞー
◆アコ:はーい
突進スキルのあるソードダンサーとは走る速度が違う。
俺達がのんびり後を追うと、数人のプレイヤーが髭を生やしたダンディーなモンスターと死闘を繰り広げていた。中にはシュヴァインの姿もある。
◆アコ:しゅーちゃん勝てますかね?
◆ルシアン:マスターが居ないし、ドロップを拾えるかは分が悪いと思う
ボスにはいわゆる『横殴り』みたいな概念が適用されない。
通常ならFA──ファーストアタックを与えたプレイヤーにドロップの所有権があるんだけど、ボスに関しては火力貢献度で全てが決まる。
一番ダメージを与えたプレイヤーに権利が渡されるのだ。
鎧を拾った時はドロップしたのも凄かったけど、拾えたのも凄かった。要するにマスターの火力が飛びぬけてるから周りのプレイヤーより俺達に優先権があったんだけど。
◆アコ:あ、かなり弱ってますね
◆ルシアン:倒れそうだなー
髭がしんなりしてきたらヴァレンティヌス様が弱ってる合図だ。
さらに集まってきたプレイヤーからも火力がぶつけられ、ファンファーレが鳴り響いた。
M.V.P! の大表示と共に、ドロップアイテムが撒き散らされる。
◆シュヴァイン:あああああ、拾えねえ! 拾えねえぞ!
◆ルシアン:取られてる取られてる
◆アコ:駄目だったんですねー
他の奴らがPT組んでると難しいからなあ。
ソロじゃかなり良い条件で見つけないとボスは狩れないんだよ。
◆ルシアン:残念だったな、大丈夫か?
シュヴァインに声をかける。
さぞ悔しがっているだろうと思ったんだけど、
◆シュヴァイン:問題ねえ。これで討伐時間はわかった。午後九時十六分にヴァレンティヌスが乙った……ということは次のPOPは六時間後、午前三時十六分だ
にやりと笑ってそう言った。
◆ルシアン:……わざわざ起きて狩んの?
深夜も深夜だよ? 明日も学校だよ?
◆シュヴァイン:馬鹿野郎、深夜早朝のボスこそが狙い目なんだろうが。何もわかってねえなルシアン。まあ、任せとけ、俺様がデカイ家を買ってやるからよ!
んじゃ次のボス見てくるわ、とシュヴァインは町に向かって戻っていった。
◆ルシアン:たくましいな、あいつ
◆アコ:私達がやってもお金が貯まりそうにないです……
◆ルシアン:っていうか深夜早朝のボス狩りなんてしたら学校休むだろ
ねむいですーって言った後で連絡が取れなくなった前科が既にあったりする。
そしてアコの寝落ちが原因でPTが壊滅したことは何度もある。
◆アコ:うう、それはその、自信はないですけど
◆ルシアン:むしろ休む方に自信があるくせに
◆アコ:そっちはありますね!
こいつにボスを狩らせちゃ駄目だ。
早めに寝させて、朝から雑魚狩りで稼がせた方が良いな。
◆ルシアン:んじゃ俺達も町に戻るか。ついでにマスターの様子も見に行こう
◆アコ:マスターは町に居るんですか? じゃあ休んでるんじゃ
◆ルシアン:いや、多分……稼いでるんだと思う
帝都ロードストーンに居るという表示になっているマスター。
仮にも首都だけあってやたらと広いマップなんだけど、人が居る場所は大体わかる。
物を売りたい人は南側に、パーティーメンバーを探している人は東側に。
クラフティングは西側で、北はイベントスペース、っていうローカルルールがあるんだ。
これも鯖によって違ったりして、他の鯖を見に行くと新鮮なんだけどな。



