一章 マイホームランド ⑩
ともあれそこから考えて、マスターは簡単に見つかった。
南側、ユーザー露店の溢れるメイン通りの一角、オークションハウス受付窓口前で。
◆ルシアン:予想通り過ぎる場所に居たな、マスター……
◆アコ:すぐ見つかりましたね
絶対にここだと思った。確信すらあったよ。
◆アプリコット:おお、アコ、ルシアン。どうした?
あちらも気づいたんだろう、マスターが俺達に声だけかけてくる。
一切身動きはしない辺り、何をやってるか察しがつくな。
◆ルシアン:どうしたっていうか……マスターは何やってんの?
◆アプリコット:資金稼ぎだ
棒立ちのまま、マスターはためらうことなく言い切った。
そうね、そうなんだろうね。
◆アコ:……どうやって稼いでるんでしょう?
◆ルシアン:余り聞きたくない方法だと思う
◆アプリコット:失礼だな、ルシアン
むむっとようやくこちらに顔だけ向けるマスター。
◆アプリコット:まさか私が詐欺師のような方法で金を集めているとでも言うのか。まったくそんなことはないぞ。ここで行っているのは誰もが得をする素晴らしい取引だ!
◆ルシアン:……具体的に言うと?
◆アプリコット:そうだな、ではオークションハウスを開いてくれ
言われるがままにオークションハウスを開いてみる。
これはLAのシステムが運営しているオークションで、出品に手数料が必要になる代わりに、全てオートでオークションを進め、売れれば入金、売れなければ返品してくれるシステムだ。
過去の値段もさかのぼって見ることができたりとなかなか優秀で、生産材料とか消耗品とか、必要な物の大半はここで揃う。
やっぱり掘り出し物は個人で開いてるユーザー露店を探さないと見つからないけどさ。
◆ルシアン:んで何を見るんだ?
◆アプリコット:生産アイテム、クロウバードの羽根というのを見てみろ
◆アコ:えっと……これですかね
言われた通りに開いてみる。
同じ値段で五つの出品がある。百個セットが五個で1Mだ。
あんまり生産活動に従事しない俺なので、こんなもんかな、と思う程度の値段なんだけど。
◆アコ:……あれ、少ないですね?
◆ルシアン:アコ、こういうの買うのか?
◆アコ:いつか自分の服が作れないかなと思って
意外と生産スキルも上げてるらしい、そんなところはひっそり俺より頑張ってたりするアコだ。
◆アコ:普段ならもっと沢山売ってますし……それに値段、こんなに高かったですか?
◆アプリコット:ふふふ、よく気づいた
不審げに言うアコに、マスターはニヤリと笑った。
◆アプリコット:ここに並んでいるクロウバードの羽根は全て、私の別キャラによる出品だ!
◆アコ:じゃあもともと置いてあった分はどうしたんですか?
◆アプリコット:全て買った
アコのチャットに一瞬間があく。
えっ、って顔で固まってるアコが見えるようだ。
◆アコ:で、でも、他の人が後から出品したんじゃ?
◆アコ:それも全て買った
◆ルシアン:…………で、全て買い占めたからここからはその金額で買え、と?
◆アプリコット:うむ。これからはこのアプリコット価格で買うが良い!
買い占め系の相場操作かよ!
めちゃくちゃ迷惑じゃん!
アイテムが急に倍の値段になってるなんて最低だー!
◆アコ:な、なるほど! 世界で私しか持っていないアイテムなら値段はつけ放題ですよね!
◆ルシアン:影響されるな。そんなに上手くいかないから
生産材料なんていろんな人が持ってるし、いろんなところから出てくる。
マスターだってかなり散財した後なのに、全てを買い占める金なんてないだろう。
◆ルシアン:いつか破綻するぞー、そんなの
いぶかしげに見る俺だったけど、マスターには欠片の動揺もないらしい。
◆アプリコット:当然だ。自分より安い人間を全て買い漁っていれば、いつかは破産するだろう。……だがな
ふふんと笑って続ける。
◆アプリコット:そもそも私はこの出品額に相場を固定しようとしているわけではない。目標額、というのは既に決まっている
◆ルシアン:……というと?
◆アプリコット:人間というのは誰しも欲があるものだ。このようにしばらく高値でしか材料がないと、次に出す人間は自然と通常より高値で置く。本来は一つ1kだったクロウバードの羽根を1.5kで置くようになるのだ
◆アコ:そうですね、他のより安いんですし、ちょっと高くても買ってくれますよね
それはわかる。俺だってそうするもん。
普段より高めに売れるならそれに越したことはないからさ。
◆アプリコット:そうだ。そこで新たなラインを定める。1.5kの出品は許し、1.3kの出品は買い漁る。するとすぐに相場は1.5k前後で安定し、出品が増える。すると買い占め相場固定だとは誰も思わんだろう?
◆ルシアン:でもマスターが買わなくなると段々と値段が下がっていって、最終的にまた1kに戻るんじゃないか?
◆アプリコット:私が動くのはその狭間の時間だ! 相場が1.5kで安定しているタイミングで、最初に1kで買い占めた大量のクロウバードの羽根を売りさばく! 間違いなく全てを1k以上で売ることが可能だ! 売れば売るだけ儲かる!
◆アコ:なるほど!
感動しました! ってリアクションやめてアコ!
◆ルシアン:十分過ぎるほど外道だ!
◆アプリコット:策略家と呼んでくれたまえ
◆アコ:ルシアン、私もこれで稼ぎたいです!
そんなきらきらした瞳で言っても駄目だぞアコ。
◆ルシアン:大失敗する未来しか見えないから、頼むからやめてくれ
FXで有り金全部溶かした人みたいになるぞ。
◆ルシアン:そもそも物選びの知識、相場を見極める判断力、さらには操作量だって必要になるんだぞ、市場操作には。アコにできるのか
◆アコ:全部無理ですけどお金は欲しいです!
◆ルシアン:物欲だけじゃ駄目! そういう人は地道に働きなさい!
◆アコ:人生一発逆転とかちょっとは夢見てもいいじゃないですかー!
アコはマスターのお手軽金儲け──に見えるやり方に惹かれてるみたいだけど、実際そんな楽なもんじゃないんだぞ?
◆ルシアン:あー……んじゃマスター、始めたばかりの今の段階で収支ってどんなもん?
◆アプリコット:マイナス400Mというところだな
◆アコ:よっ!?
アコが絶句した。
聞いといてなんだけど、俺も絶句した。
どんだけ経費がかかってんだよ、失敗したら終わりじゃん。
っていうか元からそんなに持ってたならノルマとか言わなくてもマスターが……いや、それについては言うまい。
◆アプリコット:散財した後で元手が少なくてな。儲けが出るまでおよそ三日はかかる、それまでは掘り出し物の横流しで稼ぐさ
せどりってやつか。ネトゲでは転売ヤーとか呼ばれるな。
これもこれで、あんまり歓迎されない稼ぎ方だ。
◆ルシアン:どうだ、やりたいか、アコ
◆アコ:無理でずうううう
所持金の大半を売れるか売れないかもわからない物に突っ込むだけの自信がなければできないわけで。
アコや俺にはとても無理なんだな、これも。
◆ルシアン:んじゃマスター、オクハンはほどほどになー
◆アプリコット:オークションハントこそが最大の楽しみだ、任せておけ
変な策略考えてる時が一番楽しそうなんだよな、あの人。
でもあれで意外とドジっ子だからなあ……大丈夫だといいけど。
◆ルシアン:やっぱ二人の手段は俺達には無理、と
◆アコ:やっぱりスリッパ先生しかないんですかね……
しょんぼりと大通りを歩いていると、ぴょこぴょこ揺れる猫耳が横を通り過ぎていった。
◆猫姫:にゃ?



