二章 巨大商伝 ②
「やめてくださいよ、噂をしたら出るんですよ、そういうのって!」
「どっかで聞いた話だな」
言っとくけど駅前で教師を刺そうとする女子高生とか、既に相当なホラーだからな。
むしろ今の状況はホラーじゃない。
「で、これ……マスターだよな」
「でしょうねえ」
すー、すー、とかすかな寝息と共に黒い頭が上下してる。
机に倒れこむように寝たから、顔が隠れて貞子状態になってるだけらしい。
「どうしましょう、起こしますか?」
「うーん……」
ゆっくり寝てるならそっとしてあげたいところだけども。
「ん……ぬぐぐ……その1kだけ安く並べるのはやめろ……許さんぞ貴様……」
「うなされてるよ、マスター」
「夢の中でも市場操作してるんですね」
そっとしておこう。
そう決めて、俺は扉を閉じた。
そんな風に、リアルにかなりの悪影響を及ぼしながら進んでいる俺達の資金稼ぎ勝負。
部活の時間もさしてやることに差はない。
「ふむ、悪い値段ではないな。捌ければ200kか……二週間で売れれば、だが……」
「……バロンタイム、いちろくさんぜろ、再POP三時間……っと……」
「アコ、バフのかけ直し」
「はい、この三匹が終わったらかけます」
こんな具合で、会話なんてたまーにしかないよ。
具体的には、
「ルシアン、スニーカーズクロークの相場は知っているか?」
「先週35M前後で売れてるのを見た」
「ふむ、もう少し上乗せできるか」
「マスター、プチドラの副属性なんだっけ」
「毒だ、毒レベル2」
「おっけ、ありがと」
「ルシアン、ちょっと右に五匹残ってました」
「見逃したか。悪い、戻る」
このぐらいだ。
超、事務的。
余りにもシリアスな空気に、書類仕事をしていた猫姫さんも若干引き気味だ。
「み、みんな病んでない? 大丈夫? たまには集まって狩りとかしてみたら?」
そっと声をかけた先生に、視線も向けずに返す面々。
「その間に相場が動いたら責任が取れるので?」
「悪いけどボスの時間があるから」
「それってスリッパ先生何体分儲かります?」
「え、ええと、あの……にゃ、にゃにゃ……にゃんでもない……です……」
気を使った先生の方が気圧される有様だった。
「ル、ルシアンはまとも?」
まとも?
まともですって?
俺に聞いたんですか先生?
「いやあ、僕も眠気と辛さが限界でねー、それでも狩りの最中だけは体が勝手に動いちゃうから普通にやってるだけでねー」
「ルシアンのキャラが変わってるのにゃー!」
失礼だなー、はははー。
「二人のパソコンから、販売報告メールが届く音がするたびに、ボス討伐のMVP効果音がするたびに、俺とアコは追い詰められてるんですよー、わかりますかー、理解できますかー、せんせー?」
「じゃ、邪魔してごめんなのにゃ!」
「わかってくれればいいです」
「負けられないんです、私達にも譲れないものがあるんです」
「仲良くやれば良いのににゃあ……」
それじゃつまんないでしょうが。仲間内なら競い合うのもまた楽しいんですよ。
そうしてそれぞれに追い詰められながらも、俺達は順調に金を貯めていった。
勝負はまだまだわからない、負けないぞって。お互いが思ってた。
この日までは。
部活が終わっても家に帰っても、まだまだ金稼ぎは続く。
帰宅してからもひたすら狩りを続けていた夜のことだ。
◆アコ:ちょっと休憩しましょうー
アコがそう言ったのは狩り始めてから二時間は経った頃だった。
言われてみると俺も疲れてる。相当頑張ってくれたんだな、アコ。
◆ルシアン:んじゃちょっと休憩にするか
町に戻る転移クリスタルを砕いて、やれやれと肩をほぐす。
あー、と目頭を押さえながら今日のノルマを思い返したりすると、もうどこのサラリーマンだよって気分になってきた。
学校に行って、戻ってきたらまた働いてるようなもんだけどさ。
久々に戻ってきたいつもの喫茶店。誰も居ない静かな店内も、ここで過ごす時間は残り少ないんだと思うとちょっと感慨深い。
◆アコ:一応予定通りに進んでますよね。このまま行けば勝てますか?
◆ルシアン:週末でどのぐらい頑張れるかが大事だけど、ペースとしては悪くないな。俺もソロで結構狩ってるし
◆アコ:私も時間があったら一人で頑張ってるんですよ。プライドを捨てて、炎のブレイドメイスにアースコートを着てスリッパ先生に挑んでます
◆ルシアン:偉いけど……装備は普通じゃん
◆アコ:普通じゃないですよ! 見た目が可愛くないんですよー!
◆ルシアン:戦闘中はそのこと忘れよう? TPOに合う服を着てるほうが素敵だぞ?
◆アコ:そ、そんな口車に乗る私では……私ではないんですけど……ああ、ルシアンに素敵だよって言われたい欲望が高まりますー!
俺の嫁がチョロ過ぎてたまに心配になる。
ただこう言ってる場面だけ見てるとチョロいんだけど、結局その日の気分で可愛い服を着てくるのは変わらないので、実はかなり頑固だったりする。その場で懐柔しないと駄目なんだよ。可愛いし強い、みたいなのがやりたかったら、猫姫さんぐらいはPSを上げて欲しいところなんだけど。
◆アプリコット:ぬっ、やられたか
◆ルシアン:どした?
◆アプリコット:掘り出し物を見つけたのだがな。数値を確認している二秒で持っていかれた
転売ヤーもライバルが多いからな、コアタイムの良品は奪い合いになるか。
◆ルシアン:そりゃ残念だ。一応順調なのか
◆アプリコット:全てが予想通りに回っている。羽根を売って得た利益で次に手を出す品も目をつけているしな
◆アコ:まだやるんですね。400Mの元手から増えたらそれでいいんじゃ……
むしろ市場操作が楽しくなってるだろ、あの人。
やっぱり最大の敵はマスターか。あの人を倒さなければ俺とアコに未来はない。
◆アコ:そういえばしゅーちゃんの調子はどうですか?
◆シュヴァイン:あ? 良くねえよ。調子良かったらもう終わってんだろうが
そりゃそうだ、ボス狩りってそういうもんだし。
もしも三回連続で超級レアが出たらそれで勝負は終わる。
でもそんなに機嫌が悪そうでもない辺り、結構順調なのかな。
◆シュヴァイン:ま、それなりに売れるレアも出てるしな、後はこの俺様の豪運で
と、そこでチャットが止まった。
お? と思っていると表示が出る。
▼シュヴァイン が ログアウトしました▲
◆アプリコット:回線が切れたか
◆ルシアン:ボス狩り中じゃなきゃいいけどなw
◆アコ:ですぺなはいやですー
まあすぐ戻ってくるだろ……と思ったんだけど、なんだか遅い。
待っても待っても帰ってこない。シュヴァインのアイコンはオフラインのままだ。
◆ルシアン:どしたんだろうな、親フラグか?
◆アコ:心配ですね
まさか大事故ってことはないだろ、落ちる前まで普通だったし。
なんて言ってると、ぶーん、ぶーん、ぶーん、と俺の携帯が鳴った。
なんか来た。見てみると『シュヴァイン様』からの電話だ。
◆ルシアン:あれ、シューから電話来た
◆アコ:電話ですか?
珍しい。
俺達の間でネトゲ中にリアル連絡することなんてめったにない。
特に瀬川は、俺の携帯の登録名が『瀬川 茜』じゃなくこの『シュヴァイン様』になってるぐらいなのに。
「もしもしー?」
『もしもし、西村?』
「おう、どした?」
通話先の瀬川はちょっと慌ててる感じだった。
声の感じは元気そうだけど、何かあったのは間違いなさそう。
◆アコ:しゅーちゃん大丈夫そうですか?
『それがね、ちょっと困ったことになって』



