二章 巨大商伝 ③
「困った? 何かあったのか?」
会話とチャットを同時にしながら瀬川の話を聞く。
◆ルシアン:本人が急病とかではなさそうだけど……なんか困ってるらしい
◆アコ:困ってるって、どうしたんです?
『ごめん西村、今からあたしんちに来て』
◆ルシアン:今から家にのおおおおおおおお
◆アコ:のおおお?
◆ルシアン:ごめんなし今のなし
あぶねえ、そのまま打ち込みかけた!
「待てお前、なんだって?」
『今すぐあたしの家に来て』
平然と馬鹿なこと言ってんじゃねえよこの馬鹿。
「何時だと思ってんだよ、遊びに行く時間じゃないぞ」
もう終電にもなろうかって時刻だ、そんな夜中に女友達の家に行けるか。
『大丈夫、今日は誰も家に居ないから』
「それ大丈夫じゃないやつだから!」
発言に問題しかないぞ!
わかってるよ、俺はわかってるよ?
家族に変な勘違いはされないから大丈夫だって言いたいんだろ?
俺はそんな台詞で調子にのったりしないよ?
一瞬色々と想像して焦ったけどすぐ気づいたよ?
でも俺と瀬川がどうこういうんじゃなく、アコが聞いたら大丈夫じゃないモードに入るから。そこが一番の危険だから。
「なんでいきなりお前の家だよ、どうしたんだ」
『動かないのよ』
「……なにが」
『あたしのさらまんだーが、動かないのよ』
さらまんだー、ですと?
酷く嫌な予感がしたけど、一応聞いてみる。
「…………さらまんだーってお前のペットとかか?」
トカゲのペットが冬眠に入りました、とかなら笑えるんだけど。
『んなわけないでしょ! 今さっきまでずっと一緒だった、あたしの相棒! あたしのパソコンよ、パソコン!』
ですよねえ。部室のうぉーましーんと似通ったセンスだわ。
「動かないのか? 何しても?」
『ぷつんって言って止まって、それから何も……電源何回挿し直しても全然反応しないし、なんか焦げ臭いし! あたしのさらまんだーどうしちゃったの!?』
「さらまんだーだけあって燃えちゃったんだろうなあ……」
炎に包まれて正しくサラマンダーになったわけか。
瀬川のパソコンが相当に古いのはわかってたからな。
今回の昼夜問わずのフル回転でついにお亡くなりになったわけか。
『とにかく緊急だから! 今すぐ来て直して!』
電話の向こうで必死に言う瀬川を思うと、すぐに行ってやりたい気持ちはあるけれども。
「落ち着いてくれ。何もわからず押しかけても役には立てない。まずは現状把握だ」
『現状把握って、どうすんのよ!?』
「とりあえず、どうして壊れたのかを確認しないと」
『何もしてないのに壊れたのよ! 原因なんてわからないわよ!』
「何もしていないと来たか……」
PCが壊れた時の鬱陶しい発言ランキング第一位が出た。
なら動くだろしらねえよって言いたいのをぐっとこらえる。
「お前が悪くなくても、何かしら原因はあるんだ。そこを調べるぞ」
『……どうすればいいのよ』
ちょっとは冷静になってきたらしい。ようやくこちらの話を聞く気になったか。
それならまずは──。
「では最初に、電源ケーブルはコンセントに挿さってるか?」
『あんた喧嘩売ってんの!?』
「売ってない売ってない! 単にPCが動かなくなった理由として一番多いから!」
知らぬ間にコンセントが抜けてたってのはよくあるから! 電源コードはよく絡まるし!
『ちゃんと挿さってるわよ! 本体にもつながってるわよ! そもそも焦げ臭いって言ってんでしょうが!』
ああ、そういえばそうだっけ。
気がつく位に焦げ臭いならちょっとしたミスでってのはなさそうだ。
「電源を押しても反応しないんだよな、ちょっと待ってくれ」
困った時の仲間頼みで、チャットを通して聞いてみる。
◆ルシアン:どうも、さらまんだーが……あいつのPCがお亡くなりになったらしい
◆アコ:こ、壊れちゃったんですか!
◆アプリコット:元より旧式だったというのに、最近の無理がたたったか……
◆ルシアン:んで、電源を押しても無反応らしいんだけど、原因わかるかな
◆アプリコット:無反応、か。BIOSまでも行かず、ランプもつかず、無音のままだというのであれば、おそらく電源部が原因だろう
ふむふむ、なるほど。
「パソコンが全く反応しなくて、光りもしなくて、一切音もしないのか?」
『そうそう、スイッチ入れても何も起きないの!』
◆ルシアン:どうもそれが当たりっぽいな。どうしようか
◆アプリコット:こんなこともあろうかと、予備の電源ユニットを用意している。必要なら明日にも付け替えられるぞ
◆ルシアン:……なんでそんなの用意してんの
◆アプリコット:本来は部活用だ。電源は壊れやすいからな
マスターの用意が良過ぎてむしろ焦る。
でもパーツが有るのはありがたい。泣きそうな瀬川の声を聞いてたから尚更だ。
「原因は電源っぽいんだけど、マスターが予備の電源ユニットを持ってるから、明日にでも付け替えられるらしいぞ」
『本当!? やった、明日学校終わったらすぐ来て!』
「あいあい、伝えておく」
俺はどうして通訳をしてるんだろう。直接マスターに言えよ、と思わなくもない。
◆ルシアン:明日付け替えに来てくれってさ
◆アプリコット:承知した。では明日は全員でシュヴァイン宅だな
◆アコ:お友達の家に遊びに……ど、どきどきします!
アコのドキドキポイントはそっちなのか。
◆アプリコット:一応言っておくが、電源が原因と思われるというだけで、実際のところはわからん。ただでさえ古い機体だ、過度な期待はするなと伝えてくれ
「明日行くけど、直る確証はないから期待すんなってさ」
『ぐっ……まあ、仕方ないわよね、古い物だし』
最新の電源ユニットなんて。ちゃんと合うんだか。
『んじゃそういうことで、お願いね。動かないかどうか、もうちょっと試してみるから』
言うだけ言ってぷちっと通話は切れた。
勝手な奴だと思うけど、この状況だと気持ちはわかる。
パソコンが壊れたら俺だって焦る、誰だって焦る。
◆ルシアン:しかし……あいつのパソコンの古さを考えると、正直嫌な予感がするな
◆アプリコット:直らなかった時、シュヴァインは大丈夫だろうか
◆アコ:しゅーちゃんはお金貯められるんでしょうかっ?
こらアコ。ライバルとはいえ、ちょっと嬉しそうに言うんじゃありません。
「蘇れ! さらまんだー計画を発動するわよ! いいわね!」
「おー!」
「フェニックスとは違うんだから、蘇れと言ってもなあ」
「蘇ったらふぇにっくすに改名してもいいわね」
改名しなくてよろしい。
翌日の放課後、現代通信電子遊戯部は、さらまんだー修復チャレンジに向かう。
電車で前ヶ崎から二駅。その小奇麗なマンションは小高い丘の途中にあった。
「オートロックなんですね!」
アコはロビーの扉を開ける瀬川を、なぜかきらきらした瞳で見つめる。
「そりゃそうだけど……むしろあんたは何なのよ、アパートに住んでんの?」
「こいつの家、それなりにでかいぞ」
「うざっ」
「え、えええっ」
戸建だろうがマンションだろうが何でもいいけど。
ロビーを並んで歩きながら、ふと気になって聞いてみる。
「ちなみに……マスターの家ってどんなとこ?」
ちょっとした興味だったんだけど、マスターは難しい顔で唸った。
「一言で説明するのは難しいが……」
「説明が難しい家ってどんなよ」
本当にどういう家なんだろう。
流石にビル一軒まるごと、とかではないだろうけど。
ないよね? ないよな? ちょっとないとも言い切れないけど。



