二章 巨大商伝 ④

「そうだな……」


 と、マスターは目の前に下りてきたエレベーターを見ながら言う。


「とりあえずエレベーターはあるぞ」

「なんで自宅にエレベーターがあんだよ」

「何なのよあんた……」

「生まれた時から格差社会! 転生レベル1とかズルいです!」

「そこまで言われるようなことか!?」


 そのエレベーターに乗って、上るは八階。

 エレベーターを降りた目の前に『瀬川』と表札がついた一室があった。


「ただいまー」

「おかえりー」


 玄関を開けた瀬川が言うと、中から声が返ってきた。

 お、お母さんが居るんだ。

 アコのお母さんはかなり慣れてきたんだけど、瀬川のって考えるとちょっとビビる。


「あら友達? あんたが友達連れてくるなんて珍しい」

「人聞きの悪いこと言わないでよ」


 人聞き悪くないぞ、俺達全員、家に友達連れて行ったらそう言われるから。

 廊下に出てきた瀬川のお母さんは……おお、小さい……アコよりちょっと小さいってぐらいに小さい。そして勝ち気そうな顔が似てる。遺伝だなー、これ。


「はじめまして、御聖院です。茜さんとは同部で、日頃から色々とお世話になっております」

「た、玉置と申します! 末永くよろしくお願いします!」

「堅苦しい挨拶とかしなくていいから! どもーって言っときゃいいのよ!」


 二人共テンパってる!

 アコだけじゃなくマスターも友達とか居ない人だったね!


「面白い子達ねー」


 あたふたする二人に、瀬川のお母さんはケラケラ笑っていた。


「あ、猫! 猫が居ますよ!」

「ポポリーよ。懐っこい子だから服に毛がつかないようにね」


 適当に言いながら、瀬川はささっと奥の部屋に入っていった。あれがあいつの部屋かね。

 しかしポポリーか。やたら飯を食いそうな名前だな。


「こ、こんにちはー。ぽっぽー」


 音もなく寄ってきた丸い瞳の黒猫に、アコがしゃがみこんで目を合わせてる。

 黒と黒で相性良さそうだな、とちょっと思った。

 っと、そういや俺だけ挨拶してないじゃん。


「どうも、お邪魔します」


 そう頭を下げた俺に、瀬川のお母さんはじーっと妙な視線を注いで、


「あら、茜が男連れてきた」

「えっ」


 俺ってその枠になるんですか?

 面子としては女子率の方が高いですよ?


「キミ、茜のカレシとか?」

「怖いこと言わないでください」


 思わず即答した。瀬川がどうのじゃなく、怖いのはアコです。

 っと、初対面の人に失礼なことを。


「すみません。ええと、そういうのではないです。俺が好きなのはこっちです」


 こっち、と、じーっと猫と見つめ合うアコを指す。


「へえ、この子?」

「この子です」


 噂のこの子は、恐る恐る猫に指を伸ばして、猫パンチで迎撃されてた。

 おお、びくうってなって毛が逆立ってる。アコの毛がな。猫じゃなくてな。

 ポポリーさんは悠々と体を伸ばしてる。飼い主に似て大物だわ。


「ルシアン、叩かれました! 叩かれましたよ!」

「はいはい怖かったなー」


 ぴょんぴょんと寄ってくるアコを、猫扱いで撫でた。


「というわけなんで大丈夫です」


 瀬川のお母さんもふーん、と納得した様子。

 変な誤解が生まれなくて良かった良かった。


「じゃあ他の男ってどう? 学校にカレシとか居るんじゃない?」

「結構モテるみたいですけど、そういう話は聞かないです」

「んー……うちの家系に奥手は少ないんだけど、誰に似たのかしらねえ」


 そんなこと俺に言われても。


「あんた達、遊んでないでさっさと来る!」


 奥の部屋から顔を出して、瀬川がそう叫んだ。


「はいよー、じゃあお邪魔します」

「はいはい、ゆっくりしてってね」


 のほほんと適当に言う瀬川のお母さん。

 他人の家、やっぱ落ちつかないねえ。


 意外かな、そうでもないかな。

 瀬川の部屋は入ってみるとかなりこざっぱりとしてた。もっとゴチャゴチャっとしてるかと思ったんだけど。

 ただ俺達が玄関で話している間にちょっと物を隠した気配はあったりする。

 見ちゃ困る物があった時に酷い目にあうのは俺だから、むしろ助かるけど。


「……焦げ臭いな」

「これがさらまんだーの最期の炎か」

「最期って言うのやめて」


 本来はするのであろう女の子の匂いよりも、さらに濃い焦げ臭さが充満してた。

 これ、この臭さ、駄目なんじゃないかなあ……。


「で、そのさらまんだーがこの子なんだけど」

「古っ!」


 ふっる! 古い! マジで古い!

 目に飛び込んできた箱型のモニター──箱型のパソコンじゃない、箱型のモニターだ──に、俺は思わず叫んだ。現役なのか、これを使ってたのか!


「よくLA動いてたな!」

「るさいわね、最低設定ならなんとかなるのよ」

「OSは?」

「Me」

「わざとやってんの?」


 意図的に酷いのをチョイスしたんじゃないかって気すらしてくる。

 俺の視線にぐっと表情を歪め、瀬川はばたばたと両手を振った。


「だって、おさがりなんだから仕方ないでしょ! 文句はお兄ちゃんに言ってよ!」

「お兄ちゃん?」


 アコが反応した。

 あ、お兄さんが居るのね、瀬川。


「あ、あああ兄貴のなのよ、元々は! それをもらったの!」

「お兄さんが居るんですねー」


 一人っ子なのでうらやましいです、とのんびり言うアコ。

 そうでもないわよ、ほほほ、と答える瀬川の表情がひきつってる。

 別に何も言わんよ。俺も妹がお兄ちゃんって呼んでくれなくなったら寂しいし。


「茜ー、お茶持ってきたわよー?」


 そう声が聞こえた後で、コンコン、とノックの音が。このフリーダムな感じ、瀬川のお母さんだわ。


「ドアの前に置いといて!」

「開ける時にこぼすんじゃないわよー。あんた前にもこぼして廊下びちゃびちゃに……」

「やらないから! いいから! ありがと!」


 慌てて、でもそーっと扉を開けてお盆を引っ張り込むと、瀬川はぜえはあと荒い息を吐いて倒れ伏した。


「こういうのがあるから家に連れてくるのは危ないのよね……あたしのクールなキャラが……」

「どんだけ前の段階で崩壊してるキャラだよ。春までだろ」


 そんなの後生大事にすんな。


「シュヴァインのキャラクター性については後で語り合うとして」


 ずっとパソコンの様子を見ていたマスターが両手にドライバーを構えた。


「とりあえずバラす、ということで良いだろうか」

「そうだな」

「よろしくお願いします」


 ぺこりと瀬川が頭を下げた。


「では、術式を始めるぞ」


 言うだけあってマスター手先器用。凄い。俺達することない。

 なんかそんな感じで、マスターが手際よくパソコン本体を開き、中をあらためた。


「ふむ……」


 どれどれ、と覗き込んでみる。


「どう、いけそう?」

「無理そう」

「諦めんじゃないわよ!」

「せやかて瀬川」


 くんくん、と鼻を鳴らして臭いをかいでみるに。


「明らかに電源とは違う部分が焦げ臭い気が……」

「む、むう……」

「うるさいわよ! 付け替えましょう、電源! さあ!」

「他の部分に問題があるまま電源のみ入れ替えると、こちらにまで問題が波及する場合が」

「いいからやるうううう!」


 必死乙、とは笑えない。

 何せここで直らなければ今夜のネトゲができないんだ。瀬川にとっては死活問題だもんな。


「やるだけやってみるぞ」

「あいよ。ええと、このケーブルに合うソケットがこれで、グラボの電源ソケットは……いや、このパソコングラボがねえ……オンボだ……」


 とことんゲーム用じゃないなあ。


「いけそう? いけそう?」


 わかんないからちょっと待ちなさい。


「ぽぽりー、ぽぽりー、おいでー」

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