二章 巨大商伝 ⑤

 アコは猫と遊んでないで……いや、遊んでていいや。



「さん、にー、いち」

「スイッチオン!」


 ひゅいーん…………ぷつん。


「リトライよ!」

「電源を挿し直したぞ。さん、にー、いち」

「スイッチオン!」


 ひゅいーん…………ぷつん。


「も、もう一回!」

「諦めろって……」

「何よ! 反応してるじゃない、ボタン押したら!」


 確かに一応は反応してるけどな。

 音がしてすぐに止まるっていう反応が。


「BIOSにすらいかないのにどうしろと……」

「じゃあ何が悪いのよ! どこが壊れてるの、これ!? マスター!?」


 問われたマスターは、ご臨終を告げる医師のように、ゆっくりと首を振った。


「何通りかにわかれるが──最終的に確かめるには器具が必要だな、私達の手に余る」

「そんな……じゃあどうするの? その壊れてるっぽい部分のパーツ一個ずつ交換する?」

「これ普通に電気屋で買ったやつだろ。しかも古いし。コネクタと相性がとんでもなくシビアだから……」


 大昔のパーツだらけだ。最新の部品で継ぎ接ぎしてまともに動くかどうかは……。


「じゃ、じゃあ修理に出すわよ!」

「こんな古いPC、元のパーツで修理してもらえるのかな」

「凄くお金かかるんじゃないですか?」

「おそらくは買い換えた方が安くなるのではないだろうか」


 どんな延長保証があっても切れてるだろうからなあ。

 結局それが妥当になってくるよな。


「元からパソコンがあって、設置しても怒られるわけじゃないんだし、買っちゃえば話が早いか」

「うぐぐぐぐぐ」

「瀬川、予算は?」

「五百円ぐらいなら……」


 はははこやつめ、無茶なことを言う。


「なんでそんなに貧困してるんだよ」

「ボス狩りじゃノルマがきつそうだから……ガチャをちょっと……」


 だからガチャはやめろと言ったのに。

 生活に無理のある課金はこうなるのだ。


「ママと相談してみる……」


 しょんぼりと座り込んだ瀬川の指先を、ポポリーがぺろりと舐めた。

 灰になったご主人様はそれぐらいでは復活してくれなかったけれども。


   †††   †††   †††


 翌日、昇降口で靴を履き替えていると、憔悴した様子で登校した瀬川に出くわした。


「よっ。親との話し合いはどうだった? 予算増えたか?」

「予算、370円」

「ジュース飲んでんじゃねえよハゲ!」


 減ってんじゃねえか!

 あきれた俺とは裏腹に、瀬川は本気で必死らしい。真っ青になって俺の腕をつかんでくる。


「どうしよう、ねえ、どうしようルシアンー!」

「落ち着いて! ここ学校だから、お前普段俺のことルシアンって呼んだり、半泣きですがりついたりしない奴だから!」

「ど、どしたの茜!?」


 タイミングよく来ていた秋山さんが寄ってきた。

 すぐさま俺から離れてそっちにしがみつく瀬川。おお、助かった助かった。


「どうしよう奈々子ー!」

「何かあったの? 西村君に何かされた?」


 とりあえず俺を加害者にしておけばいい、みたいな発想はいかがなものかと思います。


「あのね、お金が、お金が要るのよ!」

「……えっと、うん、それは知ってるけど」


 またその話? みたいな顔をする秋山さん。

 違うよ、今の『お金が要る』はそんなレベルの話じゃないんだよ。


「じゃなくて。こいつの家の……あれ、パソコン、壊れちゃってさ」


 後半はちょっと小声で言った。

 誰かに聞こえたら悪いし。


「あらら、そうなんだ。大変だねー」

「どうしよう奈々子ー!」

「どうしようって言われても……」


 少し虚空を見つめた後、ぱっと目を見開く秋山さん。


「そだ、部室の持って帰れば?」

「なるほど!」

「こらこらやめとけ」


 そんなの許されるはずないだろ。どうせ怒られるんだから。


「あれは一応備品なんだって。これでも正規の部活だしさ」

「くう……凄く良い考えだったのに」

「完璧に泥棒だぞ」


 いくらパソコンが必要でも、流石に学校で問題を起こすのはまずい。


「んで新しいのは買っても良いって言われたか?」

「うん、それはいいって。でもお金は出さないから勝手にバイトでもして買えって」


 ふーむ。妥当ではあるけど、ちょっと残念だ。

 やっぱお金を出してくれるってほど甘くはなかったか。


「新しいの買うの? いいなー」


 秋山さんが買う前提で考えてるけど、その金どこから出てくんのよ。


「買いたいけどそんなお金ないのよ……」

「会長さんに借りれば?」

「駄目よ。そういうことが始まると仲間で居られなくなるのよ」

「んだな」


 それはだめ。

 部室にあるゲーミングマウスとか、無駄になってても誰も持って帰らない。

 なんかそういう部分はちゃんとしてるギルドなのだ。


「……そっか。んじゃどうしよっか」

「やっぱバイトするしかないかも。ねえ奈々子、簡単で、短時間でできて、その場でお金がもらえる、しかも凄く儲かる仕事って知らない?」

「え、ええっ!?」


 すがるように聞いた瀬川に、秋山さんは驚いた顔で俺を見た。

 なんで俺を見んの? 俺は関係ないよ?


「えっと、その、仕事ってのは……要するに男を紹介しろってこと……じゃ、ないよね?」

「なんでそうなんの!? どうして!?」


 恐ろしいことを言い出したぞ!


「だって! 茜が! 簡単で短時間で終わって! その場でお金がもらえて! すっごく儲かる仕事とか言うから!」

「ち、違うわよ! 今のはあたしの聞き方も悪かったけど、そんなの探すわけないでしょ!」

「だ、だよねー……良かったー」


 なんで二人して俺を見るんだよ、だから俺は関係ないってば。

 でも微妙に気恥ずかしいから顔を逸らしてみたりする。俺は何も聞いてないです。


「じゃ、じゃあ、普通のアルバイトってことでいいの?」

「そうそう。学校に怒られないやつ」

「んー、友達に聞いてみるね」

「悪いわね、お願い」


 そう頼んだのが、朝のこと。

 そして放課後、部室にひょっこりやって来た秋山さんは、


「これぐらいはあるみたいだけど」


 と、メモの束みたいなのを机にのせた。


「なんぞこれ」

「バイトだよ?」

「全部ですか?」

「うん、全部全部」


 呆然と見つめるアコの肩に手をかけて、リア充さんはにっこりと笑った。

 そしてすぐアコに逃げられてた。ちょっと寂しそうで、可哀想。


「これ、どこから集めてきたの?」


 抱えるほどあるとは言わないけど、かなりの数がある。

 種類もバイト雑誌の切り抜きみたいなのから、個人の手書きメモまで色々だ。


「こっから選ぶのか……」

「選び放題ですねー」

「別に探してるのあたしだけだし、あんた達が選ぶわけじゃないでしょ」


 なんでそんな他人事みたいに言うんだよ、寂しいなあ。


「一人で背負い込むことはなかろう」

「そうですよ、同じギルドのメンバーじゃないですか!」

「お前が居ない間に俺達だけで遊んでたら嫌だろ?」

「みんな……一緒に頑張ってくれるの?」


 当たり前だ。ギルドメンバーが必死に働いている間、楽しくネトゲしようなんて、そんな冷たいことはしないぜ。


「やっぱり仲間なんだね、みんな」


 感動のシーンに、うんうんと頷く秋山さん。

 そうだろうそうだろう、俺達は一心同体の仲間なんだよ。


「全員分のバイト代を集めたらすぐ買えそうだね、茜。良かったー」

「は?」


 何を言ってんの? 全員分?


「お給料は各自ですよね?」

「当然だろう」

「だよな?」


 アコもマスターもうんうん頷いてる。


「え、ええ!? 茜のパソコン代でしょ!? 茜に渡すんじゃないの!?」

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