二章 巨大商伝 ⑥
なんで俺達のバイト代が瀬川の懐に入ると思ったんだろ。
「おかしなことをおっしゃるなー、秋山さんは」
「素材集めというなら渡しても良いが、現金となるとな」
「私もお金はないんですよー」
「じゃあ何の意味があってみんなでやるの……?」
「何の意味って……ほら、面倒なクエを一人でやらせるのって可哀想じゃん」
面倒な連続クエとかさ、一人でやったらつまんないけど、みんなでやったら面白いんだよ。だから手伝いで付き添うけど、もちろんクエ報酬は各自。そんな感じ。
「そうかなあ……」
残念だ。ご理解いただけないらしい。
「あと、もともとバイトに興味はあったけど、一人で探すのが怖いからこの機会に」
「それありますよね!」
「あー、そっちはまだわかるかな……うん……」
新しいネトゲを始める時もみんなで始めた方が面白いのです。
問題の瀬川はぺらぺらとバイト一覧をめくりながら、気になったバイトを抜き出してる。
これだけあったら良いのもありそうだけど。
「よくもこれ程の数を集めたな」
「あー、うん。うちのバイト人が足りないよ、って言ってた子のがいっぱいあるんだ。どこも人不足みたいで」
「それ良いな。誰かの紹介があれば楽だし」
「えええ、そうですかっ?」
見知らぬバイトに応募するより、知り合いの紹介があったら楽だよな──と思って言った俺に、アコが即座に異論を唱える。
あれ、変かな? 普通じゃないの?
「だって知り合いの紹介なら面接とか楽そうじゃん」
「でも嫌なことがあっても不満を言ったり辞めたりできないじゃないですか」
「辞める前提で考えないでね?」
紹介側の秋山さんが困り顔になってしまったので、そういうことはしないように。
「んー、でもあたしもバイト雑誌とか見て電話する方が楽かなー」
「マジか。瀬川なら誰かの紹介を選ぶと思ってた」
「電話するのも怖いです! ホームページから応募するとかの方が……」
かなり人によるんだなあ。
想像でしかないんだけど、俺は面接ってのが一番怖い。
こいつうちで働けるの? って見定められんだよ。とてつもなく辛いじゃん。
そこにプラス補正をかけられる知り合いの紹介って凄く助かると思うんだ。
†黒の魔術師†さんのギルドに入ろうとした時、それはもう面接で怖い思いをしたけど、もしも今なら、入りたいですーって声をかけるだけでさらっと入れてもらえると思う。
大きな違いじゃないかなー、こういうの。
「こういったものの選び方は人によって違いがあるからな。加入ギルドを探すのに、知り合いの伝手を頼るか、ゲーム内で募集している人間に声をかけるか、公式フォーラムを漁るかの違いだ」
そんなもんか。面接が怖い俺と、人当たりが良いので会話からスタートするのが好きな瀬川、とにかく接点が少ないのが良いアコね。
「で、どんなバイトがいいんだ? 希望は?」
瀬川に聞いてみると、すぐにアコが手を上げた。
「何もしなくても山盛りお金がもらえる仕事がいいです!」
「そんな仕事あるかよ。っていうかアコ、もし万が一あったら紹介してくれ」
「あるわけないでしょ、あんた馬鹿なんじゃないの」
希望を言う分には自由じゃないか。
呆れたように言われると、ちょっと悲しくなる。
「……一応だが、寝てるだけでお金が稼げるバイトならあるぞ?」
「ええ!? どんな仕事なんですか!?」
「うむ、最新の薬の安全を人間で確かめる臨床試験を受けるバイトでな。薬の投与さえ受けていれば、後は寝ていて良い」
治験じゃねえか!
「マスター! アコに治験のこと教えるのやめろ!」
病院から出てこなくなるだろ! 困るって!
「それ、パソコンは使わせてもらえるんですか?」
「持ち込めば使えるかもしれんが……ネトゲし放題とはいかないだろうな」
「……じゃあいいです」
アコは酷く残念そうに諦めた。
危ない、アコ向きな仕事過ぎて危ない。
「そもそも未成年はできないでしょ」
「なんで知ってんの、そんなこと」
「昨日携帯で調べたの」
こいつもご同類かよ。
バイトって言われて最初に治験を連想するのはやめよう。
「もうちょっと健全なバイトを探そうぜ。ネトゲのレベルアップ代行とかねーの?」
「どこが健全よ!」
需要と供給が嚙み合った健全なバイトじゃね?
おかしいかな?
「ルシアン、垢共有は規約違反だ」
「あー、それか。盲点だった」
「突っ込むのそこじゃないわよ!」
「他人のレベルを上げるなら私のレベルを上げてくださいよう」
アコのレベルを上げるぐらいならもっとセッテさんの世話をするっつうの。
「茜に合ってる仕事なら……ほら、メイド喫茶のバイトとかあるよ」
で、そのセッテさんがまともな意見を出したんだけど、
「やめましょうっ! 絶対にやめましょう!」
「えー、なんで経験者のアコちゃんが止めるの?」
「だからじゃないですかっ! あれはトラウマなんですっ!」
「アコ君のドジっ子メイド伝説は生徒会室まで届いていたぞ」
「嫌だって言ったのにー!」
可哀想に。アコがじゃなく、校内に響き渡るぐらいの被害を受けたお客さんが。
「んー……楽そうで……メイド……高給……あ、いいかも!」
と、瀬川が一枚の募集を広げた。
自信満々で見せてくる辺り、きっと良い仕事なのかね。
「これ! アキバのバイトで、なんかメイド喫茶っぽいんだけど、内容が楽そう!」
「内容が楽って、具体的に何すんの?」
瀬川はキラキラと輝く瞳で言う。
「メイドの格好をしてお客さんを引っぱたくか、踏むか、プロレス技をかけるんだって!」
「……え?」
何を言ってるんだろう、この子は。
固まる俺達に、瀬川はなおも嬉しそうに続ける。
「でね、たったそれだけなのに時給がこんなに高いの! 凄くない!?」
瀬川がネタでこんなこと言うわけないから、素なんだよね?
それってなんかあの、たまにニュースとかになってるヤバイお店なのではないでしょうか。
「ぶふっ」
あ、マスターが噴いた。
「茜ー、それはやめといた方がいいと思う、かなー?」
秋山さんも笑いをこらえながら首を振った。
「やめれ、やめなさい瀬川さん。ルシアン的にそのバイトはおすすめしないぞ」
「なんでよ、楽そうだし一気に儲かるし、良いじゃない。ねえアコ?」
「わ、こっちのバイトの三倍ぐらい時給がありますよ」
「さらにプラスで歩合だって。しかも高校生歓迎って書いてある」
いやいやいやいやないないない。
友人として、仲間として、断固薦められない。
「これはマジでやめとけって」
「だからなんでよ」
「……なんでってそれは」
似たようなことしてた店が警察に摘発されたんです、とは口に出しにくい。なんで捕まったんだって聞かれたら困るし。
あーもう、ニュースとか見ろよ少しは。
ああいうのがあるせいでオタクの立場が下がっていくんだからな。
「なんつうかな、ほら、割の良いバイトってのはやっぱり裏があるんだって」
「んなことわかってるわよ」
無理やり引っ張りだした言い訳で反論してみたんだけど、
「そりゃ多少大変なことはあるかもしれないわ。でも仕事なのよ、お金をもらって働くのよ。幾らか苦労するとしたって、そんなのは歯を食いしばって我慢するべきことなのよ。短い時間でパソコンを買えるぐらいお金貯めようっていうんだから無理は承知の上よ!」
意識の高い学生みたいな顔で言いやがった!
その男らしい台詞はこのタイミングで聞きたくなかった!
そういう意味での決意が通用するタイプのお仕事じゃないと思うよ!
ああもう、どうしようこの馬鹿!?



