二章 巨大商伝 ⑧

 ぐっと、小さくて細い何かが俺の腰辺りに触れた。

 そしてぐいぐいと軽い重圧をかけてくる。

 お、踏まれてるな、ってわかるぐらいの軽い圧だ。

 痛いっていうよりいっそ気持ち良い。


「なんかマッサージされてるみたいだけど」

「それで正しいらしいよー」


 監督役の秋山さんからOKが出たので、これで正解らしい。

 あれ、意外と悪くない感じ。親しい人に優しく踏まれても別に嫌じゃないな。


「これが人を踏み台にする感触か……」

「あの、そっちは変な感覚を体験しなくていいよ、マスター」

「踏まれているルシアンの方はどうだ、新たなクエストを受注していたりしないか」

「変なクエ開始させようとしないでくれ」


 達成したら新たな世界に目覚めちゃうじゃないか。


「大丈夫ですよ、ルシアンが望むなら私がいつでも踏みますから!」

「その気遣いは要らないやつだから忘れてくれ」


 アコにげんなりと言い返す。

 大体だな、瀬川のためにやってるのにマスターに踏まれるってのがそもそもおかしいんだ。

 そう考えるとなんだか腹が立ってきたぞ。


「ぬぐぐ……あんまり調子に乗ると後でマスターを踏み返してやるからな」

「ほう?」

「それも靴なんて脱がないからな。制服にたっぷり俺の足跡をつけてやる」

「ほ、ほお……私の白い制服がルシアンの足跡で汚されるわけか……」

「……あれ?」


 あの、マスター? 怒らないの?

 うつ伏せの俺にはマスターがどんな顔をしているかわからないけど、なんだかリアクションが予想と違う。

 もっと不敵な感じの返答があるものかと。


「それはどこか倒錯的な快感がありそうだな、楽しみにしている」

「楽しみにしないで!」


 この人は絶対にドSとは別の何かだ!

 むしろ新しい世界に目覚め始めているマスターだ。


「うーん、やっぱりうつ伏せのルシアン君を踏んでるだけじゃ真のドSには遠いんじゃないかな? せめてお腹をぐりぐり踏むぐらいはしないと!」


 と、秋山さんがそんなことを言い出した。

 別に腹だろうが頭だろうが踏めばいいけども。


「む、そうか。ルシアン、こちらを向いてくれ」

「へいへい、好きにしてくれ」


 投げやりな気持ちでくるりと体を回転させて、部室の床で仰向けになる。

 やっと俺を見下ろすみんなが見えた。

 すぐ近くでちょっと心配そうに見てるアコと、踏んでないくせにやたら目を輝かせてる瀬川と、ちょっと赤い顔で俺を踏もうとしてるマスターが、下から見上げる視点で、見える。


「さあどこなりと踏んで……く、れ……」


 あ、これは、いけない。

 何も考えずに仰向けになっちゃ駄目だった。

 当たり前じゃん、だってみんな制服じゃん、スカートじゃん。

 地面に転がって上なんて向いたらだめじゃん、そりゃこうなるじゃん。

 凄いのが全部全部全部見えちゃうじゃん。


「待って、これは駄目、無理、いけません」

「何が駄目なのー?」


 秋山さんだけちょっと遠くでニヤニヤ笑いながら見てるし!

 計画通り! みたいな顔してるんじゃないですよ!


「タイム、ストップ、キャンセル──うわっ」


 立ち上がろうとした俺の上半身を、瀬川の足が押し戻す。


「キャンセル不可よ。どうせならあたしも踏んでみよっと。アコもやってあげなさいよ」

「じゃ、じゃあちょっとだけ」

「ふふふ、いくぞルシアン」

「ちょっ、やめろ、足を上げんなお前ら!」


 見える! 見えちゃうから! それ以上足を上げたらあああああ!


「ほほう、嫌がられるとこれはこれで……なにか得も言われぬ快感があるな」


 マスター、黒い、黒くて凄い大胆なのが見えてるから! 学校に何を穿いて来てんの!?


「ほーれほーれ、踏まれる気持ちはどう? 目覚めそう?」


 違う、お前の縞々の下着で目覚めそうなのは別のものだ!


「この辺とか気持よくないですか? ルシアン?」


 普通に白いので安心したけど、なんか見せつけるみたいに寄ってくるのやめてアコ!


「やめ、ちょっ、本当に」


 白いのと縞々のと黒いのがずっとちらちらして、顔に血が上ってきた。

 あと、別の部分にも血が集まってきた!

 これがバレたら、社会的に死ぬ!


「うおああああああ」


 足を跳ね飛ばしてがばっと起き上がる。その動きでさらにスカートが大きくめくられたのには気づかない振りをして、膝を抱えるように身を縮めた。

 危なかった、本当に危なかった。コンティニューできない死に方をする寸前だった。


「わっ……っと、ちょっと、危ないじゃない」

「すまない、やりすぎたか」

「……謝ることは何もないんだ」


 ただ少しの時間俺から離れてそっとしておいてくれれば。


「どうだったルシアン君?」


 ニヤニヤ笑顔を崩さないまま、秋山さんが寄ってくる。

 貴様に言いたいことはたった一つだけだ。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 完璧な仕事だった。

 感謝はちゃんと言葉で伝えたいと思います。


「何のお礼よ。そんなに踏まれるのが気に入ったならスパイクで踏んであげるわよ?」

「るさい。縞パンはゲームだけにしとけ」

「はあっ!? ちょっ、何見てんの!?」


 ばっとスカートを抑えた瀬川がじりじりと下がっていく。

 が、今更になってそんなことをしても手遅れなわけで。


「っ、ああ、さっき! 踏んでる時に見たわけ!?」

「気づくの遅過ぎるだろ……もっと羞恥心とか身に付けろよ」

「普段はちゃんと気づくわよ! あんたを踏むのにテンション上がってたから!」


 お前マジでドSだな。


「あとマスター。よくわからんけど、その下着はきっと校則に違反してるんじゃないかと」

「あ、ああ……そうか、うむ、気をつける」


 下着に駄目出しされて嬉しそうに照れる人がドSを自称するのはどうかと思う。


「ルシアン、二人のも見てたんですか!?」

「アコが怒るのはそこかよ。っていうかお前は気づいてたんだから隠せ」


 親しき仲にもなんとやらだぞ。


「というわけで総合して言うと、だ」


 俺はすっと姿勢を正座に正して、そのままぐっと頭を下げた。


「思わず見てしまって本当に申し訳ありませんでした!」


 土下座の姿勢に入った俺の頭に、どん、どん、どんと足がのる。

 踏まれると、やっぱり痛いです。



「業務内容三、お客様にプロレス技をかける」

「なあもう良くないか? 危険性は十分わかっただろ?」

「本来はメイド服なんでしょ。それなら見えないでしょ」


 そうかもしれないけど! 見えなきゃいいってもんじゃないし!

 もっと根本的な問題に気づいていこうよ!


「それで、このプロレス技をかけるのが一番人気らしいよ?」

「ほら。客はあんたみたいな変態ばっかりじゃないのよ」

「絶対プロレス技リクエストする客の方がヤバイ奴だって……」


 どうして俺の意見が通らないんだろうか。

 ゲーム内ならもうちょっと発言力がある気がするのに。

 レベルか、レベルが足りないのか。


「んじゃあたしが殴ってマスターが踏んだから、最後はアコね」

「私がやるんですか?」

「ほう、夫婦でプロレスごっこか」

「そういう言い方をすると別の意味みたいになるから!」


 なるほどな、みたいな顔で言うな!


「ああもう……わかったよ、アコならどうせ痛くないだろうし、いいよ。でもプロレス技って具体的に何をされるんだ?」


 硬い床の上で素人にバックドロップとかされたら流石に死ぬ気がする。

 できれば痛くなくて簡単なのが良いんですけど。


「一番人気は首四の字固めで、二番が腕ひしぎ十字固め、三番は三角締めだって」

「何が何やらさっぱりわかりません」

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