二章 巨大商伝 ⑩

「……それに行こうって?」

「時給もいいし、楽そうだし」

「あ、あのね……」


 先生が額に手を当ててうめいた。


「俺達は頑張って止めようとして、ご覧の有様なわけです」

「よくわかったわ……」


 はあ、と肩を落とす先生に、瀬川がむーっと唇を尖らせる。


「えー、先生までそんな言い方ー?」

「そうもなるわよ……あのねえ、ええと……これ、これを見て」


 先生は起動していたパソコンの一つをぽんぽんと操作して、ニュースサイトのページを表示した。そこには、女子高生にプロレス技をかけさせる店が警察に摘発されたとの情けないニュースがでかでかと。


「……噓、これ本当?」

「虚構でないのは確かだ」


 本当にあったヤバイ話、って感じだ。


「……たしかにこうやって見るとプロレス技ってやばいわね、ほとんど抱きついてるじゃない」


 参考画像に青くなる瀬川。さっき俺にやってたけどな、とは言わない。余計な地雷は踏みたくないです。


「お前ネットニュースとか見てないの?」

「新聞も読まないのに、わざわざネットでニュースなんて見ないわよ!」


 自信満々に言われても見ろとしか言えないよ?


「似たようなお店はいっぱいあるけど、やめときなさい。金で売り買いするほど、あなた達は安くないわよ?」

「ちょっ、危ない道に進んでたっぽいお説教やめて! そんなつもりは全くなかったから!」

「実際そうなのよ。実験台が西村君だったから良いけど、知らないおじさんに同じことができる?」

「……というか、よくよく考えると西村にやったのも大失敗だった気がしてきたわ。今からでもお金を取りたいわね」

「やりたい放題やっといて金まで払えと言うか」


 どんだけ女王様だよ。


「ともかく理解してくれたようで何よりだ。お前に悪意がないから言いづらかったんだよ」

「茜、素で言ってるんだもんね……」

「プロレスって聞いてやらしーこと考える方がおかしいのよ!」


 それはごもっともです、はい。


「ルシアンルシアン、このニュースだと、儲かってた子は月に何十万も稼いでたらしいですよ!」

「やるなよ、絶対やるなよ、約束だぞアコ」

「ルシアン以外にこんなことするわけないじゃないですかー」


 いやですねー、と当たり前のように言われた。

 実験しようとか言い出したのお前じゃん。

 全部わかっててニコニコ乗っかってたアコが一番悪質なんじゃないかって気がちょっとする。単にスキンシップがしたかっただけだこいつ。


「前ヶ崎は別にバイト禁止じゃないし、やりたいならいいけど……普通のバイトにしなさいね。おかしなバイトには学校も許可を出せないから」

「普通のバイトって言われてもねえ」

「そもそも働きたくないですよね?」

「シュヴァインも誰かの下につくというのは辛いだろうからな」

「あなた達は……」


 先生は頭痛を覚えたように額を抑えると、バイトメモを手に取り、


「みんなの適性を考えるに……これと、これと、これね」


 ぽんぽん、と幾つかのメモを取り、それぞれの手に押し付けた。


「玉置さんは主婦志望でしょ。パートの奥さんがやるような一日だけの軽作業よ」

「奥さんがやるような仕事! いいですねっ!」


 あ、この人アコの扱いが上手い。あっさり納得した。


「御聖院さんも、普段の生活がどんな人に支えられてるか、自分の目で確かめて来なさい」

「……そう仰られると断りづらいのですが」


 マスターもしぶしぶと受け取った。

 この人も自分の常識の薄さを気にしてるところがあるからなあ。


「瀬川さんは人当たりが良いから、こういう仕事で良いんじゃない?」

「はあ、安全なら何でもいいですけど」


 自分の仕事選びのセンスに不安を覚えているらしく、瀬川も素直にメモを見る。

 凄え、あんなに揉めてたのに一瞬で話をまとめた。

 猫姫さん伊達じゃねえ。


「それから西村くんはこれね」

「日雇いの仕事ですか……」


 金のない高校生としては即日支給は大変ありがたいですけど。

 バイト、バイトか……初仕事って、やっぱ不安だなあ。


   †††   †††   †††



「バイトすることに決まったわけだし、お互い頑張ろうな」


 てくてくと帰り道を歩きながら言うと、アコはちょっと微妙な顔で口元に手を当てた。


「冷静になって考えると、働くとかとんでもないですよね」

「一日だけだから我慢できるんじゃないかなあ」


 でも瀬川のついでにやることになっただけだし、今からでも断れるだろうけど。


「何ならやめとくか? まだ間に合うだろ?」

「うう……でもしゅーちゃん一人に頑張ってもらうのもどうかなって」

「あいつの問題だからアコが無理することはないだろうけども」


 でもアコの仲間意識は大事にして欲しいと思う。

 自分のためにはさっぱり頑張れない俺達だけど、仲間のために頑張れるならそれはそれで良いんじゃないかな。


「あんまり人と関わらない軽作業なんだろ。アコ向きじゃないか?」


 フォローしてみたんだが、アコはずーんと暗いオーラを背負った。


「人と関わらないだけじゃ足りないです。もっと顔の見えない仕事を……謎のきぐるみを着たゆるキャラ『あこっしー』みたいな感じで働きたいです」

「どこのゆるキャラだよ、ネトゲのゆるキャラか?」

「あこっしー!」


 変な鳴き声を出すのはやめなさい。ちょっと可愛いなって思っちゃうから。


「お前の頭がゆるキャラなのはいいとして」

「頭がゆるキャラってどういう意味ですっ!?」

「いいとして、だ」


 強引に話を進める。


「ま、バイトなんてなんの責任もないんだし、一日だけの仕事だろ。気になるならやってみればいいんじゃないか。特に今は金も要るんだしさ」

「そうですよね、お金が要るんですよね」


 うんうんと頷くアコ。

 そもそも昼飯すら抜こうというぐらいの緊縮財政だからな。緊急事態ではある。


「それにな、ネトゲ廃人が気づいたらバイト廃人になってるってのはたまにあることなんだ」

「はれ、そんなことあるんですか」


 あるのですよ。これが意外にも。


「その理由はな、リアルマネーとゲーム内マネーの貨幣価値差にある」

「リアルのお金とゲームのお金って交換できないでしょう?」


 アコが体を完全に俺の方に向けて言う。ちゃんと前向けよ、転ぶぞ?


「基本的にはな。でも公式RMTがあるLAみたいに、実質的にはゲーム内マネーをリアルマネーで買えるゲームってのは結構ある」


 仮に公式RMTがなくても、非公式なRMTをする輩もいるし。一応そういうのは除外するけど。


「んでそうなると問題になってくるのが時給なんだ。アコがスリッパ先生を狩ったら──あー、ソロだと時給でどれぐらい儲かる?」

「一人だと時間がかかりますけど、一応3Mぐらいはあります」

「おお、なかなかだな」


 だがしかし、だ。

 果たしてその時給は本当に高いのかと考えてみると。


「ゲーム外でバイトをした時……まあアコが凄く頑張ったとして、時給千円もらえたとしよう」

「普通のアルバイトってそんなにもらえるんですか?」

「アコが頑張ればもらえるかもしれないだろ。まあ計算が楽だから千円としとけ」


 元気に愛想よくすれば看板娘的に重宝されそうなんだし。そんなアコはもうアコじゃない気がするけど。


「んで、一時間千円で、学校が終わってから五時間働くと五千円になる。LA公式パッケージが一つ買える金額だな」

「そうなりますね」

「で、その特典アイテムをゲーム内で売るとおよそ100Mになる」

「……ということは」


 アコも気づいたらしい。この時給計算のからくりに。

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