かつてこのヘルカシア大陸には先人たちが住み、栄え、平和で豊かな生活を送っていた。
彼らはヘルカシア大陸に古くから伝わる〝神〟の祝福を受け、高い技術や知識を持ち、今では想像もできないような高度文明の国を築いていたと言われている。神の名をとり、〝神の国〟なんて呼ばれるほどだったという。
しかし彼らは、一夜にして忽然と大陸から姿を消し、あっけなく滅んでしまった。先人たちがいなくなった大陸には魔物が湧き出て、平和で豊かな神の国から一転、何者も侵入を許さない危険地帯と成り果てた。
二百年前、そんな危険な大陸に勇猛果敢に降り立ち、大陸の攻略を始めた者がいた。そう、魔物と戦い、遺跡に潜り、再び人間の町を築いた者。それこそが〝冒険者〟なのである。
「──って、なぁにが冒険者よ……ボスの一匹も倒せない有象無象のくせして……!」
ヘルカシア大陸の東、ベルフラの森の奥深く。そこに地下遺跡への入り口がぽっかりと口を開けている──ベルフラ地下遺跡だ。
ギルドから四人一組での参加を推奨されているA級ダンジョンの最深層を、しかしアリナは、たった一人でぶつぶつ恨み言を吐きながら歩いていた。
「こっちがどれほど……どれほど残業で苦しんでるかも知らないで……!」
先人の造った遺跡からは魔力を高めるといわれるエーテルが発生し、魔物はそれを求めて寄ってくる。結果、貴重な先人の知識を抱える遺跡は、危険な魔物の巣窟となり果てるのだ。
「……残業なんてくそだ……」
アリナが目指すは階層の最奥。時折道脇に顔を覗かせるのは、二百年たった今も光を灯し続ける燭台や、不思議な燐光の石を咥えた崩れ落ちの装飾。そのどれもが先人たちの高い技術によって造られた貴重な遺物で、持ち帰れば大量の通貨と交換できるのだが──アリナはそんな宝の山には一つも目をくれず、足早に歩を進めていた。
「……残業なんてくそだ……」
その格好はいつもの受付嬢の制服ではない。大きなフード付きの外套をかぶり、顔をすっぽり隠している。おまけに武器らしい武器も、身を守る防具もつけていなかった。もし他の冒険者が彼女の姿を見たら慌てて止めただろう。
しかしそこに、アリナ以外に人影はない。
階層の最奥、エーテルが最も濃くなる通称〝ボス部屋〟は、ボスの玉座だ。エーテルの濃い箇所をめぐって魔物同士が縄張り争いをした末、弱肉強食を勝ち抜いた一匹の魔物が君臨すると、他の魔物は近寄らなくなる。同様に腕に自信のない冒険者もうかつには近寄らない。
「残業なんて──」
はたと、アリナは足を止めた。目の前に大きな扉が現れたからだ。濃厚なエーテルの気配がにじみ出るその重い扉を開けると、とたん、蒸し返すような熱気がアリナを包み込んだ。
そこは円形の巨大な広場だった。
かつては壮大な儀式が執り行われていたに違いない。しかし今、儀式場には巨大な火の竜が棲みつき、雄叫びを上げて暴れ回っていた。
最深層の階層ボス、ヘルフレイムドラゴンだ。
「くそ、なんて強さだ……! 近づくこともできねえのか!」
「氷の魔法も鱗ではじき返されるのかよ……!」
荒れ狂う火竜を前に、一つのパーティーが苦戦を強いられていた。彼らの防具には二対の剣が交差したそろいの紋章が刻まれている──《白銀の剣》のパーティーだ。そのなかには、クエストを受注した暴刃のガンズもいた。
「俺のバトルアックスがきかないだと……」
ガンズは、しかしクエストを受注した時の威勢は見る影もなく、呆然と階層ボスを見上げていた。遺物武器である自慢のバトルアックスは大きく欠損し、猛る火竜の鱗には傷一つない。
「諦めるなガンズ! 立て直せ!」
パーティーの防御を務める盾役の青年が、大盾を構えてガンズを守りながら