楽園ノイズ7

1 僕たちの夏コレクション⑦

 朱音らしさでいえば三番目だ。しかしそれはいちばん似合っているという意味ではなくて、あくまでも僕の中で勝手に固めた朱音のイメージに最も寄り添っているというだけで、似合っているかどうかでいえば――いや全部似合ってるなあ……。印象に残ってるのでいえば最初のビキニだけど露出が多いから選んだのだろうなんて思われても困るし、といって消去法で二番目にするのも不誠実な気がするし、ああもう……。


「あはは、迷ってる迷ってる! いいんだよ真琴ちゃん、直観で!」

「……ええと。じゃあ。最初のオレンジのやつ」

「わかった! やった、冒険した甲斐があったね!」


 朱音は試着室に引っ込み、しばらくしてから元の服に着替えて出てきた。僕はわけもなく安堵の息をつく。

 朱音が会計を済ませている間、残る三人がなにやら話し合っている。


「このお店で買う人はいますか? 私はちがうお店で目星をつけてて」

「わたしももう少し見て回りたい」

「あ、わたしここで買います、もう候補決めてあります!」

「じゃあ」と凛子は僕を見る。「二番手は伽耶ということで」


 マジで全員分選ばせるつもりなのか。朱音のだけですでに一日分の体力を使い切った気分なのだけれど。


「でも先輩お疲れみたいですし、大丈夫です、わたしはもう決めてあるので、選んでもらわなくても。見てくれるだけでいいです!」


 そうか、ありがたい、伽耶は優しいな……と安心してしまうこと自体がもう脳みそがやられている証拠だった。見せる必要ないじゃないか。

 着替えて試着室のカーテンを開いた伽耶は、さすが現役のファッションモデルらしいぴんと筋の通った立ち姿だった。その場でくるりとターンまでしてみせる。伽耶の髪色によく似合う鮮やかな空色のクロスビキニで、背中と臍の下でそれぞれX字をつくるリボンが肌の美しさを強調している。とても歳下に見えない。


「どうでしょうか、先輩」

「……いやあ、うん、……すごくいいと思うよ」


 さっきから同じことしか言っていないのが申し訳なくなってくる。


「喜んでもらえてうれしいです! 今年の春夏コレクションで着させてもらってずっと気になってたやつなんです、今日見つかってよかった! すぐ売り切れちゃってたから」


 破顔するとファッションモデルらしい凛然とした華やかさはいつもの伽耶の可憐さにとってかわる。彼女は照れくさそうな笑みを残してカーテンの奥に顔を引っ込めた。

 試着室の外で着替えを待っている間というのは、人生の中でも最もやるせなくてもどかしい時間ではないだろうか。今日はもうそれを四回も味わっているわけなのだけれど、まだ凛子と詩月が残っているのか。

 詩月はなんかもう見せまくる気満々なのが伝わってくるけれど、凛子はあまりそういうのに興味なさそうだから黙ってひとりで決めてひとりで買うんじゃないか、と思いきや――


「じゃあ次はわたし。売り場三つ回って合計で五着見せるから村瀬くんはしっかり個々の評価を憶えておいて最終判断の理由も明確に述べること」

「いやもう自分で決めろよ……」

「なぜそう他人事みたいな態度なの」

「他人事だからだよ!」

「ある意味ではわたしの水着は村瀬くんの水着でしょう」

「どんな意味でもそうはならないよ! 僕が凛子の水着を勝手に着るみたいに聞こえるからやめてくれないかな!」

「たしかに真琴さんならサイズ的にぴったりですね」

「詩月は一言で全方位攻撃しないで!」

「大丈夫、わたしは怒ってない。事実だから」「一ミリも事実じゃないよ!」


 複数の売り場を渡り歩くファッションショーが開催された。

 服を自分で買った経験が皆無の僕からすると、試着させてもらっておいてその売り場でなにも買わずに去るなんて心苦しくて絶対できないのだけれど、普段から服を買い慣れている女子たちにとっては当たり前の行為のようだった。店員にとっても日常茶飯事らしく笑顔で送り出してくれる。

 そんなわけで、別々の売り場で凛子の水着姿を何度も拝むことになった。

 最初は二の腕から胸にかけてしっとり巻き付く黒のサテン生地のオフショルダーフリルトップ。二番目は葡萄色のハイネックビキニにくるぶしまでの丈のある大人っぽいパレオ。店を変えての三番目はこれまた黒のビスチェタイプのワンピース。お腹の部分とスカートにあたる部分が目の粗いシースルーになっていて凛子の白い肌がよく映える。さらに店を変えて、四番目はダスティブルーのオールインワン。ハイウエストにギャザーが入って腰のくびれがとても美しく見える。最後は大きく印象を変えて白のレースモノキニ。両腋と背中が大胆に開いており魅惑的な輪郭が際立つ。なんかもう今日一日で水着をじっくり見過ぎて頭がおかしくなってきていて勝手に脳内でナレーションが鳴り響くようになっている。


「じゃあ村瀬くん、選考結果を発表して」


 元の服に戻って試着室から出てきた凛子は涼しい顔で言う。こいつも何度も着替えてモデル立ちも披露してけっこう疲れているはずなのだが全然そんなそぶりがない。


「今日いちばんの難関だね、真琴ちゃん!」

「どれも素敵でした……凛子先輩、白や黒が似合うのほんとにうらやましいです……」

「真琴さんの目つきが真剣すぎて怖いくらいです」


 真剣に選べってプレッシャーかけてくるからだろ!


「ちゃんと理由を添えて。詳細かつ簡潔に」

「どっちだよ。……ええと、ううん……。三番目のシースルーのやつかな……」

「理由」

「理由なんて要るの? ファッションなんてぱっと見の直観だろ」

「要る要らないの問題ではなく、村瀬くんが女性用水着を論評しているという絵面が面白いから見たいの」


 ついに本音を隠さなくなってきたな……。


「だから、うん、三番目のがいちばんきれいに見せられてるかなって思ったから」

「見せられてる? 見える、ではなく? つまり『きれい』は水着にかかっている言葉ではないということ? じゃあなにがきれいに見せられているの」


 なんでそこつっこんでくるんだよ。ここで正直に腰や脚のラインとか臍がどうとか答えたら性犯罪糾弾が始まるのは必至だったので僕は言葉を濁した。


「だから、それは、まあ、凛子が――きれいだという……」


 なに言わされてるんだ僕は?


「凛子さん、プロ棋士ばりの詰め方で真琴さんに言わせましたね、尊敬します……」

「それはもうつきあって長いから」

「あそこまでやらないと先輩には言ってもらえないんですね。自信なくなってきました」

「伽耶ちゃんはあんなの参考にしちゃだめだよ、正攻法でいかないと!」


 みんな一体なにと戦っているんだ。底知れない不安が押し寄せてくる。

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