楽園ノイズ7
1 僕たちの夏コレクション⑧
「いよいよ最後は私ですね!」
詩月が鼻息荒く両手の拳を固めた。
「あんまりいっぱい見せられても、僕ファッションぜんぜん疎いから役に立たないよ。自分で決めた方がいいんじゃないかな」
僕の声はもう泣きそうだった。そうとう消耗していたらしい。でも詩月は包容力満点の笑顔で言う。
「大丈夫ですよ、私は三着とか五着とか言いませんから。ちゃんと真琴さんに寄り添います」
「ありがたいけど、寄り添うってどういうこと」
「何着見るかを真琴さんが自由に決められるということです。これから私が次々に試着して見せます。一着ごとに布地面積が少ないものに段階的に変えていきますので、ここがぎりぎり、というところでOKを出してください! 真琴さんの限界を知りたいんです!」
詩月は高らかに宣言し、一着目の水着を手に試着室に消え、二分後、カーテンを開いて見事なプロポーションを見せつけてきた。僕は当然OKを出した。
「どうして一着目なんですかっ! これからどんどん大胆になっていくのにっ」
だからだよ。当たり前だろ。ていうか一着目の段階ですでにがっつり大胆なトライアングルビキニじゃないか。それより先はもう高校生が着ていい水着じゃないだろ。
全員が水着を買い終えた頃にはもう午後三時になっていた。
「ゲーセンいこっか!」
デパート一階まで降りてきたところで朱音が言う。
「いや、もう帰ろうよ。みんなも荷物あるし寄り道したくないでしょ」
僕はよれよれの声で提案した。一刻も早く帰宅して男の服装に戻りたかった。午前中からずっとへそ出しでミニスカートなのだ。緊張で気づかないうちに身体のあちこちに力を入れていたらしく、腰と脚が驚くほど凝っていた。
「真琴さんがそんなかわいいかっこうをしてきてくださったのに、プリクラも撮らないで帰るなんて真琴さんに悪いと思わないんですか!」
「思わないよ。自分だし」
「先輩、あの、お疲れでしたらわたしがゲームセンターまでおぶっていきましょうか」
「伽耶は気の遣い方がおかしい! そこは『お疲れでしたら解散しましょう』だろ!」
「すみません、でも、わたしもそのサマーガーリースタイルの先輩とプリクラ撮りたいなって思うので……」
悪い先輩どもに影響されて本音を隠せなくなってきている伽耶だった。
「要するに村瀬くんは休憩したいんでしょう?」と凛子。「それならみんなでホテル行って休みましょう」
「絶対だめだろホテルは!」
「どうして? 最近は女だけでも入れると聞いた。女子会でよく使われるのだそう」
「いやそこの心配はしてなくてね? 女だけじゃないしね? いやむしろ女だけじゃないからまずいんだし、あ、いやちょっと待ってホテルにも色々あるしそういう意味でまずいホテルはそもそも僕ら高校生だから立ち入れないんじゃないの? しまった、また凛子に引っかけられたのか。そういうホテルだなんて一言もいってないのに、っつって詰ってくる展開か。くそ、やられた。もうだめだ、全然頭が回ってない。なんかぼうぅっとしてきたし」
「先輩っ? 先輩の様子がおかしいです、変なことぶつぶつ言ってます」
「これは重症かも。わたしが企んでたことの1・5倍くらい勝手に先読みして勝手に怒って勝手に反省し始めてる」
「真琴さん、水着を見過ぎて死にそうなんですね。こういうときは人工呼吸です」
「無理矢理な話運びで村瀬くんのはじめてをさらっていこうとしないで」
「え、先輩やっぱりはじめてがまだなんですか、その情報はどうやって確認したんですか」
「雰囲気で」
「人工呼吸ってヒッヒッフーだっけ」
「それは生まれそうなとき。死にそうなときには役に立たないから」
頭痛と耳鳴りまでしてきて、女どものよくわからないやりとりはほとんど耳に入ってこなかった。
そのとき、僕のハンドバッグの中で振動音が低く響いた。
スマホを取り出し、電話をかけてきた相手の名前を見て驚く。キョウコ・カシミアだ。
『……いきなり電話してすまない。いま時間ある?』
僕はスマホを耳にあてたまま目をしばたたき、四人の少女たちの顔をちらと窺う。みんな口をつぐんでこちらを見ている。
これは逃げ出す口実になるぞ、と一瞬思ってしまったことは否定できない。
「……はい、まあ、大丈夫です」
『銀座まで出てこられないかな。レコーディングスタジオにいるんだけれどね。一度きみに見せてあげたいと思って』
「すぐ行きます!」
僕の即答の声は大きすぎて、傍で聞いていた四人ともがびくっとなった。



