第一幕 コープス・リバイバー 5 ②

 群体タイプの一部を除けば、同じ種族のもうじゆうが同時に出現することさえ滅多にない。もうじゆうが大規模な群れを作るという話は聞いたことがないし、異種族の群れともなればなおさらだ。

 しかしロゼは、平然と続ける。


「その集団には、群れを統率するリーダーが存在するようです」

「クシナダってのは、そのリーダーの名前か……」

「そうです」


 青髪の少女が、ヤヒロの言葉を肯定した。なるほど、とヤヒロは唇を引き結ぶ。

 ロゼの話が事実なら、クシナダと呼ばれる個体には、間違いなくばくだいな価値がある。商人を自称する彼女たちが、興味を示すのも納得だ。


「クシナダが、どのような手段でもうじゆうたちを従えているのかはわかりません。ですが、その方法が解析できれば、もうじゆうの制御技術の確立につながる可能性があります」

「人類がもうじゆうを支配できるようにしようってのか。それはいい金になりそうだな」


 ヤヒロが皮肉めかした口調で言い放つ。しかしロゼは、ヤヒロの言葉を否定しなかった。


「逆にこの事態を放置すると、いずれクシナダに統率されたもうじゆうの群れが、人類の脅威となるかもしれません」

「人類の脅威……か」


 ヤヒロは小さく鼻を鳴らした。ロゼの考えをゆうとは思わなかった。

 もうじゆうは危険な怪物だ。それでも彼らが人類全体に対する脅威となっていないのは、常に単独でしか出現しないという、もうじゆうの性質による部分が大きい。もうじゆう棲息域なわばりにさえ踏みこまなければ、彼らのほうから積極的に人間を襲ってくることは少なかった。だから国連は二十三区を封鎖し、それで満足したのである。

 しかし、もうじゆうが群れを形成するとなると話は変わってくる。

 もうじゆう同士で争うことがなくなれば、当然、彼らの絶対数は増える。

 既存の生物と同じようにもうじゆうが食事をするかどうかは確認されていない。だが、彼らの餌が不足する事態が起きないという保証はどこにもなかった。

 二十三区内で餌が不足すれば、彼らが外部に獲物を求めるのは火を見るより明らかだ。

 そして彼らが海を渡り、他国をおびやかす可能性もゼロではない。

 そうなる前にクシナダを捕獲する。理屈としてはおかしくない。クシナダの能力が金になるとわかっているなら、なおさら、動機としては十分だろう。


「まさか、俺に、そのクシナダとやらを回収してこいって言うんじゃないだろうな?」

「できるの?」


 警戒心をあらわき返すヤヒロを、ジュリが期待に満ちた表情で見上げた。


「できるわけないだろ。旧・やまのてせんの内側は、ただでさえヤバいもうじゆうがウヨウヨしてるんだ。俺一人でそいつら全部を相手してられるかよ」

「だよねえ」


 双子の姉が落胆したように肩をすくめる。


「私たちもあなた一人にクシナダの回収を任せるつもりはありません」


 双子の妹が、生真面目な口調で言った。


「二日後に大手の軍事企業〝ライマット〟が主体となって、クシナダ捕獲作戦が決行されます。我々ギャルリー・ベリトも、その作戦に参加する予定です。ですから──」

「ヤヒロには、道案内をお願いしたいんだよね」


 ロゼの説明を途中で遮って、ジュリがいたずらっぽく笑いながら続ける。


「道案内?」


 ヤヒロは眉間にしわを刻んだ。道案内は回収屋の仕事ではない。GPSや無人機ドローンを好きに使える彼女たちに、道案内が必要とも思えない。

 そんなヤヒロの疑念を見透かしたように、ロゼは小さく首を振り、


「クシナダの捕獲は、ライマットに雇われた民間軍事会社四社の共同作戦です。互いに協力するという前提ですが、指揮系統は独立しており、各社の部隊は独自の判断で行動します」

「要するにね、クシナダを手に入れるのは早い者勝ちってこと」


 猫を思わせるジュリの大きな瞳に、好戦的な光が浮かんだ。

 共同作戦とはいっても、実際に参加するのは民間軍事会社の社員や請負人コントラクターたちだ。彼らにとっては所属する会社や雇い主の利益が最優先であり、そのためならば同盟相手を出し抜くことも辞さない、ということなのだろう。


「二十三区への侵入経験の多いあなたは、もうじゆうとの遭遇率の低い安全なルートを知っているはずです。もうじゆうの性質や弱点についても熟知しているはず。その知識を使って、私たちの部隊をクシナダの縄張りまで案内してください。他社の部隊より早く」


 ロゼが、ようやく本来の目的を明らかにする。

 回収屋としての実績に加えて、日本人であるヤヒロは、大殺戮ジエイノサイド以前の東京の地理にも詳しい。日本語で書かれた標識や看板など、他国の人間が見落としてしまいそうな情報もフルに活用できる。案内役として、ヤヒロ以上の適任者はいないだろう。

 ヤヒロに会いに来たロゼたちが、民間軍事会社のオペレーターに襲われた理由もこれでわかった。ギャルリー・ベリトが有能な案内役を手に入れるのを、競合他社は嫌ったのだ。

 逆にロゼたちが今夜ここに来なければ、ヤヒロはなにも知らないまま、彼らに殺されていた可能性もある。だが──


「悪いが、断らせてもらう。俺は他人の命にまで責任は持てない」


 ヤヒロは、きっぱりとロゼの依頼を拒絶した。


「あんたたちも、昼間の連中の雇い主だったのならわかってるだろ。俺はたまたま体質ってだけで、他人をもうじゆうから守ってやれるほど強くない。あんたたちを二十三区の中心部まで無事に連れて行ってやるなんて無責任な約束はできねーよ」

「死んだ二人のことなら、気にしないでください。あなたの指示を無視してもうじゆうめてかかったのは、彼ら自身の落ち度です」


 ロゼがへいたんな口調で言った。ヤヒロをかばったつもりにしても、冷淡で非情な発言だ。

 そんな妹をフォローしようと思ったのか、ジュリがほおづえを突きながら苦笑する。


「べつにヤヒロにくっついてなくていいって言っといたんだけどねー……二十三区に残ってたお宝を見つけて欲をいちゃうから」

「私たちの生死にも、責任を感じてもらう必要はありません。危なくなったら、一人で逃げてもらって結構。ですが、あなたが案内を引き受けてくれなければ、私たちの生還率がいくらか低下するのは間違いないでしょうね」


 ロゼがごとのように淡々と告げる。

 ヤヒロはされたように声を詰まらせた。

 青髪の少女の言葉は事実だ。ヤヒロはもうじゆうから彼女たちを守れるほど強くはないが、安全な経路ルートを教えることはできる。わずかだが彼女たちの生還率を上げられる。

 それでも、彼女たちの作戦が無謀であることに変わりはない。一万分の一の生還率が二倍や三倍になったところで、なにか意味があるとは思えなかった。


「なにを言われても同じだ。そんなヤバい仕事を受ける気はない」


 ヤヒロは強い口調で言い切った。そうやって拒絶することで、彼女たちが、クシナダ捕獲を諦めてくれればいい、とひそかに思う。

 しかしロゼの返答は、ヤヒロの想定外のものだった。


 

「あなたへの報酬が、ナルサワ珠依スイに関する情報だとしても、ですか?」


 


「なん……だと?」


 ヤヒロは、ぞくり、と全身の血液が逆流するような感覚を味わった。

 喉がこわり、呼吸を忘れる。ロゼが何気なく口にしたのは、四年前のあの日から、ヤヒロが一日たりとも忘れたことのない肉親の名前だった。


「あなたが二十三区から離れようとしないのは、妹さんを捜すためだと聞いています。回収屋の仕事で稼いだ金の大半を、彼女の情報を集めるためにぎこんでいることも──」

珠依スイがどこにいるのか知っているのか……?」


 ヤヒロがロゼに詰め寄った。ロゼは曖昧に首を振る。


「さあ、どうでしょうか?」

「答えろ──!」


 冷ややかにほほむロゼの胸ぐらを、ヤヒロは乱暴につかみ上げようとした。

 だが、その瞬間、ヤヒロの視界がぐるりと回転し、すさまじい激痛が肩を襲ってくる。

刊行シリーズ

虚ろなるレガリア6 楽園の果ての書影
虚ろなるレガリア5 天が破れ落ちゆくときの書影
虚ろなるレガリア4 Where Angels Fear To Treadの書影
虚ろなるレガリア3 All Hell Breaks Looseの書影
虚ろなるレガリア2 龍と蒼く深い海の間での書影
虚ろなるレガリア Corpse Reviverの書影