第一章 あるいは、僕らの現代的自我 ③
確かに、見た目だけで言ってしまえば
繊細な彫刻みたいな鼻に、クリームのようにやわらかそうな唇。
けれど──今僕は、胸の痛みを感じていない。
こんなに至近距離にいて、苦しさを覚えない。
心が
「──っていう、感じなの……」
一通り説明が終わったらしい。
「ご、ごめんね、話が下手で……。でも、だいたいわかってもらえたかな……?」
「ああうん、ありがとう。よくわかったよ」
「そっか、よかった……」
ほっとしたように、頰を緩める
その表情に──僕はバグの発生したゲームをプレイしている気分になる。
あんなにも
客観的に考えれば、やっぱり二重人格なんてありえないんだろうと思う。
何か理由があって演技しているか、実は双子で僕をからかうために
けれど……これまでキャラという
自分の
──目の前の
ここまで
これが演技ならアカデミー賞ものだし、それをここで
この子は本当に──二重人格なんだ。
「……そういえば」
そこでふと、僕は今さらな疑問を覚え、
「どうしてさっき、二重人格隠そうとしてたんだ?
尋ねてから──しまった、と思う。
人格が分かれているなんて、考えてみればかなりデリケートな話だ。
隠したいと思って当然なのかもしれないし、無神経に踏み込んでしまったかも……。
「あー、ええっとね」
しかし、存外
「理由は色々あるんだけど、周りの人を驚かせないようにとか……」
「うん」
「でも、一番は──」
そう言って、彼女は困ったように笑い、
「──『ひとりのわたし』で、ありたいからかな?」
「……『ひとりのわたし』?」
どこかで覚えのあるその言葉に、心臓が一拍強く脈打った。
「うん……。その、わたしって、本当はひとりの人間のはずでしょう? 一つの
「……そう、なのかもな」
「だから、ちゃんとわたしがあるべき姿に戻れるように。一つの
「そうやって
「……そうみたい」
少し間を開けて、赤点でも取ってしまったみたいな顔で
「だから、がんばらないといけないんだあ……」
「そっ……か」
相づちを打ちながら……僕は、自分の中に
──似ているかも、しれない。
いくつもの顔を使い分けるのではなく、一貫した自分でありたい。
どんなときも、確固たる自分を曲げずにいたい。
そう考えると──急に目の前の
「わかるよ」
自然と、頰が持ち上がってしまう。
「僕も、結構人の前でキャラ作っちゃう方でさ。……いや、もちろん二重人格とはレベルが違い過ぎるし、今は素なんだけど。でも、できればそうやって演じるのはやめたいなって思ってる。だから、
「へえ、そうなんだ……」
「じゃあ、わたしたち、仲間だね」
──仲間。
この学校で、この教室で。
こっそりと、同じような願いを胸に抱いた仲間。
そう考えると──気持ちがふわっと軽くなった。
ひとりぼっちで挑んでいた戦いに、味方が現れたような気分になった。
「……応援してるよ」
そう言う口調にも、自然と熱がこもってしまう。
「
「……ありがとう」
ほほえんでいた
「そう言ってもらえるだけでも、すごくうれしいよ。わたしも、
そして、彼女は笑顔のまま、その眉を困ったように寄せて──こう言った。
「──だから、二重人格のことは……ここだけの秘密ね?」
*
自分だけが、人と比べて
例えば、
それだけ聞けば「雨の日楽でいいね」と思われるかもしれない。実際、猫っ毛の
けれど実際は、そんないいものでもないのだ。ちょっと伸びるとぺたんこになって、小学生みたいな坊ちゃんヘアーになる。短くすると、今度は頭皮から
……とまあそんな具合に、僕にとってコンプレックスになっていることはいくつかあって。
その中でも、一番気にしているのは「物持ちの悪さ」だった。
制服にしろスニーカーにしろ筆記用具にしろ、何しろ消耗が早いのだ。
普通に扱っているはずなのに、すべてのものが他の人の倍の速さで摩耗していく。
だから、
「──おはよう」
そう言って、昇降口で
自分がボロボロの校内履きスリッパを手にしていることに気づき、
「お、おう、おはよ……」
返しながらも、内心気もそぞろだ。
や、やっぱり気づかれたかな、スリッパ汚いの……。
ていうか、入学して一年なのに、なんでこんなもう壊れかけなんだよ。
底のクッションほとんど取れかけてるし、ダサ過ぎだろ……。
「
そんな僕の
「バレてしまったのね、初日から。まあ、予想していたことではあるけど」
あっさりその話題が出たことに、少々驚いた。
けれど、
周囲には他の生徒もいるけれど、具体的な単語も出ていないし、これが「二重人格」に関する話だなんて思うやつはいないだろう。
「……なんか、ごめん」
僕もあくまで雑談の声色で、
「別にこう、探りを入れるつもりはなかったんだけど、なりゆきで……」
「ええ、それはわかってる。
妹について話す姉みたいな口ぶりの



