第一章 入学式(セレモニー) ①

 ──春の魔法を見たければ、キンバリー魔法学校の入学式準備を見に来い。

 昔からよく言われる皮肉だ。ガラテア市街を出て東進し、さらに山をふたつ越えた場所──そこから始まり校舎へと続く満開街道フラワーロード沿いはこの時期、桜を始めとした色とりどりの花々であふかえる。これから校門をくぐる新入生たちに未来への希望を抱かせるには、なるほどうってつけの光景に違いない。

 しかし、冷静に考えれば奇怪な光景でもある。どれだけ辺りを見渡しても、まだつぼみの花や盛りを終えて散った花はただのひとつもない。全長にして一キロ以上にも及ぶ満開街道フラワーロード──その道沿いに立ち並ぶ、種類も様々な幾千本の木々と草花。ことなど、果たしてあり得るのだろうか?


「ああ──『咲かずのジャック』も見事に咲いたか」


 樹齢千年を数える桜の古木。街道の顔とも言える一本を見上げながら、オリバーは心の底から嘆息する。──この場所に生える植物全てに入学式当日の開花を確約させるという大仕事は、キンバリー魔法学校の六年生が最上級生となる直前に課される試練のひとつ。

 いわく、邪教のサバト。いわく、地獄の一発芸大会。それこそが春の魔法と呼ばれるものの正体であり──その光景がはたにはに映るため、事後の六年生はおおよそ口をそろえて「クソみたいな伝統行事」と毒を吐くという。


「ちょっと、そこの貴方あなた! ズボンからシャツがはみ出していてよ!」

「マントに猫の毛が付いているわ! ちゃんとブラシをかけなきゃダメじゃない!」

「ハンカチは持った? トイレは済ませた? 我慢しすぎちゃダメよ、急にもよおしたら恥ずかしがらず監督生に言うのよ!」


 うるさがたの婦花ダリアたちがくきをにゅっと伸ばして、前を通る新入生へひっきりなしに話しかけている。この街道でいちばんおしやべりな存在が彼女らだ。思考し会話する草木・驕る植物プライドプラント──長い行列の外側を歩く生徒たちは、どうあってもそのお節介から逃れられない。


「──あらあら! まぁまぁまぁ!」


 案の定。またひとつ花壇から伸びてきた花弁が、雌しべを震わせてオリバーに語りかけた。


「そこのあなた。とっても緊張しているわね!」

「──そう見えますか」


 指摘されて、オリバーはそれとなく自分の外見を意識した。──紺色のズボンに灰色のシャツ、その上に重ね着た黒いローブ。腰にははくじようさやに収まったじようけんが一振りずつ差してあり、身長は十五歳男子の平均に近い五フィート弱。髪は程良い長さの黒の直毛。

 どこにも不備はない。誰の目にもごく一般的な、キンバリー新入生のよそおいのはずだった。


「ええ、見えるわ。何が怖いのかまでは知らないけど、もっと肩の力を抜いていいのよ! せっかくの入学式なのだもの、今日くらいは全てを楽しむべきじゃない? そう──たとえどんな恐ろしい未来が待ち受けるとしても、せめて今日くらいはね!」

「恐縮です。ところでマダム──そろそろ戻らないと、くきがちぎれてしまいますよ」

「あら、いけない!」


 オリバーの歩みに合わせてくきを伸ばしていた婦花ダリアが、自分の伸びすぎに気付いて慌てて花壇に戻っていく。彼はふぅとため息をついて歩みを再開した。


「励ますか怖がらせるか、せめてどっちかにして欲しいわよね」


 と、隣を歩く新入生から声がかかる。オリバーが目を向けた先に、ふんわりとした巻き毛が愛らしい小柄な少女がいた。よそおいは下がスカートであることを除いて彼と同じ制服。同い年の魔女の卵といったところだ。


「……こほん」


 なかなか勇気を出して声をかけたと見えて、彼を見つめる少女の表情には緊張が見て取れた。初めて言葉を交わす同期生の姿を目に焼き付けつつ、オリバーはほほんで言葉を返す。


「うん、まったくもって。──君は、驕る植物プライドプラントには慣れているのかな?」


 彼から好意的な返事があったことで、少女はほっと表情を緩める。


「いいえ、初めてよ、あんなにぺらぺらしやべるやつを見るのはね。わたしの故郷に生えていた子たちはもっと素朴でわいらしかったわ」

「はは、婦花ダリアの言うことなんて気にすんな。あんなもん、おれの実家じゃ葉擦れの音と変わらねぇ」


 会話を始めて間もなく、ふたりの後ろからまた別の声がかかった。振り向いた彼らの目に、同年代にしては上背のある短髪の少年の姿が映る。


「あの手の魔法植物は、根を張った土が含む魔素の質によってがらっと性格が変わんのさ。キンバリーここのは特に性悪が多いって話だ。そのせいで先輩方は毎年苦労すんだろ?」


 実感のこもった語り口。浅黒く日焼けした顔や手の甲から、さては魔法農家の出身かなと当たりを付けて、オリバーは彼にも快く応じる。


「六年後には俺たちだってそうなるさ。入学式の日にジャックが何分咲きかで、その学年の優秀さが測られるらしいから」

「あ、それ、うわさに聞く地獄の一発芸大会ね。見たところ今年は満開──つまり、現七年生はとても優秀ってことかしら」


 巻き毛の少女の言葉に、三人は同じ桜の大木を眺めた。一見したところ普通の古木だが、よくよく観察すると、木肌のしわの寄り具合が居眠りしている老人の顔のようにも見えてくる。──驕る植物プライドプラントの長老である以上、あれも婦花ダリアたちのようにしやべって動き出すのだろうか?


「──で、お二人さん。世にも貴重な満開のジャックおうを前にして何だが、おれにはそれより気になることがあってよ」


 長身の少年がそう言って、視線を列の先に移した。オリバーと巻き毛の少女がつられて同じ方向を見たところで、彼は心もち声をひそめて言う。


「……あれ、どう思う?」


 そうして少年が指差したのは──新入生の列の中でただひとり、他とはまったく違った衣装を身にまとう少女だった。

 ズボンともロングスカートとも付かないゆったりした下衣。ローブのように胸の前で布を合わせて帯で結んだ上衣、腰に差した反りのある刀剣。それぞれの正式な呼び名は知らないまでも、その特徴的な外見から導き出される単語は三人に共通している。


「……サムライだなぁ」

「サムライね。それも女の子の」

「だよな。やっぱりおれの見間違いじゃないよな」


 同意を得た少年がむぅとうなった。声をかけるには遠すぎる位置にいる問題の少女を、彼は背伸びしてしげしげと観察する。


しやべくりの婦花ダリアなんぞよりよっぽど珍しいぜ。なんでキンバリーの入学式に東方エイジアのサムライが来てるんだ?」


 その疑問に、オリバーも内心で同意する。──彼らが住まう連合ユニオンの諸国家と、そこからはるか遠くに位置する東方エイジアとは、互いの物理的な距離にはばまれて正式な国交は無きに等しい。

 たまに耳にする話も少数の交易船や物好きな冒険家が持ち帰る断片的なものばかりで、必然限られた情報から想像を膨らませることになる。そのために、彼らの中では象国インダス中つ国チエナ日の国ヤマツもごった煮のひとくくりなのだった。


「それはまぁ──この列に並んでいるということは、彼女も新入生なんじゃないか」

「制服はどうした制服は。腰のカタナもにゃ見えねぇぞ。東方エイジアじゃあれが学生服なのか」

「あまりじろじろ見るものじゃないわよ。事情があるんでしょ。急な留学で仕立てが間に合わなかったのかもしれないし」


 そう言って長身の少年をたしなめる少女。隣でオリバーもこくりとうなずく。


「母国のここ大英魔法国イエルグランドを始め、キンバリーは世界全土から魔法の素質がある子供をスカウトしてきているし、彼女もそのクチだろうな。それに、君も」


 と、不意打ち気味に少女へ水を向ける。彼女は一瞬固まり、みるみる目を丸くした。


「あ、あれ──もうバレた? 言葉はかんぺきに覚えたつもりだったんだけど……」

「AやOの発音に少しなまりが残っているからね。たぶん連合ユニオンの北寄り、湖水国フアーンランド辺りの出身じゃないか?」

刊行シリーズ

七つの魔剣が支配するXVの書影
七つの魔剣が支配するXIVの書影
七つの魔剣が支配するXIIIの書影
七つの魔剣が支配するXIIの書影
七つの魔剣が支配する Side of Fire 煉獄の記の書影
七つの魔剣が支配するXIの書影
七つの魔剣が支配するXの書影
七つの魔剣が支配するIXの書影
七つの魔剣が支配するVIIIの書影
七つの魔剣が支配するVIIの書影
七つの魔剣が支配するVIの書影
七つの魔剣が支配するVの書影
七つの魔剣が支配するIVの書影
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七つの魔剣が支配するIIの書影
七つの魔剣が支配するの書影