第一章 入学式(セレモニー) ②

「……うー、当たり。自己紹介の時に教えてびっくりさせたかったのになぁ……」


 悔しげにつぶやいて、少女はむーと唇をとがらせる。その様子に苦笑しつつ、オリバーは周囲をざっと見渡した。


「ここから眺める限りでも、連合ユニオン内の他国から来ている新入生は他にも多いよ。ただ──東方エイジアの出身者はあの以外に見当たらないな。なにせ確認されている国家の大部分が魔法未開国だし、才能のある子供を見繕うにも一苦労だと思う」

「ふーん……どんなもんかね、魔法のない暮らしってのは。おれには想像も付かんが」

「とりあえず、植物の世話は楽そうね」


 そう口にした少女の視線の先では、うわさ東方エイジアのサムライがおしやべりな婦花ダリアたちを物珍しげに眺めている。その対比がなんだか面白くて、オリバーはくすりと笑みをこぼした。



「うぉっ──見ろよ、魔法生物の行進パレードだ!」


 満開街道フラワーロードを抜け、大きくそびえ立つ校門をくぐって学校のしきに入ったところで、長身の少年が歓声を上げた。オリバーも同じ方向を見ておお、と声を漏らす。流麗な体型フオルム一角馬ユニコーン、誇らしげに翼を立てた鷲獅子グリフオン、金のうろこきらびやかな貪欲竜フアフニール──人よりもはるかに大きな個体を含む種々の魔法生物たちが、整然と列を成して校庭を練り歩いているのだ。


「ひゅー、壮観だねぇ! さすがキンバリー、植物の次は動物で魅せてくるか!」


 長身の少年に限らず、他の新入生たちもこれにはかぶりつきで興奮を隠さない。それを見計らったように行列の歩みが一時停止し、そのおかげで、彼らは足を止めてじっくりと行進を見つめることが出来た。

 すげぇすげぇと、パレードを見ながら飽きずに繰り返していた長身の少年だったが──隣に立つ少女が難しい顔で眉根を寄せているのに気付き、げんに思ってそちらに目を向ける。


「おい、どうした? もっとはしゃごうぜ、これこそ他じゃ見られない光景だぞ」

「もちろん分かってるわよ。……でも、わたしは素直に喜べないの」


 そう言って、巻き毛の少女はパレードの一角を指さす。オリバーと長身の少年が目を向けると、そこには全長にして十フィートを超える屈強な人型の魔法生物──亜人種のトロールが、簡素な衣服を身に着けてのそのそと歩いていた。


「あれを見て。他の魔獣と同じ扱いでトロールが歩かされているわ」

「ん? ああ、そうだな」

「許されていいのかしら? あんなことが」


 憤然とした口調で言う少女。長身の少年はきょとんと首をかしげる。


「許されていいも何も……なんか問題あんのか? 野生のトロールは害獣だし、ああして使役すりゃ運送に重宝する畜獣だろ?」

「はぁ……。あなた、もう少し勉強するべきだわ」


 相手の無知を嘆くようにかぶりを振り、ピンと人差し指を立てて、少女は再び口を開く。


「いい? あの大賢者ロッド=ファーカーの研究によればね、わたしたち人類と彼ら亜人種は、三十万年ばかり遡れば全て同一の種に行き着くの。それがどういうことか分かる? 昔々に枝分かれした親戚同士なのよ、彼らとわたしたちは」


 すらすらと知識を披露する少女。たじろぐ少年に向かって、彼女はさらに続ける。


「対して。この世界で『人権』を認められている亜人種が何種類いるか、あなたはご存じ?」

「え、えっと……まず、エルフだよな」

「ええ、そうね。それにあと二種──」

「ドワーフとケンタウロス」


 そっけない声が問答に割り込んだ。驚いてふたりが向けた視線の先には、分厚い本を手にした小柄な少年の姿。ふんと鼻を鳴らして、眼鏡越しに迷惑そうな目を向けてくる。


「いちいち確認することでもないだろ、こんな常識。それと──おしやべりするなら、もう少し小さな声でやってくれないか。読書の邪魔になる」

「え? あ、はい、ごめんなさい」


 思わず頭を下げる巻き毛の少女。こんな時に本を読むのもどうなのか、というつっこみは完全に機を逃してしまった。


「あれはグリフォン……いや、ヒッポグリフか? 翼の形がどっちの挿絵ともぜんぜん違うぞ。くそ、いい加減な本を売り付けたんじゃないだろうな、あの店主……」


 ぶつぶつとつぶやきつつ、パレードの魔法生物と本の記述を照らし合わせる眼鏡の少年。その様子を横目に、少女はせきばらいして気を取り直す。


「……こほん。そう、いないのよ。コボルド、セイレーン、ゴブリン、ハーピー、小人族──魔法生物学的に亜人種とみなされる生き物はたくさんいるけれど、人権を認められているのはたったの三種類。それさえも最近のことで、ケンタウロスはほんの二十年前までトロールと大差ない扱いだったわ。荷役と乗り物用に重宝する畜獣として、ね」


 語り口はすぐに調子を取り戻してきた。その説明に、オリバーも感心して耳を傾ける。


「でもね、魔法生物学的にルーツを辿たどれば、種として枝分かれしたのはケンタウロスよりもトロールのほうが後なのよ。それは多くの研究が立証している学術的事実。にもかかわらず、ケンタウロスが『人間』の仲間入りを果たした今でも、彼らトロールはああしてわたしたち人間に奴隷同然の待遇で使役されている。それは間違ったことだと、あなたは感じない?」


 びしりと指さす少女。問われた長身の少年は、腕を組んでしばらく考え込む。


「……いや、待て待て。おれはそのへんにゃ詳しくないが、エルフやらケンタウロスやらとトロールどもをいっしょくたにするのは無理があるぞ。トロールは言葉もなけりゃ文字も持たない力任せの生き物だ。もちろん人だって襲う。そんな相手を同じ人間扱いしろってのか?」

「言葉や文字を持たないのはその通り。でも、他の部分には反論があるわ。そもそもトロール=乱暴者というイメージが生まれたのは、わたしたち魔法使いが彼らを使役して戦いに利用し始めた後なのよ。ああやって強引に飼い慣らして、彼らの意思をげて、ね」


 オリバーは内心でうなずいた。体格がよく腕力と体力に優れ、知能は高すぎず低すぎず──そんなトロールを魔法使いが使役するようになったのは、あらゆる意味で必然に違いない。


「つまり、野生のトロールは人を襲わないってのか? いやいや、そんなこたぁねぇぞ。現にウチの田舎じゃ年に何件も被害が出てる」

「自分たちのすみを土足で侵されれば彼らだって反撃するわ。それはエルフでもケンタウロスでも同じことでしょう? 要はけの問題なのよ」


 それが結論と言わんばかりに胸を張る少女。が、長身の少年はまだ納得しない。


けったって、この国じゃ人はまだまだ増えてんだぞ。山を切り開かねぇことには畑を増やせねぇし、新しく町だって作れねぇ。だいたい、それを言い始めたら……おれたちがこれから通うここだって、元々は他の亜人種のすみだったんじゃねぇのか?」

「むっ……そ、それは極論よ。開拓そのものを否定しているわけじゃないの。ただ、彼らにも自分たちのすみで生きる権利があることを認めるべきだと……」

「認めるべきなのかね、それを。だってよ──もし立場が逆だったら、あいつらはおれたち人間のことをそんな風に気遣ってくれたか? おれたちにも生きる権利があるから縄張りは侵さないでやろうって、優しく見逃してくれたのかよ?」

「うっ」


 痛いところを突かれて言葉を詰まらせる少女。攻守は逆転し、長身の少年が勢い付く。


「田舎者の実感として言わせてもらうがな──怖ぇぞ、トロールは。ウチもしょっちゅう畑を荒らされるからよ、待ち伏せて追い払ったり、時には山に狩りへ行ったりもすんだが、おやとお袋は一度もおれを付き合わせてくれたことがねぇ。未熟者がヘマこくと死ぬからだ」


 それもまた事実、と思いつつオリバーは少女の様子を見た。……実体験に根差す少年の言葉には重みがある。悔しげに唇をんだまま、彼女は適切な反論を返せずにいるようだった。


「……じゃ、なかったもん」


 唐突に、少女がぽつりと言った。うつむきがちにぷぅと頰を膨らませて、これまでとはまるきりトーンの違う子供っぽい声で。

刊行シリーズ

七つの魔剣が支配するXVの書影
七つの魔剣が支配するXIVの書影
七つの魔剣が支配するXIIIの書影
七つの魔剣が支配するXIIの書影
七つの魔剣が支配する Side of Fire 煉獄の記の書影
七つの魔剣が支配するXIの書影
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