第一章 入学式(セレモニー) ⑤
ばかに丁寧な、それでいて奇妙なニュアンスの
「だ、だめ──だめなの、腰が抜けて……! わたしのことはいいから、早く逃げて! このままじゃあなたも一緒に──」
「ふむ、左様か」
特に
「──
続く所作で左腰の刀に右手を添え──流れるように
「はぁっ、はぁっ……カ、カタナを構えたぞ。戦う気なのか、あのサムライ」
自分とも長身の少年とも違う声。オリバーが驚いて背後を振り向くと、意外にも先ほどの眼鏡の少年が息を切らして彼らの後を追ってきていた。さらに間を置かず──これまた異変を察して駆けつけたらしい
「馬鹿をおっしゃい! そんな
声も高らかに言い放ち、彼女は抜き放った
「あたくしが注意を引きます、あなたたちは先にお逃げ遊ばせ! ──
唱えられた詠唱一節。右手の
「──フッ──フッ──」
一撃を受けてなお、巨体は微動だにしない。
「なんてこと。直撃したのに、視線ひとつこっちに寄越さないですって……!?」
「火力が足りてねぇんだ! おれたちも撃つぞ──
「ふ、
長身の少年と眼鏡の少年が彼女に続き、ふたつの
「ダメだ、顔面でも効いてない……!」「おい、黙って見てねぇでお前も撃て!」
長身の少年がオリバーに協力を促す。が、
「……ダメだ! 今の俺たちが習得してるのは基礎の一節呪文まで。何発ぶつけたところで、トロールのほうは蚊に刺されたほどにも感じない……!」
厳しい現実を告げながら、オリバーは頭の中で猛然と思考する。──どうすればいい?
今はサムライ少女の気迫で奇跡的に
「
思いきって駆け出そうとする
「待ってくれ、考えがある。──君たち全員、起風呪文は使えるか!?」
口に出した瞬間、それによって
「そのくらいは当然──けれど、風を起こしたくらいであれの気が引けますの!?」
「それだけじゃ無理だ。でも──全員分の風を束ねた上で工夫すれば、可能性は上がる」
弱気をひた隠してオリバーは言う。……直接的にダメージを与えられる手段がない以上、策もないまま近付けば無駄に犠牲者が増える。その事態を避けながら状況を打開するためにはどうするか──習得済みの呪文を踏まえて、彼はひとつの回答を打ち出した。
「なるべく強い風を細く絞って、俺の合図に合わせて空中のあの辺りに展開してくれ。それを俺がまとめてトロールにぶつける」
「その言い方──集束呪文を実践する気ですの? けれど、あなたがよほど器用だとしても、風を束ねた程度では──」
「説明している間に彼女たちが死ぬ。この一度だけ、何も聞かず俺の提案に乗ってくれ!」
強くそう言って
「……本気の目ですわね。よろしい、乗って差し上げますわ!」
「マジかよ……!」「うわわわ……!」
長身の少年と眼鏡の少年も両隣に立って
「「「
三人分の詠唱が重なって響き渡り、空中の一点で風が
「いいか、何が起きても呪文を止めるな! ──
その詠唱と共に、渦巻く風を取り込んで形作られていく不可視の大笛。ほどなく甲高い音をかき鳴らし始めたそれに、オリバーは
「な────」「─────ッ!?」
三人が見守る中で、響き渡る笛の音が徐々に変化を始める。耳が痛くなるような高音から、腹の底に響くような重低音へ。ともなって彼らの全身が得体の知れない恐怖に震え始め──ただひとりその正体を見て取って、
「これは……
「警笛呪文の応用で、そう聞こえるよう加工しただけの騒音だ! が──まがいものでも竜は竜! どんな鈍い生き物も、食物連鎖で上位の相手を無視は出来ない……!」
音の制御に神経を削りながらオリバーが言う。──圧倒的な耐久力を誇るトロール相手に彼が活路を
彼が
「
これから始まるトロールとの鬼ごっこを覚悟して少年は言う。が──そんな彼の思惑を超えたところで、
「ふッ──」
彼女の両足が地を蹴り、その体が大きく宙を舞った。……巨体を支えるために常に曲がりがちなトロールの膝。それを足掛かりに再度跳躍、続けざまに肩を蹴ってさらに上空へ。
「──オォッ!?」
異変に気付いたトロールが丸太じみた右腕をスイングする。が、それは衣服の裾を
「──
「──ガ──」
ごぉん、と。大鐘を丸太で打ったような音が響き、全身を
その間、わずか数秒。およそ予想を超えた決着の光景を、オリバーたちは言葉を失ったまま見届けた。
「……な……」
行き場をなくした声が、オリバーの口の中を意味もなく転がって消える。
「……フゥゥゥ……」



