日葵はそう言って、前触れもなく核心に触れようとした。
「なんで100個も売らないといけないの?」
「え、なんで知ってるの?」
「科学部の佐藤先生が言ってた」
「お、俺のプライバシーが……!?」
あのオッサン、美少女が相手だからか!?
俺が一人で頭を抱えていると、また日葵が顔を覗き込んできた。俺が顔を逸らしても、そっちに回り込んでくる。
「ね。なんで?」
にこーっと笑った。
すげえ綺麗な笑顔だった。「んふふー。可愛いアタシが言えって言ってんだから、諦めてさっさと白状しなよ」って感じ。いや、確かに可愛いんだけど、無言の圧がすごくて怖い。
「…………」
これは正直、言いたくない。どうせ、またバカにされるんだろうし。
けど……この27個はでかい。
「俺、こういうフラワーアクセの店を開くのが夢でさ。中学卒業したら、資金集めるために就職したいって親に言ったんだ。でも、親は公務員になるために高校行けって。それで文化祭で自作のアクセ100個売れたら、思った通りにしていいって条件が……」
「…………」
あれ。無言?
日葵は大きな目をぱちくりさせて、感情の読めない顔をしていた。
おい待て。こんな恥ずかしいこと白状させて、まさかノーリアクションはないだろう。ドン引きするのはわかる。でも、それならそれで言うことが……。
「……ぷはーっ!」
「え?」
いきなり日葵が噴き出した。
「アハハハハ! 当たり前じゃん。子どもがそんな無謀な人生設計してたら、普通の親は止めるよー。カリスマショップ店員よりやばいねー」
爆笑だった。
なんや涼やかな美少女が、お腹を抱えて笑っていた。さっきまでのクールな印象が一気に瓦解する。俺は別の意味で圧倒されていた。……でも、そんな仕草すら品がよく見えるのは、なんとなくズルいと思った。
ひぃひぃ言いながら、日葵は涙を拭う。
「馬鹿だ」
「う、うるせえな」
「ほんと馬鹿。ばーか」
初対面の女子に軽やかに罵られながらも、俺は微妙にむずかゆい気分だった。……いや、俺がマゾという意味じゃなくて。
そういう馴れ馴れしさすら心地よく感じるのが、この日葵という子なのだと悟った。
「このアクセ、あと何個あるの?」
ふいに日葵が聞いた。
「えっと、100個まで、あと68個……」
「それだけ?」
「どういうこと?」
「プリザーブドフラワーとか壊れやすいんだし、スペアは用意してるでしょ?」
「一応、スペアは50個……」
「じゃあ、あと118個かー。まあ、そのくらいなら大丈夫かなー」
その独り言の意味はわからなかった。
「明日、全部売る準備しといてねー」
日葵はそう言うと、手を振って科学室を出ていった。
取り残された科学室で、俺は呆然としていた。
……で、その翌日。
文化祭、二日目の16時すぎ。
まさに昨日、日葵と出会ったのと同じ時間。俺は科学室の机に突っ伏して、ぐったりとしていた。
机の上には、一枚のプラカードが立ててある。
『フラワーアクセサリー、完売しました』
意気揚々と準備したくせに、昨日はこれを使うことになるとは夢にも思わなかった。この科学室に飾ってあった展示アクセは、一つも残っていない。在庫も、空っぽだ。
昨日のように、外に売り歩く時間もなかった。今日はひたすら会計ばかりをしていた。昼飯も食ってない。腹は減ってたけど、何かを買いに行く気力はなかった。
(なんでいきなり売れたんだよ……っ!?)
理解が追いついていない。
生徒だけを相手にした売り上げじゃない。二日目は日曜日で、校外からの来賓があった。そっちがよく捌けた。特に近くの福祉大学の女子大生たちが多かった。
そういう大人のお姉さんたちが、校内を歩きながら身につけているものは目を引く。同級生の女子たちが噂を聞きつけ、科学室に訪れる。その生徒たちがバンドや演劇に出演すると、さらに多くの生徒の目につく。
結果、この完売だった。
「あーっ! アタシの分もなくなってるじゃん!?」
騒がしい声に顔を上げた。
日葵が呆然とした顔で、空っぽになった展示ケースを見ている。机にぐったりと突っ伏す俺の背中を、彼女は容赦なく揺すってきた。
「ねえ、アレは!? あの黄色いやつ!」
「いや、黄色いやつって言われても、たくさんあったし……」
「チョーカーだよ! 泡の入ったやつ、あったじゃん!」
「……泡の入ったチョーカー?」
覚えがある。在庫の箱から、最後のフラワーアクセを取り出した。
可憐な五枚の白い花びらに、黄色い花糸。
ニリンソウ。
野山に自生する多年草。一本の茎に二輪の花をつけることから、そう名付けられている。これは俺が種から育てたものじゃなく、いつの間にか咲いていたものだ。
プリザーブドフラワーにしたニリンソウを、さらにレジンという透明な液体で菱形に閉じ込める。琥珀のように加工したそれを、チョーカーにはめ込んだ。
ただ、これは失敗作だった。レジンにすごい量の気泡が入っている。正直、売り物としては減点だ。見た目だけはいいので、展示サンプルのみの目的で飾っていた。
それを見て、日葵が目を輝かせた。
「あー、よかった! 昨日、うっかり買い忘れてさーっ!」
「……それ、失敗作だけど」
「なんでなんで!? すっごく可愛いじゃん!」
「き、きみがいいって言うならあげるよ。失敗作でお金を取ろうなんて思わないし……」
「ほんと!? 夏目くん、やっさしーっ!」
「うわっと!?」
急に後ろから抱きつかれて、危うく飛び上がるところだった。
……すげえビビる。陽キャの距離感やべえ。
「やっぱり手伝ってよかったな。ほんとラッキー」
「手伝うって……やっぱり売り切れたの、きみが何かやったの?」
「んふふー。どうだろうねー?」
日葵は満足げに受け取ると、さっそく首に巻いた。
涼やかな容姿に、それはよく似合った。むしろ気泡が入っているからこそ、彼女の透明感のあるイメージにぴったりだと思う。
……化学反応というやつだった。失敗作でも、つける人間によっては、ここまで映えるのだろう。俺は素直に感心していた。
ただし次の日葵の爆弾発言で、その感心も消え失せる。
「このチョーカーさ、実は前から狙ってたんだよねー。夏目くんが科学室でレジン流してるとき、ずーっと見てたし」
「は? ど、どこから……」
「廊下の窓から。夏目くん、全然気づいてなかったでしょ?」
「気づかなかった……」
「声かけたこともあるし」
「マジで!?」
「無視されたけどねー。まさか、昨日まで認識すらされてないとは思わなかったなー」
「そ、それはごめん……」
まったく覚えがなかった。
昔から何かに集中すると、周りが見えなくなるとは言われてたけど。……まさか、学校の生徒に見物されていたとは。
「じゃ、行こうか?」
「え? どこに?」
すると日葵は、にこっと笑った。
「アタシたちの打ち上げ♡」
……後から知ったことによると。