Prologue 二輪の花 ②

 日葵ひまりはそう言って、まえれもなくかくしんれようとした。


「なんで100個も売らないといけないの?」

「え、なんで知ってるの?」

「科学部のとう先生が言ってた」

「お、俺のプライバシーが……!?」


 あのオッサン、美少女が相手だからか!?

 俺が一人で頭をかかえていると、また日葵ひまりが顔をのぞき込んできた。俺が顔をらしても、そっちに回り込んでくる。


「ね。なんで?」


 にこーっと笑った。

 すげえれいがおだった。「んふふー。可愛かわいいアタシが言えって言ってんだから、あきらめてさっさと白状しなよ」って感じ。いや、確かに可愛かわいいんだけど、無言の圧がすごくてこわい。


「…………」


 これは正直、言いたくない。どうせ、またバカにされるんだろうし。

 けど……この27個はでかい。


「俺、こういうフラワーアクセの店を開くのが夢でさ。中学卒業したら、資金集めるために就職したいって親に言ったんだ。でも、親は公務員になるために高校行けって。それで文化祭で自作のアクセ100個売れたら、思った通りにしていいって条件が……」

「…………」


 あれ。無言?

 日葵ひまりは大きな目をぱちくりさせて、感情の読めない顔をしていた。

 おい待て。こんなずかしいこと白状させて、まさかノーリアクションはないだろう。ドン引きするのはわかる。でも、それならそれで言うことが……。


「……ぷはーっ!」

「え?」


 いきなり日葵ひまりした。


「アハハハハ! 当たり前じゃん。子どもがそんなぼうな人生設計してたら、つうの親は止めるよー。カリスマショップ店員よりやばいねー」


 ばくしようだった。

 なんやすずやかな美少女が、おなかかかえて笑っていた。さっきまでのクールな印象が一気にかいする。俺は別の意味であつとうされていた。……でも、そんな仕草すら品がよく見えるのは、なんとなくズルいと思った。

 ひぃひぃ言いながら、日葵ひまりなみだぬぐう。


「馬鹿だ」

「う、うるせえな」

「ほんと馬鹿。ばーか」


 初対面の女子にかろやかにののしられながらも、俺はみようにむずかゆい気分だった。……いや、俺がマゾという意味じゃなくて。

 そういうれしさすらここよく感じるのが、この日葵ひまりという子なのだとさとった。


「このアクセ、あと何個あるの?」


 ふいに日葵ひまりが聞いた。


「えっと、100個まで、あと68個……」

「それだけ?」

「どういうこと?」

「プリザーブドフラワーとかこわれやすいんだし、スペアは用意してるでしょ?」

「一応、スペアは50個……」

「じゃあ、あと118個かー。まあ、そのくらいならだいじようかなー」


 そのひとごとの意味はわからなかった。


「明日、全部売る準備しといてねー」


 日葵ひまりはそう言うと、手をって科学室を出ていった。

 取り残された科学室で、俺はぼうぜんとしていた。


 ……で、その翌日。


 文化祭、二日目の16時すぎ。

 まさに昨日、日葵ひまりと出会ったのと同じ時間。俺は科学室の机にして、ぐったりとしていた。

 机の上には、一枚のプラカードが立ててある。


『フラワーアクセサリー、完売しました』


 ようようと準備したくせに、昨日はこれを使うことになるとは夢にも思わなかった。この科学室にかざってあった展示アクセは、一つも残っていない。在庫も、空っぽだ。

 昨日のように、外に売り歩く時間もなかった。今日はひたすら会計ばかりをしていた。昼飯も食ってない。腹は減ってたけど、何かを買いに行く気力はなかった。


(なんでいきなり売れたんだよ……っ!?)


 理解が追いついていない。

 生徒だけを相手にした売り上げじゃない。二日目は日曜日で、校外からのらいひんがあった。そっちがよくけた。特に近くのふくだいがくの女子大生たちが多かった。

 そういう大人のお姉さんたちが、校内を歩きながら身につけているものは目を引く。同級生の女子たちがうわさを聞きつけ、科学室におとずれる。その生徒たちがバンドや演劇に出演すると、さらに多くの生徒の目につく。

 結果、この完売だった。


「あーっ! アタシの分もなくなってるじゃん!?」


 さわがしい声に顔を上げた。

 日葵ひまりぼうぜんとした顔で、空っぽになった展示ケースを見ている。机にぐったりとす俺の背中を、彼女はようしやなくすってきた。


「ねえ、アレは!? あの黄色いやつ!」

「いや、黄色いやつって言われても、たくさんあったし……」

「チョーカーだよ! あわの入ったやつ、あったじゃん!」

「……あわの入ったチョーカー?」


 覚えがある。在庫の箱から、最後のフラワーアクセを取り出した。

 れんな五枚の白い花びらに、黄色い花糸。

 ニリンソウ。

 野山に自生する多年草。一本のくきに二輪の花をつけることから、そう名付けられている。これは俺が種から育てたものじゃなく、いつの間にかいていたものだ。

 プリザーブドフラワーにしたニリンソウを、さらにレジンというとうめいな液体でひしがたに閉じ込める。はくのように加工したそれを、チョーカーにはめ込んだ。

 ただ、これは失敗作だった。レジンにすごい量のほうが入っている。正直、売り物としては減点だ。見た目だけはいいので、展示サンプルのみの目的でかざっていた。

 それを見て、日葵ひまりが目をかがやかせた。


「あー、よかった! 昨日、うっかり買い忘れてさーっ!」

「……それ、失敗作だけど」

「なんでなんで!? すっごく可愛かわいいじゃん!」

「き、きみがいいって言うならあげるよ。失敗作でお金を取ろうなんて思わないし……」

「ほんと!? なつくん、やっさしーっ!」

「うわっと!?」


 急に後ろからきつかれて、あやうく飛び上がるところだった。

 ……すげえビビる。陽キャのきよ感やべえ。


「やっぱり手伝ってよかったな。ほんとラッキー」

「手伝うって……やっぱり売り切れたの、きみが何かやったの?」

「んふふー。どうだろうねー?」


 日葵ひまりは満足げに受け取ると、さっそく首に巻いた。

 すずやかな容姿に、それはよく似合った。むしろほうが入っているからこそ、彼女のとうめい感のあるイメージにぴったりだと思う。

 ……化学反応というやつだった。失敗作でも、つける人間によっては、ここまでえるのだろう。俺はなおに感心していた。

 ただし次の日葵ひまりばくだん発言で、その感心もせる。


「このチョーカーさ、実は前からねらってたんだよねー。なつくんが科学室でレジン流してるとき、ずーっと見てたし」

「は? ど、どこから……」

ろうの窓から。なつくん、全然気づいてなかったでしょ?」

「気づかなかった……」

「声かけたこともあるし」

「マジで!?」

「無視されたけどねー。まさか、昨日までにんしきすらされてないとは思わなかったなー」

「そ、それはごめん……」


 まったく覚えがなかった。

 昔から何かに集中すると、周りが見えなくなるとは言われてたけど。……まさか、学校の生徒に見物されていたとは。


「じゃ、行こうか?」

「え? どこに?」


 すると日葵ひまりは、にこっと笑った。


「アタシたちの打ち上げ♡」


 ……後から知ったことによると。

刊行シリーズ

男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 10. 貴様ごときに友人面されるようになってはお終いだな?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 9. あのね、これで最後にするからこの旅行の間だけわたしを彼女にして?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 8. センパイがどうしてもってお願いするならいいですよ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 7. でも、恋人なんだからアタシのことが1番だよね?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 6. じゃあ、今のままのアタシじゃダメなの?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 5. じゃあ、まだ30になってないけどアタシにしとこ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈下〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈上〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 3. じゃあ、ずっとアタシだけ見てくれる?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 2. じゃあ、ほんとにアタシと付き合っちゃう?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 1. じゃあ、30になっても独身だったらアタシにしときなよ?の書影