Prologue 二輪の花 ③

 この日葵ひまりという女子は、この学校では大層に有名な同級生だった。


しようの女、いぬづか日葵ひまり


 男子も、女子も、せんぱいも、こうはいも、教師ですら。まるで手のひらでコロコロ転がすようにあやつってしまう人気№1女子生徒。

 その血統も、かなり格が高い。

 ご実家は、大正時代から続く大地主。

 祖父は元国会議員。父親はげんえきの外交官。

 年のはなれた二人の兄は、それぞれえいの地方議員と役所のしゆつがしら

 昨晩、かなり人気のある読モが、このフラワーアクセをTwitterで取り上げたらしい。ついでに、それがこの文化祭で売られていることも。その読モが日葵ひまりの兄の同級生で、それを見たこうはいの女子大生たちがこぞっておとずれたわけだ。

 打ち上げ……というか、お礼のために寄ったモスバーガーで、俺はけたちがいのフォロワー数をほこるアカウントを見てドン引きしていた。Twitterでのこうにゆう報告も多かった。「どこで買えるの?」みたいな質問も多い。俺のプライバシーだいじようかなって不安になるほどだ。


「すげえ……」

「すごくない、すごくない。アタシ、ちょっとなだけだからなー」


 そう言いながら、日葵ひまりはへらっと笑っていた。

 そのがおがまた非常に自然なもので、まったく反感がかないのがすごかった。


「なんで助けてくれたの?」

「んー?」


 シェイクをちゅーと飲み、日葵ひまりは変なことを言った。


「助けてないよ。だって、アタシはきみに同情してないからさ」


 日葵ひまりはTwitterをチェックしながら続ける。


「アタシがこれを売りたいと思った。だからお兄ちゃんにお願いしただけ。なつくんが可哀想かわいそうだから売ってあげたんじゃない。言葉をちがえちゃいけないなー」

「…………」


 そんなことを平然と言うやつだった。

 そして目をかがやかせながら、とんでもないことを言う。


「やろーよ。フラワーアクセの専門ショップ。アタシも手伝う」

「は?」


 何を言ってるんだ?

 俺がそんな目を向けると、彼女は少しまんげに言う。


「アタシさ、昔から何でもできちゃうんだよなー。勉強もスポーツもできるし、可愛かわいいし。コミュ力も高くて愛されちゃうし、あと可愛かわいいし?」

「……いぬづかさん、いま可愛かわいいってわざと二回言ったでしょ?」


 いや、にこーっと笑われても困るんだけど。

 悪いけど、俺はすかさず「そうだね世界一可愛かわいいよ」とか返せるタイプじゃないんだ。


「でもアタシがやってるのって、結局は他人の力をちょっと借りてるだけなんだよ。だから、なつくんみたいにいつしようけんめいなのってあこがれちゃうなー」

「いや、俺の何を知ってんだよ……」


 キランッと目が光った。

 むしろ聞かれるのを待ってましたとばかりに語り出す。


「園芸部がなくなってから放置されてる裏庭のだんで、なつくんが毎日お花の世話してるの知ってるよ。あのアクセって、素材からお手製なんだよねー」


 図星だった。

 さらに日葵ひまりは、俺の黒歴史をばくしていく。


「全部のお花に名前つけてるのも知ってる。文化祭の準備するとき、一本ずつ切り取りながらごうきゆうしてたなー」

「み、見てたの?」

「あと、水やりしながらお花に話しかけるのもポイント高いよねー。『今日も可愛かわいいぜ』『おまえたちだけが俺の相棒だ』『はなれても愛してる』だっけ? なんでお花相手だと、そんなイケメンな台詞せりふ出てくるの?」

「いっそ殺して……!?」


 俺がもだえていると、日葵ひまりがけらけらと笑う。


「ほんとはアクセ買うだけのつもりだったんだけど、思ったよりさんなことになってたからさー。こりゃやべえなって、思わずお兄ちゃんに使っちゃったよー」

「一生の、お願い……?」

「そ。一生のお願い。すっごく大事なやつ」


 やはりうわづかいにこっちをのぞき込んでくる。


「だから、なつくんに責任取ってほしいなー?」

「う……っ」


 その言葉が、俺のわき腹に重いパンチを打ち込んでくるみたいだった。確かに、あのままじゃどうなっていたか……いや、そんなのわかりきってるんだけど。

 いまごろ在庫の山の前で、一人でしょぼくれてる姿しか見えない。


「責任って、具体的には……?」

「んー?」


 人差し指をあごにあてて、可愛かわいく小首をかしげる。

 そして、まぶしいくらいのがおで言い放った。


「そのひとみちようだい?」


 ぞわわっと背筋にかんが走った。

 俺が手元のハンバーガーをうっかりにぎりつぶしたのを見て、日葵ひまりが笑いをこらえながら付け加える。


「スプラッターしゆじゃなくてね?」

「いや、わかるけど。てか、そうじゃないと困るけど……」


 日葵ひまりはポテトで、俺のハンバーガーのかみぶくろかられた照り焼きソースをすくった。それをためらいなく口に入れながら「なつくん、顔には出ないけどリアクション大きくていいよね。すっごくポイント高い」とめてるのかけなしてるのか、よくわからないことを言う。

 それを食べると、シェイクのストローに口をつける。くちびるについた照り焼きソースと白いシェイクが混ざって……なんか、ちょっとエロいなって思ってしまった。

 そんなことはつゆ知らず、日葵ひまりが真面目な顔で言った。


「お花アクセ作ってるときの、なつくんのひとみが好き。アクセへの情熱でキラキラ輝くんだよ。まっすぐで、すごくれい

ひとみ……?」


 日葵ひまりのシェイクが、ずずっと音を立てる。

 そのストローを楽しげにつまみながら「んふふー」と笑った。


「だから、その情熱のひとみをアタシだけに見せて? 独占ひとりじめさせて? そしたら、アタシはきみのアクセをいくらでも売ってあげる。──そういう運命共同体しんゆうになろ?」

「…………」


 俺は無言のまま、こくりとうなずいていた。

 正直、日葵ひまりの言ってることはピンとこなかった。その申し出を受けたのも、彼女のファンシーな言葉に感動したとかじゃなくて……「あ、こいつ断ったら何するかわかんねえ」っていうきようのほうが強かったと思う。

 でも不覚にも──日葵ひまりと『友だちになりたい』と思ってしまった。

 だって生まれて初めて、俺は自分の価値を見てくれる人に出会えた。これまで友だちどころか、家族にすら理解されなかった俺のゆいいつを、彼女ははっきりと「好きだ」と言ってくれたのだ。

 その首元のチョーカーが、存在を主張するように光る。

 ニリンソウの花言葉は『友情』『協力』──『ずっとはなれない』。

 そんなニリンソウは、きっとたよりになるイケメンにちがいないと思ったりしていた。

 俺には日葵ひまりという女子が、まるでニリンソウが人間として現れたような感覚だった。これで落ちないほうが、どうかしている。

 俺が一人で胸を高鳴らせていると「あっ」と日葵ひまりつぶやいた。

 それから、ふとふんがブレる。……ブレると言うよりと言うべきか。さっきまでのしんけんふんが消えて、科学室で見たようなへらへらとしたがおかべる。

刊行シリーズ

男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 10. 貴様ごときに友人面されるようになってはお終いだな?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 9. あのね、これで最後にするからこの旅行の間だけわたしを彼女にして?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 8. センパイがどうしてもってお願いするならいいですよ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 7. でも、恋人なんだからアタシのことが1番だよね?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 6. じゃあ、今のままのアタシじゃダメなの?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 5. じゃあ、まだ30になってないけどアタシにしとこ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈下〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈上〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 3. じゃあ、ずっとアタシだけ見てくれる?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 2. じゃあ、ほんとにアタシと付き合っちゃう?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 1. じゃあ、30になっても独身だったらアタシにしときなよ?の書影