「もちろん恋愛感情はナシねー。やっぱり面倒じゃん? 恋愛ってさ、全部ぶっ壊す毒みたいなもんだし。だから、アタシたちにはナシ」
さっきのエモい歌詞みたいな台詞から一転、一気に俗っぽい内容になった。
……まあ、言いたいことはわかる。ビジネスと恋愛は切り離すべきというのは、一般的にも大切な理論だと思う。
「夏目くん、どう? できる?」
テーブルの下で、ツンツンとつま先で脚を突いてきた。……まあ、日葵みたいに可愛い女子がこういうこと自然にやっちゃうなら、普通は好きになっちゃうんだろう。なんか距離感近いし。サークラ気質っていうのか。
日葵は嬉しそうに両手で頰杖を突き、ゆらゆらと頭を揺らす。その綺麗な髪が、さらさらと左右に揺れていた。
「それとも、もしかして惚れちゃった? もう惚れちゃったかなー?」
「…………」
おや、と日葵の眉根が寄せられる。
その意外そうな顔を見て……今日、初めてやり返す場面がきたのだと悟った。
「俺、美人って苦手なんだよ。うちの姉さんたち、かなり綺麗でモテるんだけど……家ではカレシへのやばい本音とか、小学生の頃から聞かされてさ。薔薇系女子、マジで怖い」
「…………」
ぽかんと俺を見つめる。
それから肩を揺らしながら、我慢できない感じで噴き出した。
「ぷっはーっ! 薔薇系女子!? いいね。やっぱり悠宇って最高!」
そう言って、俺の鼻をツンと突いて笑った。
どうやら、最後の『確認事項』はクリアしたらしい。……てか、いきなり呼び方が悠宇になっててむずかゆかった。恋愛感情はないにしろ、いきなり女子に下の名前を呼び捨てとか恥ずかしくて死ねる。
「男の子が、みんな悠宇みたいなタイプだったらいいんだけどなー」
「いや、無理でしょ。普通の男子ならここまでで3回くらい惚れてるし、その上で5回くらい告ってると思う」
「なんで告った回数のほうが多いし!?」
「とりあえず美人とは、や、や、やりたいって言うか……?」
日葵は愉快そうに指を鳴らした。
「あーっ! いるいる! そういう人、たまに声かけられるかも。主に上級生と下級生に棲息してる。てか悠宇、恥ずかしいなら言わくてよくない?」
「いや、犬塚さん、明らかに陽キャ側だし。そういうノリのほうがいいのかなーって……」
「アハハ。無理しなくていいよー。でも、悠宇みたいな仏頂面さんが顔真っ赤にしてやるとか言ってるの、可愛くてアタシ好きかもなー」
「そ、そりゃどうも……てか、ここ飲食店だからもう許して?」
俺みたいな男が言うならまだしも、日葵のような美少女がそれを言っちゃうと、マジで周りの視線が痛いから勘弁してほしいのだった。
……でも、なんだろう。この『理想の男ともだち』を前にしているかのような安心感は。
「でも、ぶっちゃけ恋愛感情とか覚える前からモテてたからさー。もうよくわかんないんだよねー。今後、一生恋愛できなさそうな予感すらある」
「ええ。どゆこと?」
「なんか脈アリっぽく見られやすいのかなー。そこから告られまくって『あ、アタシってモテるんだー』っていう自意識だけが成長してさー。たぶん、未だに初恋がない」
「俺には縁遠い悩みだけど、なんか大変そう」
「悠宇ってカノジョいたことないの?」
「こんな趣味で、いるわけないじゃん。あ、でも好きな子なら……」
日葵の目が、キランッと輝いた。
ちょっと食い気味に、身を乗り出して聞いてくる。
「いるの? 誰々? アタシ知ってる子なら、取り持ってあげようか?」
「いや、絶対無理。マジで無理。そもそも、俺もどこにいるかわかんないっていうか……小学校の頃、旅行で知り合った女の子だし」
日葵が「ぷっ」と噴いた。
「純情くんかーっ!?」
「……純情くんだよ。悪いか」
……これはいけない。
日葵は、相手の弱点を容赦なくからかってくる。でも、それにびっくりするくらい悪意がない。まるで積年の友のような妙な安心感のせいで、あらゆることを白状させられそう。
「やー。アタシたち、ある意味、すごく似てない? 悠宇って思ったより話しやすいし、運命って感じするなー」
「に、似てるかあ?」
「普通の結婚とかできなさそう」
それなら確かに感じていた。
日葵は感性が浮世離れしすぎているし、俺は単純にお花バカ。どうも同級生たちには溶け込めているようで、溶け込めていない。
そんな俺たちが、こうして出会ったのが運命と言われれば、それは案外、しっくりときていた。それほど、俺と日葵は初対面から馬が合った。
「悠宇さ。30になってもお互い独身だったら、いっそアタシと暮らす?」
「その唐突なアプローチは置いとくとして、なんで30……?」
「んー。とりあえずのボーダーラインっていうか? とにかく、それまでは目標まで脇目も振らず頑張りましょうねーっていう感じ?」
「ああ、そういうこと……」
確かに、物事にはメリハリが必要だ。人生を賭ける以上は、失敗すること……つまり引き返すための準備も視野に入れなくてはならない。
「30まで独身だったら、アタシにしときなよ?」
日葵が思わせぶりな感じで、上目遣いに俺を見た。その指が、空になったシェイクのカップを弾く。
その裏側に潜む期待を容易く見破ると、俺は小さなため息をついた。
「……日葵とは絶対やだ。俺、もっとお淑やかな女性がタイプだし。家に帰ってもこの感じとか、マジで勘弁してほしい」
その返答に、日葵は予想通り「ぷっはーっ」と噴き出した。そして「アタシ、生まれて初めてフラれたかも!」と言いながら、ちょっと呼吸困難になるくらい爆笑していた。
何がツボだったのかは知らないけど……どうやら、俺はこの女子の好みを確実に学びつつあったらしい。
こうして、俺は友情に落ちた。
日葵という女の子と、俺は一生、親友として添い遂げるんだと思った。
その劇的でドラマチックな確信が、まさかたったの二年で砕け散るなんて……いや、マジで人生ってうまくいかねえなあって思うわ。