慎重に作業を完了し、素早く接着剤で固定する。
角度、見栄え、強度……よし。
次はイヤリングの基礎。針金やメタルスティックでイヤリングの形に加工する。パンジーは黄色だし、涼しい印象の青めの金属を使って映えるように。
最後に基礎部分と、パンジーを通したリングを組み合わせる。今回は、パンジーの向きを装着したときの使用者の正面に合わせる。耳たぶから、パンジーの花が咲いているように見えるイメージというか。
通電したはんだごてで、基礎部分とリング部分を溶接する。ここでミスると、これまでの作業が台無し。はんだごての先端が少しでも花に触れたら、即座に焦げてしまう。
シンと静まった科学室。
遠くから、吹奏楽部の練習の演奏が聞こえてきた。この静けさが心地いい。江戸時代の剣客が果たし合いするときも、こんな感覚なんだろうか。
……いざ、尋常に。
はんだごての先端を、接続部とはんだに近づける。微かに触れ、すぐに離す。……ちょっと弱い印象だ。一回でやりきれなかったか。二回目……ちょっとはんだの玉が大きくなったけど大丈夫だ。花の印象を脅かすほどじゃない。
最後にはんだ部分の腐食防止と色づけの意味で、パティーナ液を塗る。これで、多少の色の変化は誤魔化せるだろう。
片方が完成した。それをデスクスタンドの光に当ててチェックする。
「……オッケー」
額の汗を拭った。
このアクセが完成した瞬間は、何度味わってもいい。一人の世界というか、外界と隔絶された感じというか。
とにかく、こういう一人の時間が好きだった。
姉さんたちには陰気と言われるけど、これは生まれつきの性格だからしょうがない。俺はクリエイター。孤独を愛してこそ自己と向き合えるというもので……。
「おー。今回も可愛くできたねー」
「……っ!?」
前触れもなく、俺の静寂が破壊された。
俺の肩越しに、するっと細い両腕が前方に突き出た。それはぐっと折れ曲がり、俺の首を背後から抱きしめる。
日葵だった。俺の首に腕を回して、肩越しに手元のアクセを見下ろしている。
「んふふー。びっくりした?」
小首をかしげた拍子に、さらりとした毛先が俺の頰をくすぐる。爛々と輝くマリンブルーの瞳が、まっすぐ俺を見つめ返していた。
中学のときから身につけているニリンソウのチョーカーが、微かに光る。
「日葵。はんだごて扱ってるときは、いきなり抱きつくなよ。てか、いつからいたの?」
「一時間くらい前だよ。話しかけてもガン無視だしさー」
日葵の手が、はんだごてのスイッチを切った。「ここからはアタシと遊ぶ時間ね?」とでも言いたげに、そっと耳元でささやいてくる。
「悠宇のばーか」
「いや、まだ片方が残ってるんだけど……」
「今日はもう悠宇のキラキラお目々は堪能したので、店じまいでーす。相棒のご機嫌取りも頑張ってくださーい」
「わ、わかったから。耳元で言うのやめて……」
日葵はヨーグルッペの紙パックジュースを、ちゅーと飲んだ。
ついでにスカートのポケットから、もう一本のヨーグルッペを取り出した。俺の口にそのストローを差し込む。ありがたく頂いておく。
ああ、潤う。作業に集中していたせいで、かなり喉が渇いていた。……できれば、乳酸菌じゃなくてポカリとかのほうがいいけど。
「日葵、さっきカラオケ誘われてなかった?」
「あれ? 断っちゃった」
「せっかく誘ってくれたのに、もったいねえ。初めて同じクラスになったやつもいたし、遊んでくればよかったろ」
「んー。それも悪くなかったけど、悠宇が嫉妬の視線を向けるからなー」
「向けてねえ。俺の気持ちを捏造すんな」
日葵はにこーっと笑った。
なんというか「可愛いアタシを独占できる世界一の幸運を分けてやってるんだから、もうちょっと喜べよ殺すぞ?」って感じ。いやマジで可愛いんだけど、幸運の押し売りとかむしろ詐欺師の手口ですからね?
「でも、その割に熱い視線くれてたじゃーん」
「中学の文化祭のこと思い出してただけ。おまえの髪、あのとき長かったよなあ」
「それなら、悠宇は背が高くなったよねー。あのときはアタシのほうが高くなかった?」
「…………」
試しに立ち上がってみると、日葵が首にぶら下がったまま「きゃーっ」と騒ぎながら脚をばたつかせる。……確かに日葵があまり伸びなかったというより、俺が伸びすぎだ。
時計を見ると、もう17時をすぎていた。
「てかさ。いい加減、離れてくんね?」
「それは聞けないなー。この背中はアタシの特等席だし」
「ココって……」
まあ、もう慣れきったことだけど。
「……やっぱり平日は進行が悪い。家で作業できれば、もっと楽なんだけど」
「悠宇の部屋、またダメだったの?」
「うちの猫、また作業途中の花で遊んでやがった。あいつ、場所変えてもすぐ見つけるし」
「アハハ。うちでやればいーじゃん。部屋余ってるし、工房として使えばいいよ」
「やだよ。おまえの兄さん、すぐ高い寿司取ってくるもん」
家族総出でウェルカムな空気出されると、思春期男子としては逆に辛いんだ。……田舎の権力者って、もっと怖いイメージだったんだけど。
「てか最近、花も間に合わないくらいだしなあ」
「お花も店で仕入れればいいのに」
「やっぱ、そこは自信持ったもの出したいしな」
「……ふーん。そっか」
いや、なんで嬉しそうなの?
日葵とも付き合い長くなってきたけど、未だにこいつの喜ぶポイントよくわかんねえ。
てか、まさか二年経った今でも本当に親友やってるとは思わなかった。日葵って友だち多いし、俺のことなんかすぐ飽きると思ったのに……。
「どっちにしろ、日葵のインスタのおかげだから」
日葵が紹介してた〝you〟とは、まあ、つまり俺のことだ。
インスタも趣味ではなく、俺のアクセの宣伝のためにやってくれている。
今朝のジェラートの投稿のように、すべてのインスタで日葵は俺のフラワーアクセを身につけている。日葵のアカウントで販売するサイトを紹介し、気に入った人は注文できるシステムだ。
店を出す資金集めと、フラワーアクセの広報を両立した戦法。
中学の間にアレコレと試した。近隣のバザーに足繁く通ったり、制作過程をYouTubeにアップしたり……その結果、これが一番うまくいってる。結局『美少女×フラワーアクセ』ってのがわかりやすいんだろう。
「そういえば日葵さ。この前、連絡くれた芸能事務所はどうなったん?」
「あー、高校までは地元にいるからって断っちゃった」
「マジかよ。もったいな」