Ⅰ 〝ずっと離れない〟 ②

 しんちように作業をかんりようし、ばやく接着ざいで固定する。

 角度、え、強度……よし。

 次はイヤリングの。針金やメタルスティックでイヤリングの形に加工する。パンジーは黄色だし、すずしい印象の青めの金属を使ってえるように。

 最後に部分と、パンジーを通したリングを組み合わせる。今回は、パンジーの向きを装着したときの使用者の正面に合わせる。耳たぶから、パンジーの花がいているように見えるイメージというか。

 通電したはんだごてで、部分とリング部分をようせつする。ここでミスると、これまでの作業が台無し。はんだごてのせんたんが少しでも花にれたら、そくげてしまう。

 シンと静まった科学室。

 遠くから、すいそうがく部の練習の演奏が聞こえてきた。この静けさがここいい。時代のけんかくが果たし合いするときも、こんな感覚なんだろうか。

 ……いざ、じんじように。

 はんだごてのせんたんを、接続部とに近づける。かすかにれ、すぐにはなす。……ちょっと弱い印象だ。一回でやりきれなかったか。二回目……ちょっとはんだの玉が大きくなったけどだいじようだ。花の印象をおびやかすほどじゃない。

 最後にはんだ部分のしよく防止と色づけの意味で、パティーナ液をる。これで、多少の色の変化はせるだろう。

 片方が完成した。それをデスクスタンドの光に当ててチェックする。


「……オッケー」


 額のあせぬぐった。

 このアクセが完成したしゆんかんは、何度味わってもいい。一人の世界というか、外界とかくぜつされた感じというか。

 とにかく、こういう一人の時間が好きだった。

 姉さんたちにはいんと言われるけど、これは生まれつきの性格だからしょうがない。俺はクリエイター。どくを愛してこそ自己と向き合えるというもので……。


「おー。今回も可愛かわいくできたねー」

「……っ!?」


 まえれもなく、俺のせいじやくかいされた。

 俺のかたしに、するっと細いりよううでが前方にた。それはぐっと折れ曲がり、俺の首を背後からきしめる。

 日葵ひまりだった。俺の首にうでを回して、かたしに手元のアクセを見下ろしている。


「んふふー。びっくりした?」


 小首をかしげたひように、さらりとした毛先が俺のほおをくすぐる。らんらんかがやくマリンブルーのひとみが、まっすぐ俺を見つめ返していた。

 中学のときから身につけているニリンソウのチョーカーが、かすかに光る。


日葵ひまり。はんだごてあつかってるときは、いきなりきつくなよ。てか、いつからいたの?」

「一時間くらい前だよ。話しかけてもガン無視だしさー」


 日葵ひまりの手が、はんだごてのスイッチを切った。「ここからはアタシと遊ぶ時間ね?」とでも言いたげに、そっと耳元でささやいてくる。


のばーか」

「いや、まだ片方が残ってるんだけど……」

「今日はもうのキラキラお目々はたんのうしたので、店じまいでーす。相棒のごげん取りもがんってくださーい」

「わ、わかったから。耳元で言うのやめて……」


 日葵ひまりはヨーグルッペの紙パックジュースを、ちゅーと飲んだ。

 ついでにスカートのポケットから、もう一本のヨーグルッペを取り出した。俺の口にそのストローを差し込む。ありがたく頂いておく。

 ああ、うるおう。作業に集中していたせいで、かなりのどかわいていた。……できれば、にゆうさんきんじゃなくてポカリとかのほうがいいけど。


日葵ひまり、さっきカラオケさそわれてなかった?」

「あれ? 断っちゃった」

「せっかくさそってくれたのに、もったいねえ。初めて同じクラスになったやつもいたし、遊んでくればよかったろ」

「んー。それも悪くなかったけど、しつの視線を向けるからなー」

「向けてねえ。俺の気持ちをねつぞうすんな」


 日葵ひまりはにこーっと笑った。

 なんというか「可愛かわいいアタシをどくせんできる世界一の幸運を分けてやってるんだから、もうちょっと喜べよ殺すぞ?」って感じ。いやマジで可愛かわいいんだけど、幸運の押し売りとかむしろの手口ですからね?


「でも、その割に熱い視線くれてたじゃーん」

「中学の文化祭のこと思い出してただけ。おまえのかみ、あのとき長かったよなあ」

「それなら、は背が高くなったよねー。あのときはアタシのほうが高くなかった?」

「…………」


 ためしに立ち上がってみると、日葵ひまりが首にぶら下がったまま「きゃーっ」とさわぎながらあしをばたつかせる。……確かに日葵ひまりがあまりびなかったというより、俺がびすぎだ。

 時計を見ると、もう17時をすぎていた。


「てかさ。いい加減、はなれてくんね?」

「それは聞けないなー。この背中ココはアタシの特等席だし」

「ココって……」


 まあ、もう慣れきったことだけど。


「……やっぱり平日は進行が悪い。家で作業できれば、もっと楽なんだけど」

の部屋、またダメだったの?」

「うちのねこ、また作業ちゆうの花で遊んでやがった。あいつ、場所変えてもすぐ見つけるし」

「アハハ。うちでやればいーじゃん。部屋余ってるし、こうぼうとして使えばいいよ」

「やだよ。おまえの兄さん、すぐ高い寿取ってくるもん」


 家族総出でウェルカムな空気出されると、思春期男子としては逆につらいんだ。……田舎いなかの権力者って、もっとこわいイメージだったんだけど。


「てか最近、花も間に合わないくらいだしなあ」

「お花も店で仕入れればいいのに」

「やっぱ、そこは自信持ったもの出したいしな」

「……ふーん。そっか」


 いや、なんでうれしそうなの?

 日葵ひまりとも付き合い長くなってきたけど、いまだにこいつの喜ぶポイントよくわかんねえ。

 てか、まさか二年った今でも本当に親友やってるとは思わなかった。日葵ひまりって友だち多いし、俺のことなんかすぐきると思ったのに……。


「どっちにしろ、日葵ひまりのインスタのおかげだから」


 日葵ひまりしようかいしてた〝you〟とは、まあ、つまり俺のことだ。

 インスタもしゆではなく、俺のアクセの宣伝のためにやってくれている。

 今朝のジェラートのとう稿こうのように、すべてのインスタで日葵ひまりは俺のフラワーアクセを身につけている。日葵ひまりのアカウントではんばいするサイトをしようかいし、気に入った人は注文できるシステムだ。

 店を出す資金集めと、フラワーアクセの広報を両立した戦法。

 中学の間にアレコレとためした。きんりんのバザーにあししげく通ったり、制作過程をYouTubeにアップしたり……その結果、これが一番うまくいってる。結局『美少女×フラワーアクセ』ってのがわかりやすいんだろう。


「そういえば日葵ひまりさ。この前、れんらくくれた芸能事務所はどうなったん?」

「あー、高校までは地元にいるからって断っちゃった」

「マジかよ。もったいな」

刊行シリーズ

男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 10. 貴様ごときに友人面されるようになってはお終いだな?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 9. あのね、これで最後にするからこの旅行の間だけわたしを彼女にして?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 8. センパイがどうしてもってお願いするならいいですよ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 7. でも、恋人なんだからアタシのことが1番だよね?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 6. じゃあ、今のままのアタシじゃダメなの?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 5. じゃあ、まだ30になってないけどアタシにしとこ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈下〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈上〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 3. じゃあ、ずっとアタシだけ見てくれる?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 2. じゃあ、ほんとにアタシと付き合っちゃう?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 1. じゃあ、30になっても独身だったらアタシにしときなよ?の書影