「アハハ。そこまでやると、さすがに悠宇のアクセ宣伝どころじゃなくなるしなー」
「こんな田舎まで会いにきてくれるって言ってたのに」
「んー。アタシの可愛さが世界に気づかれちゃうとまずいからさー。ほら、アタシに一目惚れした石油王が求婚してくるじゃん? そうなったら、正妻戦争が起こって悲劇になっちゃうよねー」
「そのでかすぎる自信は何なの? そんな心配、誰もしてねえよ?」
俺の手元を楽しげに目で追いながら、日葵の紙パックがずずっと音を立てた。
ついでに俺のほうの紙パックも「飲んだら頂戴?」と言って、普通に二つとも畳んでポケットにしまう。
「いやー。アタシと悠宇は運命共同体だから、悠宇が結婚できなかったらアタシが責任取ってやんなきゃねー。そちらの親御さんに申し訳ないし?」
「それ、やめてくんない? 日葵がそれ口走ってから、おまえの兄さんが『義弟くん!』って呼んできて辛いんだけど」
「いーじゃん。義弟くんになっちゃいなよー」
「ならねえよ。おまえ一人ですら手を焼いてんのに、同レベルに騒がしいお兄さんまで相手できるわけねえだろ」
「大丈夫だよ。うちのお屋敷、すごく広いからさ。3世帯なら余裕でプライバシー確保できるって」
「なんで普通にお兄さんと同居前提なんですかねえ」
そのときはガチでそうなりそうだから怖い。おはようからおやすみまで日葵と同じDNAに囲まれてるとか、ただの罰ゲームなんですけど。
「嫌なら悠宇が先に結婚しちゃえばいいんだよ? 高校入って一年も経ったんだし、好きな子くらいできたんじゃない?」
「……いや、それが」
「えー。まだ初恋のあの子が忘れられないのー?」
「う、うるせえ。忘れられないとかじゃない。あれ以上の衝撃の出会いっていうか、そういうのがないんだよ」
「衝撃の出会いねー。確か、植物園で迷子になってるときに助けた女の子だっけ?」
「そうだよ。そのとき、一緒に見たハイビスカスが綺麗でさ。白いワンピースの、大人しくて可愛い女の子だった。その子も迷子で、ずっと俺の後ろで袖を摑んでるのが可愛くてさあ」
「…………」
日葵が、じ~っと俺の横顔を注視する。
そして何やら深刻そうな感じで、俺の頰をツンツン突いてきた。
「……ずっと言おうと思ってたんだけどさ」
「な、何だよ?」
日葵は「へっ」と鼻で笑った。
「その子、悠宇の気持ち悪い妄想なんじゃない?」
「ぶっ殺すぞ」
「あるいは、お花が好きすぎて幻覚を見たのか……」
「気持ち悪い妄想と、どう違うのか説明してくれませんかねえ」
「ドリーマーな気質は、悠宇の魅力なんだけどなー。でも、そろそろ現実の女の子に目を向けてみたほうがいいんじゃない?」
「な、何でだよ。そんなの、いいじゃん……」
「だって、もしその初恋の子と再会できても、未だに童貞じゃ格好つかないでしょ?」
ぐさっと言葉が胸に刺さった。
片付けしていた器材を、うっかり取り落とす。
「いいんだよ! 別に再会したいとか思ってないし!」
「うーん。童貞を取り繕おうともしないとは。悠宇のそういうとこ好き」
「そもそも! おまえが学校でもベタベタしてくるから、普通にカノジョいるって思われてるんだろ!」
俺、渾身の反論。
でも日葵は口元を隠して、にやにやしながら俺の胸のあたりをポンポン叩いた。
「えー? だって、アタシはちょいちょいカレシできてますし? 悠宇がフェロモン足りてないだけでしょ? アタシのせいにすんなって」
「そのおまえにフラれたやつらから、変な噂流されてるんですけど? なんで俺がカレシくんから、おまえを横取りした感じの噓情報が流れてんの?」
「それはアレじゃん? アタシが、カレシくんの前で悠宇の話しかしないからじゃん?」
「マジで迷惑だからやめて!! もう学校のどこに地雷あるかわかんねえよ!」
「だって別に、カレシくんのこと好きだから付き合ってるわけじゃないしなー」
「じゃあ、なんで付き合うわけ?」
「んー? 暇つぶし?」
「うわあ。おまえのそういうとこ、マジで引く」
「アハハ。ちょっと未だに恋愛感情とかわかんなくてさー」
あの中学の文化祭から、早二年。
恋愛関連に関しては、相変わらずの二人だった。
「ま、今のままでもいっかー。アタシは30になったとき、貰い手ないと困るしなー」
「おまえ、マジで店を出すまで結婚しないつもりなの?」
「そもそも結婚するつもりないんだけどさー。でも悠宇が先に結婚すると、ほんとにお見合いさせられちゃいそうなんだよなー。それは本気で勘弁して」
「人を隠れ蓑にしてんじゃねえぞ。見合いでも何でもいいから、さっさと嫁に行け」
「相手、普通にオッサンだよ? 悠宇、アタシがお父さんと同じくらいの歳の男に嫁いでもいいの?」
「え、マジで?」
「うん。アタシの若い身体が、オッサンの脂ぎった手で汚されちゃう……」
「お、おう。おまえ、ときどき男子の俺もドン引きなエロワードぶっ込んでくるよな……」
「えっちな女の子でゴメンね?」
「そういう可愛いイメージじゃないんだよなあ……」
どっちかっていうと、寂れた公園でエロ本拾ってくる男子中学生みたいな。
〇〇先輩とそのカノジョが××でセックスしたとか、そういう情報だけやけに耳ざとい男友だちと話してる感覚なんだよ。……こんなに美少女なのに、マジでドキドキしない。
「てかイマドキ、マジでお見合いとかあんの?」
「あるよー。下手したら、高校卒業してすぐ連チャン。もう写真とか、知り合いの間で出回ってると思う。だからアタシ、進路を何も決めてないわけですし?」
「あー。そういえば一年のときの進路表、おまえ白紙提出して怒られてたっけ……」
「とりあえず何でもいいから書けっていうから『悠宇のお嫁さん』って書いたのに、逆に怒られるし……」
「それは怒られて当然だ」
人の名前を勝手に使うんじゃねえよ。
どうりで、あのときから先生によく「ちゃんと携帯してるか?」って謎の確認されるわけだわ。悪いけど、今のところ持ってても特に使用の予定はないです。
「……でも、この令和の時代に金持ち同士のお見合いとかあるのか」
マジで時代遅れだと思う。そんな人生の決め方、されたくねえよ。
しかも相手は二回りも年上とか……。
「じゃあ、そのときの隠れ蓑くらいにはなってやるよ。……親友だしな」
そんな格好いいことを言って、俺はキメ顔で振り返った。
すると日葵が顔を真っ赤にして、必死に笑いを堪えている。リスみたいに頰を膨らまして、ぷるぷると震えていた。
さすがに察した。……俺、からかわれた。
「ぷはーっ。うっそぴょーん♪」