Ⅰ 〝ずっと離れない〟 ④

「おまえ、はったおすぞ!?」

「イマドキ、そんなお見合いあるわけないじゃん。エロ小説の読み過ぎかー?」

あぶらぎった手とか言いだしたの、おまえのほうですけどね!?」


 日葵ひまりはひとしきり笑うと、俺のかみをくしゃくしゃまわした。


「心配しなくても、ちゆうで見捨てないって。アタシ、しばらくはこの特等席をまんきつさせてもらうつもりだからさー」


 俺の首に回ったりよううでに、ぎゅーっと力がこもる。

 俺はそのうでをぺしぺしたたいてこうした。


「首ぃ~。その特等席、首まってる~」

「日本一ごこのいい首を持つ男~」

「そのしようごう何なの? 一つもうれしくないよ?」

「日本一かれごこのいいうでを持つ女~」

「どうだろうなあ。それを名乗るには、おまえちょっと細すぎ……うぐ、おま、ちょ、うでに力めんな!?」


 そんな感じでいつも通りにたわむれていると、18時のチャイムが鳴った。

 運動部は20時まで活動できるが、文化部は基本的にここまで。こっちのべつむねは、どんどんかぎがかけられていく。それまでに下校しなければいけない。


「今日はここで切り上げるか」

「そだねー」

「そだねーじゃねえよ。おまえも手伝え」


 そんで、いい加減に首からはなれろ。自分のあしで立ちなさい。ぶら下がってきゃっきゃとハシャぐんじゃないよ。ずるずる引きずると、マジで首がまるんだけど。


「それじゃあ、日葵ひまりさん。帰りの点呼いきます。作業道具オッケー」

「お花オッケー」

かぎオッケー」

「帰りはマック気分オッケー?」

「うーん。なんか俺、寿食いてえかも」

「あ、そう? じゃあ、お兄ちゃんにライン送っとくねー。『今日はがお寿食べたいらしいので、あのお高いやつ買ってきてねー』っと……」

「帰りにスシローでいいから! な? な!?」

「……ハア。おとうとくんはつれないなー」


 だれおとうとやねん。

 科学室にかぎをかけ、俺たちは下校した。

 これが俺と日葵ひまりの日常。

 この二年で築いた、俺たちの箱庭。

 そして、それは限りなくうまくいっていた。その歯車がちょっとだけくるったのは、その翌日のことだった。


♣♣♣


 それから丸一日が経過した、翌日の放課後。

 日葵ひまりが委員会でいなかった。

 こういうことは多い。俺の前ではアレなので忘れがちだが、日葵ひまりは優等生で通っている。委員会やボランティア活動なども、割と積極的に取り組んでいた。

 ……まあ、たぶんご実家の顔を立てる意味が強いんだろう。お金持ちの家庭に生まれるというのも大変だ。

 科学室に行く前に、ヨーグルッペをこうにゆうするためにはんコーナーへ立ち寄った。いつも日葵ひまりから飲まされているので、すっかり俺もにゆうさんきんとりこになっている。

 はんこうを入れて、ボタンを押した。取出し口に、紙パックが落ちてくる。


「たまには静かでいいっすねえ」


 日葵ひまりといるのは楽しいけど、せいじやくを楽しめてこそ真の男だって父さんが言ってた。母さんに口で勝てない言い訳なのは知ってるけど、その言葉自体はダンディできらいじゃない。


「……ん?」


 前方から、女子生徒が歩いてきた。

 やや赤みのあるくろかみストレート。

 ひとみは切れ長で、ちょっときつめな印象の子だった。

 制服はゆるめに着くずしている。むなもとも大きめに開けていた。

 ネクタイのラインの色から、同じ二年生。

 名前は知らない。去年も同じクラスではなかったと思う。

 ……すげえ美人だなあって思った。

 同じ美人でも、日葵ひまりは安らぎを感じるタイプだ。例えるなら、せいじやくの森林に住まうようせいというか。ゲームで旅人が出会ったら、体力を回復してくれる感じの存在。

 でも、こっちのくろかみさんはするどいナイフって印象だ。くだくと、イマドキっていうか。裏ではカレシの悪口とか平気で言ってそう。俺の姉さんたちと同じふんがある。


「…………」


 じろっとにらけられた。

 いかん。見てたのがバレた。そそくさと視線をらす。……俺は小市民なんだ。

 ちなみに、俺は美人が苦手だけど好きだ。

 ……すげえじゆんに感じるんだけど、要は『アクセのモチーフとして参考になるよね』って意味。実際にしやべったりとかは、マジでこわいから無理。美人はだまってるときが一番いい。

 このしゆんかんも、俺はあのくろかみさんに似合うアクセをイメージしていた。

 ちらっと見た印象では『意識したお洒落しやれさん』って感じだ。しようをしっかり決めて、自分を引き立てるためのアクセサリーも忘れない。かみめ、ネックレス……顔から上は、これで適正量だ。たくさんつければいいってもんじゃない。

 となると、俺のアクセを差し込む余地があるのは首から下だ。あわめのネイルもってるし、リングは主張がぶつかりすぎる。となると、ねらうのは手首か……。


(そうそう。あんな感じのゆるいブレスレットとか……あれ?)


 俺の目に留まったのは、かたがけにしたかばんの上にえる左手だ。その手首に、俺のフラワーアクセがあったのだ。

 月下美人。

 花びらが白くて大きくてあでやかな、美しさの代名詞のような花だ。花言葉も、そのぼうたがわない。『あでやかな美人』『はかなこい』──『ただ一度だけ、会いたくて』。

 ……覚えている。

 月下美人はが手のひらほどのサイズになるので、プリザーブドフラワーに加工した後に花弁や花糸をぶんかつしてアクセにした。アレは日葵ひまりのチョーカーと同じようにレジンでハート型に固め、それをメタルブレスレットにつないでいる。

 二年前、中学の文化祭で売ったものの一つだ。あのころこんしんのデキだった。花言葉が死ぬほどエモかったのも、おくに残る理由だった。

 ……日葵ひまり以外にも、まだあのころの作品をつけてくれる人がいるのか。

 しのプリザーブドフラワーとちがって、レジンで固めたものは手入れさえおこたらなければ何年も使える。

 でも、しよせんはアクセサリーだ。女性にとってのアクセサリーはいちいちの存在。言ってしまえば、すぐにきられるもの。けつこん指輪みたいな特別なものでなければ、同じものをずっと身につけるなんて日葵ひまりくらいの変人だけだと思う。

 悲しくはない。それは宿命なんだ。

 俺は自分の作品には自信を持つけど、それを買い手に強要するつもりはない。俺が作品にめた気持ちを、ずっといろせずに持っていてくれなんてごうまんもいいところだ。

 まあ、それでちょっとおどろいただけ。


(あんな美人さん、お客さんの中にいたっけ……?)


 覚えてないのも無理はないか。あのときは会計で、目が回るようないそがしさだった。

 とりあえず、この月下美人との再会は日常のほっこりエピソードとして、帰って日葵ひまりに報告しよう。「まさかれた? れちゃったかなー?」といじられるのは目に見えてるけど。

 俺ははんからヨーグルッペを取り出して、その子とすれちがった。

刊行シリーズ

男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 10. 貴様ごときに友人面されるようになってはお終いだな?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 9. あのね、これで最後にするからこの旅行の間だけわたしを彼女にして?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 8. センパイがどうしてもってお願いするならいいですよ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 7. でも、恋人なんだからアタシのことが1番だよね?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 6. じゃあ、今のままのアタシじゃダメなの?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 5. じゃあ、まだ30になってないけどアタシにしとこ?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈下〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 4. でも、わたしたち親友だよね?〈上〉の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 3. じゃあ、ずっとアタシだけ見てくれる?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 2. じゃあ、ほんとにアタシと付き合っちゃう?の書影
男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 1. じゃあ、30になっても独身だったらアタシにしときなよ?の書影