わたしが部活にのめり込んでいる間、二人がどうしていたか知らない。純は弓道部だったからそれなりに部活に行っていたけど、那織はほとんど帰宅部みたいなもんだった。それなのに、部活終わりに二人で帰る姿を見掛けたことがある。一度や二度じゃない。仲良さげに歩く二人を見ていると、何となく声を掛けづらくて、わたしは遠くからその後ろ姿を見ることしかできなかったし、なんなら見付からないようにわざと電車を一本ずらすなんてこともした。
だから、わたしは──
那織の気持ちを知っていながら、気付かない振りをした。全部、見なかったことにした。
二年生にあがって、純と同じクラスになった。一年生の時は別々のクラスだったから、学校で純を意識することはそんなに多くなかった。
でも、同じクラスになって、教室でも話すようになって、やっぱり純から目が離せない自分を自覚した。他の女子と話す純の姿を嫌悪する自分が居た。
そして休み時間、純の元に現れる那織を何度も見掛けた。
ああ、那織はこうして一年の時から純のところに来ていたんだ。全然知らなかった。
那織は純の友達とも仲良くなっていた。どんどん自分の居場所を作り上げていった。
断られてもいい。ほんの少しでもわたしのことを意識して欲しい。
いつしかそう考えるようになっていた。
わたしは純に告白しようと決めた。どんな結末になるにせよ、自分の気持ちに、悩みに、区切りをつけたかった。もしかしたら楽になりたかっただけかもしれない。それでもよかった。
三年生になる前の春休みの夜、純を呼び出した。シャワーを浴びて部活の汗を流して、髪を整えて、ほんのり色付くリップを塗って、気合いを入れ過ぎないようにしながらそこそこカッコのつく服を着て、《コンビニに行くから一緒に来て》とラインで誘った。
照れや気恥ずかしさを感じていたと言っても、そういう頼み事を簡単にできるくらいの関係ではあった。だって幼馴染だし、隣の家だし。
メッセージを送る時は、やばいくらい緊張した。送信マークの上で、どれほど指が止まっていたかわかんない。余りの怖さに、画面から目を逸らしたまま送信したのは今でも覚えてる。
なんてウブで可愛かったんだろうな、あの頃のわたし。
那織がお風呂に入っている隙を狙って待ち合わせた。さすがに黙って出て行くのは気が引けたから、「コンビニ行くけどなんか要る?」とお風呂のドア越しに声を掛けた。
何も知らない那織は「プリンよろしく!」と無邪気に返した。
その無垢な声が、わたしの心の中にある黒々とした醜い塊に刺さった。
家を出ると、めんどくさいなぁという顔を張り付けた純が、立っていた。
そういう顔が似合うんだよね、また。困ったことに。
コンビニまで何を話したか、どこを歩いたか思い出せないほど、わたしは緊張していた。いつ言おう。どうやって切り出そう。ああ、勢いで──なんて考えているうちにコンビニに着いてしまい、ひとまずプリン二つと飲み物を買った。
帰り道、「久しぶりにあの公園寄ろうよ」と純を誘った。
純に告白するタイミングを逃し続けたわたしは、今日こそ言うんだ──この公園で告白するんだと心に決めていた。子どもの頃いつも遊んでいた小さな公園。滑り台とブランコくらいしか遊具はないけど、子どもが走り回るには十分な広さと立派な東屋があるいつもの公園。
この思い出の公園こそが、告白の場に相応しいと思っていた。
それなのに……覚悟を決めたのに、いざベンチに座るとどうしようもなく不安になって、なんて切り出せばいいかずっと悩んでいた。断られたらどうしよう。てか断られるに決まってる。
わたしは那織みたいに可愛らしいわけじゃないし。
というか、純は那織のことが好きだし。
そう、わたしが言い出せずにいた一番の理由──純は那織のことが好きだったのだ。
小学校の五年とかそれくらいの頃、純はことあるごとに那織のことを訊いてくるようになった。しょっちゅう那織と話す癖に、「那織は家でどれくらい勉強してる?」とか「那織は今どんな本を読んでる?」とか。口を開けば那織のことばっか。あいつはそうやって那織のことをライバル視しているうちに本気になった──そうして疑念はいつしか確信に変わっていった。
誰が見たって、那織のことが気になって気になって仕方がないって感じだった。
それでも言うって決めたでしょ!
何度自分を奮い立たせたかわからない。
そう決めても、断られたらって考えるとどうしようもなく怖かった。以下ループ。
ああ、わたしに告白してきた男の子たちは、こんな気持ちだったんだなんて場違いなことを考えてしまう妙に冷静な自分も居て、何が何だかわからなくなってしまった。そんなこと考えてる場合じゃないけど──みんな凄いよ。こんなに勇気が必要なことを乗り越えてきたんだ。
ダメだ。弱気になるな。やれる。わたしはやれる。
……ここで言わなきゃ後悔する。
言える。うん、大丈夫。何度目かのループのあと、わたしは覚悟を決めた。
人生で一番緊張した。
なんてカッコつけても、臆病なわたしは真面目に言うのが恥ずかしくなって、「わたしと付き合ってみない?」って、ちょっと軽い感じで告白するのが精いっぱいだった。これでも相当勇気を出した。事前に用意してたセリフなんて、もうどっかに飛んで行ってしまった。死ぬかと思った。心臓がバクバクしすぎて、純に聞こえるんじゃないかってビクビクしてた。
沈黙。そして、静寂。
「いきなりどうしたんだよ」
純の口からようやくでた言葉がこれだった。その言い方には、そんなこと言われても困るみたいな含みがあった。いきなりなんかじゃないって言いたかった。
ずっと好きだったって言いたかった。
わたしには言えなかった。
マジになるのが怖かった。
「四月から三年生だしさ、高校に上がる前にそういうの経験してみたいじゃん。うちらは受験も無いし、ちょうどよくない? 周りでも彼氏持ちの子とかちらほら居るし、お試しみたいな感じでどう?」
付き合おうと言った同じ口で、お試しなんて口走ってしまうのがわたしだ。いつだって本当の気持ちを打ち明けられない。あれだけ覚悟を決めたのに、すぐに逃げてしまう。はぁ。
沈黙が怖くて、純が深く考え込まないように畳み掛けた。
「ほら、純だったら子どもの頃からの付き合いだし安心じゃん。お互いのことよく知ってるし。純だって、わたしなら丁度いいでしょ? それともわたしとじゃ嫌?」
焦るあまり、都合の良い女まっしぐらなことを言ってしまった。
ダメだ。わたしはもうダメだ。ちょー情けない。自分で言ってて悲しくなってくる。