プロローグ1|《神宮寺琉実の独白》 ③

 もちろんそう言ったからって、じゆんうなずくような人じゃない。そんなことわたしが一番よくわかっている。でもじゆんやさしいから、わたしの言いたいことを察してくれた、と思う。

 ううん、思うじゃないね。じゆんはちゃんと察してくれた。だって、じっとわたしの顔をめて、「は本当に僕と付き合いたいの?」ときなおしてくれたから。

 じゆんがそう言ってくれたから、わたしは、ようやくなおに「うん」と言えた。


「わかった。いいよ」


 あれは人生で一番うれしかったしゆんかんじゆんに「よろしく」と返す時、さけびたい気持ちをどれだけこらえたことか。一人だったら、絶対に大声でさけんでた。

 だって、だって──わたしのはつこいじようじゆしたんだもん!

 家にもどって、おりにそのことを伝えたら、「これでかれちじゃん! おめでとう。いやぁ、かんがいぶかいねぇ。はつこい実ったねぇ」なんてお祝いしてくれた。けれども、見開かれた目の奥は、決して祝福していなかった。そんなおりの顔を見たら、わたしはどんだけざんこくなことをしてしまったんだろうと胸が痛くなった。

 罪悪感──そして、ゆうえつかんかえしやってきた。

 部屋にもどって、頭までかぶったとんの中でじゆんとのトークれきをさかのぼったり、子供のころの写真を見ながらあれこれもうそうしていると、いつしか罪悪感は消えていた。

 お似合いのカップルだと思った。自分で言うのもアレだけど、運動が好きで明るい女子と学年トップのしゆうさいって、ちがいないじゃん。それに、じゆんは気付いていないかも知れないけど、ひそかにこいごころいだく子がそれなりに居たりする。そういう話を聞くたびに、うれしいようなくやしいような複雑な気持ちになった。わたしの方が先に見つけたんだって、言って回りたかった。

 でも、そんなことを言う必要なんて無くなった。

 だって、じゆんはわたしのかれなんだから。

 かれ──そして彼女。

 かんなそのひびきは、わたしをちようてんにさせた。

 おりのことなんて忘れて、自分でも笑っちゃうくらいがっていた──最初のうちは。

 わたしだけのじゆん

 おりに見せないずかしそうな顔。

 やさしく耳元でささやいきじりの声。

 キスをする時にわたしの頭を支える、細長い指。

 そういう時、じゆんの中にはわたししか居なかった。おりかげはなかった。

 だからわたしは、いつしかおりの悲しそうな顔を忘れていた。いや、忘れようとしていた。

 最初は気をつかっておりの前ではじゆんの話をしないように意識していたのに、そのうち二人で行ったデートの話なんかを一刻も早くだれかに言いたくなってきて、いつしかおり相手に報告するようになった。今さらえんりよしたってしょうがないよね、なんて自分に言い訳して。

 あの子はいつもの調子で相手をしてくれていたけど、今考えるとわたしは最低だった。

 罪悪感をまぎらわせるために、はっきり言わないおりが悪いんだよ、まごまごしているから取られちゃうんだよって、自分を──自分のしたことを正当化し始めた。マジで最低。

 わたしは悪い姉だ。いやな姉だ。意地悪な姉だ。

 わたしは、姉失格だ。


 だから。

 こんなきたない姉だから。

 わたしはえられなくなってじゆんと別れた。きっちり一年で別れた。

 そうして、じゆんおりを無理矢理押し付けた。

 自分のみにくさをかくすために。罪をつぐなうために。

 わたしのはつこいは、かすかにきらめいていたのに、今はどろどろで、ぐちゃぐちゃで、どれだけみがいても、もう光らない。胸の奥にあるよどんだ池の中で、今も転がっている。

刊行シリーズ

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