もちろんそう言ったからって、純は頷くような人じゃない。そんなことわたしが一番よくわかっている。でも純は優しいから、わたしの言いたいことを察してくれた、と思う。
ううん、思うじゃないね。純はちゃんと察してくれた。だって、じっとわたしの顔を見詰めて、「琉実は本当に僕と付き合いたいの?」と訊きなおしてくれたから。
純がそう言ってくれたから、わたしは、ようやく素直に「うん」と言えた。
「わかった。いいよ」
あれは人生で一番嬉しかった瞬間。純に「よろしく」と返す時、叫びたい気持ちをどれだけこらえたことか。一人だったら、絶対に大声で叫んでた。
だって、だって──わたしの初恋が成就したんだもん!
家に戻って、那織にそのことを伝えたら、「これで彼氏持ちじゃん! おめでとう。いやぁ、感慨深いねぇ。初恋実ったねぇ」なんてお祝いしてくれた。けれども、見開かれた目の奥は、決して祝福していなかった。そんな那織の顔を見たら、わたしはどんだけ残酷なことをしてしまったんだろうと胸が痛くなった。
罪悪感──そして、優越感が繰り返しやってきた。
部屋に戻って、頭まで被った布団の中で純とのトーク履歴をさかのぼったり、子供の頃の写真を見ながらあれこれ妄想していると、いつしか罪悪感は消えていた。
お似合いのカップルだと思った。自分で言うのもアレだけど、運動が好きで明るい女子と学年トップの秀才って、間違いないじゃん。それに、純は気付いていないかも知れないけど、密かに恋心を抱く子がそれなりに居たりする。そういう話を聞く度に、嬉しいような悔しいような複雑な気持ちになった。わたしの方が先に見つけたんだって、言って回りたかった。
でも、そんなことを言う必要なんて無くなった。
だって、純はわたしの彼氏なんだから。
彼氏──そして彼女。
甘美なその響きは、わたしを有頂天にさせた。
那織のことなんて忘れて、自分でも笑っちゃうくらい舞い上がっていた──最初のうちは。
わたしだけの純。
那織に見せない恥ずかしそうな顔。
優しく耳元で囁く吐息交じりの声。
キスをする時にわたしの頭を支える、細長い指。
そういう時、純の中にはわたししか居なかった。那織の影はなかった。
だからわたしは、いつしか那織の悲しそうな顔を忘れていた。いや、忘れようとしていた。
最初は気をつかって那織の前では純の話をしないように意識していたのに、そのうち二人で行ったデートの話なんかを一刻も早く誰かに言いたくなってきて、いつしか那織相手に報告するようになった。今さら遠慮したってしょうがないよね、なんて自分に言い訳して。
あの子はいつもの調子で相手をしてくれていたけど、今考えるとわたしは最低だった。
罪悪感を紛らわせるために、はっきり言わない那織が悪いんだよ、まごまごしているから取られちゃうんだよって、自分を──自分のしたことを正当化し始めた。マジで最低。
わたしは悪い姉だ。嫌な姉だ。意地悪な姉だ。
わたしは、姉失格だ。
だから。
こんな意地汚い姉だから。
わたしは耐えられなくなって純と別れた。きっちり一年で別れた。
そうして、純に那織を無理矢理押し付けた。
自分の醜さを隠すために。罪を償うために。
わたしの初恋は、かすかに煌めいていたのに、今はどろどろで、ぐちゃぐちゃで、どれだけ磨いても、もう光らない。胸の奥にある淀んだ池の中で、今も転がっている。